流転の國 エルフの里③
バイオが引き起こした桜色の都絡みの一件。
皆がその後始末に追われていた頃、エルフの里で起こっていたこととは…。
「ご主人様直々に私などの部屋に来て頂けるとは、有り難き幸せにございます。…されど、このような有り様で…申し訳ございません」
「無理をしてはいけないわ。気にしないで横になっていなさい」
「はっ。それでは、お言葉に甘えまして…」
リスは立ち上がろうとしたが、マヤリィの言葉に素直に従って再びベッドに横になった。
「城へ帰ってきてから、ずっとこのような状態でして…ご主人様にご挨拶も出来ず、会議にも出席出来ず、申し訳ない限りでございます」
そう言ってリスの代わりに頭を下げるのはシェル。二人は歳の離れた兄妹である。
「この間、ユキが『全回復』の宝玉を持ってお見舞いに来てくれたのですが、それを発動させてもあまり状態は変わらず、不思議に思っているところにございます」
ユキは毒系統魔術を専門とする魔術師であり、マヤリィ直属の配下である。元は天使だが、色々あって今は人間となり、この城で暮らしている(『流転の國 vol.1』参照)。
「そうだったのね。けれど、いくらシロマが魔術を込めた宝玉とはいえ、本人が直接発動するのと比べたら効果が全く違ってくるわ。…後でシロマを呼びましょう」
マヤリィはそう言ってから、
「…シェル。リスと二人にしてくれるかしら。彼女の身体について確認したいことがあるし、色々と聞きたいこともあるわ」
「はっ。畏まりました、ご主人様。何卒、よろしくお願い申し上げます」
シェルにとってリスは娘のような存在だが、彼女ももう17歳。こういうことは女性に任せるべきだと分かっている。
「私は部屋の外で待機させて頂きます。何かございましたら、すぐにお呼び下さいませ。では、失礼致します」
そう言って、シェルは部屋を出た。
二人きりになったのを確認すると、マヤリィはリスに問いかけた。
「…リス。無理にとは言わないけれど、聞きたいことがあるわ。もしかして、エルフの里で何かあったの?」
「っ…帰省中のことでございますか…?」
その瞬間、リスの表情が苦しそうに歪む。
マヤリィはそれを見逃さず、
「何かあったのね?」
「…大したことではございません」
「でも、何かあったのね?」
「…些細なことにございます」
「そのことについて、話せるかしら?…でも、無理はしないで頂戴。これは命令ではないから」
マヤリィは優しい声でそう言うと、彼女の言葉を待った。
リスは少しの間黙っていたが、
「ご主人様、お許し下さい…わ、私は口惜しくて…」
そう言ってぽろぽろと涙を流すリス。
「話せないなら、話さなくていいのよ。ただ、貴女が楽になれるなら、話を聞きたい」
そう言ってマヤリィはリスの頭を撫でる。
「ご主人様ぁ……!!」
ベッドの上で、やっとのことで身体を起こしたリスをマヤリィは抱きしめる。
「つらかったのね。苦しかったのね。…大丈夫よ、ここには私がいる。皆がいる。貴女はもっと私達を頼っていいの」
「ご主人様ぁ……!!」
リスは泣きながら、エルフの里での顛末を話した。
それは、かつてバイオが桜色の都で受けた屈辱に似ている。バイオを辱めた性犯罪者には、先日ルーリとともに天誅を下したが、まさかリスも同じような目に遭っていたなんて。
「私は…もう里には帰りたくありません」
リスが言う。
「されど、里の大人達は私を連れ戻しに来ると思います」
涙は止まらない。
「エルフの里は、私の知らない間に変わってしまったようです。…昔から、エルフの里は女が少ない傾向にあるので、一妻多夫制が続いてきたのですが、以前はこんなにもひどい状況ではありませんでした」
リスは泣きながら、マヤリィの知らないエルフの里の内情について話をする。
「私の知る限りでは、結婚前の男女が交わるなど有り得ないことでした。でも、今のエルフの里は狂っています。女に生まれたが最後、閉経するまで妊娠出産を強要される地獄のような集落になってしまったと、私より十歳上の女性が嘆いていました。事実、彼女の言葉通り、私が帰省している間だけでも、婚約者だという男が四人も現れて、毎日私を……」
リスは一瞬黙ったが、話し続けた。
「これはその中の一人から聞き出したのですが、つい最近エルフの里の族長が代替わりして、その後から極端な人口増加政策が始まったとのことでした。恐ろしいのは、子孫繁栄の為ならと言って族長の無理な政策に賛成する老人や男達が多いことです。苦しむ少数派の言葉はかき消されて、閉鎖的な集落に縛られて逃げることも出来ません。こんな状態が続くなら、エルフの里など滅びてしまえばいいと思います」
話し終える頃には、リスの瞳は悲しみではなく怒りに満ちていた。
(やはり、エルフの里をこのまま放っておくわけにはいかないわね…)
マヤリィは頃合いを見計らって書庫にいる二人と合流しようと思った。
その後、リスの了解を取ってシロマを呼び、身体を治療させている間、マヤリィは部屋の外に待機していたシェルと話した。
「シェル、貴方はエルフの里の変化について何か聞いていることはある?」
「いえ…。族長が交代したこともリスから聞いたくらいですので…まさか婚姻制度まで変わっていたなんて、全く知りませんでした…。思えば、私は元から生殖能力がない為、生産性がないとみなされて何も聞かされなかったのだと思います…。ご主人様、此度はご心配をおかけして誠に申し訳ございません。私がもっとしっかりしていれば、リスをこんな目に遭わせることもありませんでしたのに…」
短期間のうちに変貌してしまったエルフの里。
恐らく、里の者達はシェルを城に帰した後で、リスに手を付けたのだろう。
シェルは何も知らなかった自分が情けなくて、涙を流しながら拳を握りしめる。
そして、マヤリィの前に跪いて懇願する。
「ご主人様…厚かましいお願いであることは承知の上で申し上げます。どうか、リスを…私の妹を救って下さいませ…!私はどうなっても構いません。リスだけは、今の狂ったエルフの里から守ってやって下さいませ…!!」
マヤリィはそれを聞いて、
「顔を上げなさい、シェル。…よく聞いて頂戴。私は流転の國の主として、必ず貴方達二人を守ると約束する。だから、早まったことをしてはいけないわ。貴方の悲しみや憤りは当然のことだと思うけれど、今は決してこの城を出ず、私を信じて待っていなさい。エルフの里の族長と話をするべきなのは、この國の最高権力者である私なのだから」
エルフの里に直談判しに行くつもりでいたシェルの心を見透かすように言った。
「それと、リスだけでなく貴方も私の大切な配下だということを忘れないで頂戴。自分はどうなっても構わないなんて考え方は許さないわ。いいわね?」
マヤリィは厳しい言葉とは裏腹に、優しい声でシェルを諭した。そんな主を前にして、シェルは涙声になりながら頭を下げる。
「偉大なるご主人様。只今のお言葉、有り難く頂戴致します…!宙色の大魔術師と名高い貴女様に守って頂けるなんて、これ以上の幸福はございません…!」
…ところで、誰が『宙色の大魔術師』って呼び始めたんだろう?
一方、シロマはリスに『全回復』魔術をかけた後、彼女の最大の懸念事項について検査した。
「…ご安心を。病気をうつされていることもありませんし、妊娠もしていません」
シロマの言葉を聞いて、リスはほっとした。最悪の事態は免れた。
自分の婚約者だと言って無理やり事に及んだ青年の顔を思い出す。あの男の子供を産むなんて悪夢だ。今度会ったら『烈風』魔術で切り裂いてやりたい。
リスがそんなことを考えていると、シロマが心配そうな顔で、
「私がもっと早く来るべきでしたね。リスさん、ごめんなさい」
「いえ、そんな…!とんでもございません!シロマ様には本当に感謝しております…!今日だって、お忙しい中来て下さったと伺いました」
確かに、流転の國でただひとり回復魔法を使うことの出来るシロマは、何かと多忙な魔術師である。
そこへ、ドアをノックする音がした。
「ご主人様…!」
もっと忙しい人の登場である。
「失礼するわね。調子はどうかしら」
そう言って現れたマヤリィに、シロマが検査の結果などを報告した。
「…そう。まずは身体に異常がなくてよかったわ。シロマ、ご苦労様」
「勿体ないお言葉にございます、ご主人様」
シロマが跪き、頭を下げる。
「ご主人様、シロマ様、本当にありがとうございます」
リスもそう言って頭を下げる。
マヤリィはリスの顔色が少し良くなったのを見て、二人に言う。
「貴女達には伝えておくわ。…これから、私はエルフの里について調査を行う。その上で、族長と話す必要があると思っているの」
「ご主人様が…族長と……?」
「ええ。けれど、心配しないで。彼をここに呼ぶのではなく、私が直接エルフの里に赴くことにするから。…今、シェルと約束したのよ。私は流転の國の主として、必ず貴方達兄妹を守る。たとえ里の者達が来たとしても、絶対に貴女を渡さないわ」
「ご主人様ぁ…!」
リスは主の言葉を聞くと、ベッドから降りて跪いた。シロマ直々の『全回復』魔術のお陰か、身体は少し動くようになったらしい。
「貴女様のお優しいお言葉に感謝致します。…それで、あの…エルフの里の調査に関して、私に出来ることはないでしょうか…?配下である私が、いつまでもご主人様に甘えてばかりいるわけにも参りません。どうか、ご命令を下さいませ」
リスは先ほど自分が話したことによって事態が重くなってしまったと思ったのだが、マヤリィは首を横に振った。
「…リス。貴女の言葉は嬉しいけれど、無理をしてはいけないわ。貴女もこの國の方針は知っているでしょう?今は何も心配せず、白魔術だけでは治せない傷を癒すことに専念しなさい。これが命令よ」
この國の方針。それは、今朝ルーリと話したように、皆が心穏やかに健やかに過ごすことである。
「はっ。畏まりました、ご主人様。有り難きご配慮に感謝申し上げます。…貴女様の仰せの通りに、流転の國の方針に従い、今は回復に努めたいと存じます」
リスの素直な返事を聞いて、マヤリィだけでなくシロマも安堵の表情を浮かべる。
「ええ。ゆっくり休みなさいね。それと、苦しくなったら誰でも良いからすぐに呼ぶのよ。流転の國の皆は、全員が貴女の味方だということを忘れないで頂戴。いいわね?」
こういう場合、何かのきっかけでフラッシュバックを起こすと、どうにもならなくてパニックに陥って物凄く苦しいことはマヤリィ自身がよく知っている。
「はっ!本当にありがとうございます、ご主人様…!」
身体の傷が治り、気持ちも落ち着いてきたリスは、自分の部屋まで来てくれたご主人様の優しさを改めて実感した。それと同時に、憧れのご主人様ともっと一緒にいたいと思うのだが…
「…では、私はそろそろ戻るわね。何かあったら念話を送りなさい。すぐに来るから」
ご主人様はお忙しそうだ。もう少し傍にいて欲しかったが、ここでお引き留めするのは失礼だとリスは思った。
そして、マヤリィが地図の解析作業をしている書庫の二人の元へ『転移』した後、シロマはリスに訊ねた。
「…リスさん、私はどうしましょうか?」
「もう少し…ここにいて下さいませんか?」
リスのお願いを聞いて、シロマは微笑みながら頷く。
「分かりました。傍にいますね」
その優しい言葉に安心したリスは、やがて眠りにつくのだった。
精神的に追い詰められて体調を崩し、寝込む日々が続いていたリスでしたが、次第に自分をひどい目に遭わせた里の者達に怒りを感じるようになります。
そして、リスに内情を聞く前からエルフの里に目を付けていたマヤリィは、本格的に調査を行うことを決めるのでした。