流転の國 エルフの里④
流転の國の方針をエルフの里にも適用させれば、皆が幸せに暮らせるかもしれない…。
エルフの里救済作戦の始まりです。
書庫に『転移』したマヤリィは、地図の解析を進めていたジェイとルーリから報告を受けた後、リスから聞いたエルフの里の内情について二人に話した。
「それにしても、本当にこの國は謎だらけね。…エルフの他にも、別の種族が住んでいたりするのかしら」
マヤリィは頭を抱える。
今まで色々と忙しかったとはいえ、流転の國の領内についてほとんど把握していないことを思い知らされた。
「…いえ、そうでもありませんよ。念の為、他の種族の集落がないかどうかも調べてみましたが、今のところはそのような土地は見当たりません」
この國全体を網羅する大きな地図を解析していたジェイが言う。
「ただ、この地図には天界が載っていないですね。出来たら、その辺りも調査出来ればと思ったのですが」
かつて桜色の都に攻め込んだことがあり、マヤリィの身体にも『星の刻印』と呼ばれる時限爆弾を仕掛けた天界の者達。
彼等が何を考えているのかは見当もつかないが、今は大人しくしているようだ。
「色々調べてくれてありがとう、ジェイ。エルフの里の一件が片付いたら、天界についても調べてみましょう」
「はい。今はエルフの里に集中するべきですね」
ジェイはそう言うと、地図を指さして、
「エルフの里はここからここまでです。Gogleマップで見たところ、里の長とか偉い人達が住んでいるのはこの辺りでしょうね。豪邸が立ち並んでいるので」
エルフも豪邸とか建てるんだ…。
ていうか、Gogleマップがあるなら紙の地図を広げる必要はなかったのでは…?
マヤリィは色々不思議に思ったが、それを解明している余裕はない。
「よく族長の住処まで突き止めてくれたわね」
そう言いながら、腕を組んで考え事を始めるマヤリィ。
(族長に会いに行くとして、まずはどこから話せばいいかしら…)
エルフの里と首脳会談を開いたことは一度もないし、族長の顔も名前も知らない。
自分が直接話をすると言ったはいいが、もう少しシェルから情報を得る必要があるとマヤリィは思った。
「…………」
難しい顔をして黙り込んでいるマヤリィに対し、今度はルーリが話し始める。
「畏れながら、ご主人様。今のエルフの里は悪法に縛られているように思えます。リスを救う為にも、我が國の力を見せつけ、マヤリィ様の目指す國づくりを受け入れさせることも視野に入れるべきかと存じますが、いかがでございましょうか」
「……そうね。エルフの里で起きていることはもはや強姦事件と言うべきよ。大多数の者達は子孫繁栄の為だとか言って賛成しているらしいけれど、リスのように深く傷付いている者もいる。その事実は見逃せないわね」
ジェイとルーリは今のマヤリィの言葉で、リスが思った以上にひどい仕打ちを受けていたことを知る。
「ルーリの言う通り、エルフの里の長に流転の國の方針を伝え、皆が健やかに過ごせる集落に変えていってくれれば、今苦しんでいる者達を救済することも出来る。…あくまで、こちらの方針を受け入れてくれればの話だけれど」
「そうですね。素直に従う者達であれば良いのですが…。こちらの話をうまく伝えることも重要ですね」
ジェイが心配そうに言う。
「大丈夫よ。我が國の方針に関しては、私が直接族長に伝えに行くつもりだから」
「えっ…姫が直接エルフの里に??」
マヤリィの言葉を聞いたジェイは、さらに心配そうな顔になる。
「畏れながら、マヤリィ様ではなく、交渉役を行かせた方がよろしいのではないでしょうか?」
ルーリが進言する。
「そもそも、悪辣な制度を短期間のうちに強要するような輩でございます。そのような者達の所へ、マヤリィ様がわざわざ赴かれる必要はないと存じます」
「…………」
ルーリの言葉を聞いて、マヤリィは考えた。
思った以上に二人はエルフの里の者を警戒している。主である自分が真っ先に里に行くと言えば、配下達を不安がらせてしまうことになるのだと、マヤリィは理解した。
「…分かったわ、ルーリ。誰かに交渉を命じて、相手の出方を見ることにしましょう。我が國の方針に従って、エルフの里に住む皆にとって生き易い法律を作ると約束してくれれば、私が行く必要もないものね。…それでいいかしら」
「はっ。私などの意見をお聞き届け下さり、感謝致します」
ルーリは跪いて頭を下げる。
「…では、誰を交渉に行かせますか?僕とか?」
ジェイが遠回しに立候補する。姫の為に活躍するところを皆に見せたいという下心がある。
しかし、マヤリィは首を横に振る。
「いえ、交渉に行かせるなら、ひと目で相手を威圧出来る者に頼みたいと思っているわ」
それを聞いたルーリは、
「確かに、ジェイは全然威圧感ないもんな…。結構可愛い顔してるしさ」
流転の國きっての童顔であるジェイを横目で見る。
「なっ…僕にだって相手を威圧することくらい出来る!…と思うけど……。もしかしたら、ちょっと、威圧は専門外かもしれない」
「ちょっとじゃないだろう」
ルーリが笑うと、思わずマヤリィも笑ってしまう。
「交渉役ならもう決めたわ。ネクロに任せることにする。『隠遁』のローブを着たネクロは得体の知れない怖さがあるし、不測の事態が起きたとしても彼女なら切り抜けてくれるでしょう」
マヤリィは早々と交渉役を決めていた。
「…そういえば、僕、ネクロの顔をいまだに見たことがないや」
現段階では、マヤリィとルーリしかネクロの素顔を知らない。ジェイは、ネクロが最上位の黒魔術師であるということと、女性であるということしか知らない。
「ネクロの素顔を見て良いのはマヤリィ様だけだ。この國の黒魔術師は味方にも顔を見せないことになっているからな」
「それは分かってるけど…」
ルーリはネクロの素顔を知っているが、知らないふりをする。
「でも、ミノリが気にしていましたよ。ネクロが絶世の美女という噂は本当ですか?」
ミノリもいまだにネクロの正体を知らない。
「さぁ?私もそうそう彼女の顔を見る機会なんてないし」
マヤリィもしれっと嘘をつく。
「ただ、私と同じくらいの年齢というのは本当みたいね。あと、女の子」
「それは知ってますけど…」
首を傾げるジェイを置いて、マヤリィは強引に話を進める。
「とにかく、ネクロにはエルフの里の長に直接会って、私の目指す國づくりについて伝えてもらう。つまり、この城の者だけでなく、流転の國領内に住む皆が『心穏やかに健やかに自由に過ごせる環境』を作ることに協力するよう要請する。それに従い、里の法律を改正していくと約束するなら、その先の改革も手伝ってあげるつもりよ。けれど、拒否した場合は…」
「場合は…?」
「一部の善良なエルフの民を保護した後、悪法を変えない族長とそれに賛同する者達には、然るべき報いを与える」
「っ…!?」
ジェイは言葉を失う。
「…それも、致し方ないですね。流転の國の主様直属の配下であるリスを疎略に扱う者達など、滅びてしまえば良いのです。マヤリィ様の崇高なお考えに反し、歯向かう者は即刻処刑するべきと存じます」
ルーリは極めて冷静に、非常に恐ろしいことを言ってのける。今回の一件について、ルーリは内心かなり怒っているのだ。
「畏れながら、マヤリィ様。もし交渉が決裂した場合、エルフの里の愚かな者共を殲滅するお役目、このルーリにお任せ頂けないでしょうか?…聞けば、リスもエルフの里を見限っているとのことでしたし、情けは無用と存じます」
「ルーリ…それはいくらなんでも…」
ジェイが凄まじい殺気に震え出す。ルーリからあふれ出る殺気も怖いが、言っていることはもっと怖い。
「貴女の言う通りかもしれないわね、ルーリ」
「姫!?」
「私も、族長がこのまま少数派の人達を苦しめ続ける道を選ぶなら容赦はしない。ただ、一度は手を差し伸べてあげようと思っているの。けれど、彼等が私の手を払いのけたら…その後はどうしようかしらね」
その時、ジェイは思い出す。
つい最近、マヤリィはルーリとともにバイオを辱めた桜色の都の男共に報いを与えたばかりである。
いくら慈悲深いマヤリィとはいえ、性犯罪者には問答無用で手を下すらしい。当然といえば当然だが。
「まぁ、交渉する前から最悪の事態を想定しても仕方ないわね。あくまで私達の役目は、エルフの里の住人が幸せに暮らせるよう支援することよ。それを忘れないで頂戴」
マヤリィは穏やかな声で言う。
その言葉を聞いたルーリはすぐに殺気を引っ込めると、
「はっ。畏まりました、マヤリィ様。貴女様のお優しいお言葉を忘れず、自分の役割を果たして参る所存にございます」
その場に跪いて頭を下げる。
「さて、話は纏まったわね。それでは、ネクロを呼んで作戦を立てましょう。エルフの里救済作戦とでも呼ぶことにしましょうか」
「はっ!」
斯くして、エルフの里の運命を決めることになる作戦会議が始まった。
調査→主にジェイ
作戦立案→マヤリィ
交渉役→ネクロ
交渉決裂後の殲滅担当→ルーリ(仮)