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第45話 新しい神生

 美澪とヴァルはメアリーに事情を説明した。案の定、メアリーは号泣し、自分も連れて行って欲しいと懇願してきたが、それは出来ないことなのだと丁寧に説明すると、悲しみながらも理解を示してくれた。


「メアリー。いつでも忠実だったあなたを置いてくのは辛いけど、トゥルーナにはあなたが必要なの。あたしもヴァルも、メアリーやトゥルーナを見守っているわ。それに、永遠の別れじゃないんですって。頻繁には無理だけど、メアリーに会いに来ることができるって、ヴァルが言ってたの。ね、そうだよね? ヴァル」


 うずくまり、泣き続けるメアリーの背をなで擦りながら、背後に立っているヴァルを振り仰ぐ。するとヴァルは、縋るような眼差しを向けてくるメアリーから視線をそらし、「うん」とそっけなく答えた。


 美澪は頷いてみせたヴァルからメアリーに視線を移すと、安心させるように、メアリーの身体をぎゅっと抱きしめた。


「ほらね! だからそんなに泣かないで、メアリー。あたし、エフィーリアの次は神さまになっちゃったけど、ヴァートゥルナ神はメアリーが崇拝する神さまでしょう? 毎日メアリーの幸せを願って、神さまのお務めを頑張るからね!」


 そう言って明るく意気込んでみせると、終始沈んだ顔をしていたメアリーが、ようやく笑顔を見せてくれた。


「……ミレイさま。短い間でしたが、ミレイさまのような素晴らしいお方にお仕えすることができて幸せでした。その、トゥルーナさま仰られるお方は、ミレイさまのお姿をしてらっしゃるのですよね? 正直、ミレイさま意外のお方を『ミレイさま』とお呼びするのは抵抗を感じますが……。我ら水の国(ヒュドゥーテル)の民が崇拝する、水の神(ヴァートゥルナ)さまの化身(けしん)だと思えば……これほど光栄なことはございません」


 そう言って、久しぶりに跪拝(きはい)をしてみせたメアリーは、そのままゆっくりと上体を倒して叩頭(こうとう)した。


「ヴァルさま。大変烏滸がましいことを申しますが、どうか一度だけ、お気聞きくださいませんか?」


 涙声で真摯に願い出たメアリーに、ヴァルは(おごそ)かな声で、「(ゆる)す」と言った。


「寛大な御言葉をありがとうございます。……では、ヴァルさま。どうか、どうか必ず。ミレイさまをお幸せにしてくださいませ」


「メアリー……!」


 美澪は、メアリーの嘆願を聞いて瞳を潤ませた。メアリーが泣いているから、自分は我慢しなければと、ずっと(こら)えていた涙が溢れそうになる。


 美澪はメアリーの姿を見ていられず、両手で顔を覆った。そうして、そんな美澪の矜持(きょうじ)を守るかのように、ヴァルは、震える華奢な身体を正面から抱きしめた。


「メアリー。その願い、必ず叶えると約束するよ」


 短い言葉だったが、メアリーにも美澪にも、ヴァルの本気が伝わった。


 メアリーは上体を起こした。すると、彼女はもう泣いておらず、どこか晴れ晴れとした表情を浮かべていた。


「御二方の門出をお祝い申し上げます。どうか、お元気で」


「うん。ありがとう。……ほら、美澪も」


 ヴァルに優しく促されてメアリーへ向き合った美澪は、大粒の涙を流しながら、とびきりの花笑みを浮かべた。


「メアリー、ありがとう。元気でね……!」


「ミレイさまもお元気で……!」


 そうしてヴァルとミレイは、光の粒子に包まれ、姿を消したのだった。





「おい、聞いたか? ミレイ王太子妃さまが、王子殿下をお生みになったそうだ」


「おお! それはめでたい! これでエクリオも王太子殿下も安泰だな!」


「ちょいと! その王太子殿下の話なんだけどねえ。どうやら女神の呪いが解けたらしいんだよ!」


「ややっ! それは本当かい? 解呪にはまだ何百年もかかるはずじゃあなかったのかい!」


「それが不思議なことに、王子殿下がお生まれになった途端、辺境の地を蝕んでいた瘴気が消えたらしいんだ!」


「おお、それなら俺も聞いたことがあるぞ。瘴気に汚染されていた水源が浄化されて、汚水が清水に変わったらしい」


「王太子妃殿下が身ごもられてから、天災がめっきりなくなって、それだけでもありがたかったってぇのに。今年は豊作ときたもんだ!」


「ほんに、まあ。全部、王太子妃殿下……神の愛子(エフィーリア)さまのおかげだよ!」


「なんでも、今代のエフィーリアさまは、女神さまに通づる力をお持ちだったそうだよ」


「ありがたや、ありがたや」


「まったく、王太子殿下は良い妃殿下をお迎えなさった」


「ミレイ妃殿下は、救国のエフィーリアさ!」


「……エクリオ(このくに)は、やっと新しい時代を築いていくんだねぇ」


「救国のエフィーリア、バンザーイ!」


「ミレイ妃殿下、バンザーイ!」




「……だってさ。美澪」


 つい先程、屋台で買った肉串を頬張りながら、ヴァルがからかうように言った。


ヴァルと同じく、肉串にちまちまとかじりついていた美澪が、むせそうになりながらヴァルを睨む。


「やめてくださいよ。あたしの功績じゃありませんから! それと、人前では『ビオス』って呼ぶように言ったじゃないですかっ」


「大丈夫、大丈夫。ミレイ王太子妃殿下のおかげで、女の子に『ミレイ』って名前をつけるのが流行っているらしいから。それに、仕事で使う名前をデート中に使うなんてイヤだよ〜」


「ふーん」


 美澪は疑わしげな視線をヴァルに向けたまま、もぐもぐと肉を咀嚼(そしゃく)する。


 しかし、ヴァルはどこ吹く風で、美澪に見られていることに喜んでいた。


(まったく、ヴァルったら。相変わらずなんだから……)


 美澪は降参の意味を込めて、右手でヴァルの左手を握った。もちろん、恋人つなぎで。


 途端、パアッと表情を明るくしたヴァルを横目に見て、美澪はクスリと笑う。


 ……けれど、楽しい時間はすぐに終わってしまうもの。


「さ、ヴァル。そろそろ天界に帰りましょう。ヴァルの大嫌いなお仕事の時間が待っていますよ」


 美澪がからかうように言うと、ヴァルは子どものように拗ねてしまった。


「まだ新婚旅行の最中なのに〜」


「仕方ありませんよ。転生を司る神さまが、別件でお忙しいんですから。職場でのお付き合いは大切です。代理ですが、異世界転生のお仕事、頑張りましょうね!」


「頑張りたくない〜!」


 駄々をこねるヴァルを引きずりながら、美澪はたくさんの思い出の品でいっぱいになってきた我が家――神域に帰るため、指をパチンと鳴らしたのだった。



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