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第36話 ヴァル視点

 ――時は遡り。


 ヴァルは美澪を連れて神域に戻ると、指を鳴らして大きな蓮の蕾を出現させた。蓮は神気の満ちる浅い水底に根を張り、恥じらうようにゆっくりと花開いていく。


 気高く花咲いた蓮の花の中心に美澪を運び、眠りを妨げないように慎重に横たえた。


「……美澪」


 囁くように言って、死人(しびと)のように色を失った少女の顔を、痛ましげに見つめた。


 顔にかかった紺青の髪を除けてやり、冷え切ったまろい肌を指の背でそっと撫でた。


「美澪とトゥルーナの心がここまで反発し合うなんて……」


 己の認識の甘さに憤りを覚える。


(……イリオス(あいつ)の穢れのせいで魂が弱っていたとはいえ、トゥルーナの想いに否応なく感化させられて、肉体と心が剥離状態に陥るとは……)


 幸い人格剥離が起こる前に神域(しんいき)に連れ帰ることができたが、一度は表に現れたトゥルーナの人格が、美澪の身体を乗っ取る可能性は無きにしも非ずだ。


「どうしたものか……」


 トゥルーナの魂を持つ愛し子(エフィーリア)が生まれるのを、気の遠くなるような時の中で待ち続け、漸く完璧なトゥルーナの魂を宿していたのが、泉美澪(いずみみれい)だった。


 初めはエクリオの滅亡に利用したあと、美澪の清廉な魂を天帝に捧げ、もう一度、まっさらな魂を宿すトゥルーナを生み出してもらうつもりだった。しかし――


『そう、ですね。心配してるのかも、しれません』


 と言った美澪を、手放したくない、と思ってしまった。


(……双子のトゥルーナですら、ボクの事なんて眼中になかったのに)


 きっと胸の奥が甘く疼いたのは気のせいだと思って、帰りたい、助けて、と懇願する美澪を一度は手放した。だというのに、幾日も経たぬうちに聖騎士(パラディン)として美澪のそばを独占し、なにかとヴァルを頼ってくる少女に喜悦を覚えた。


 ――人間を愛するなど、なんて愚かなんだと笑っていたのに。


 ヴァルは美澪を愛してしまった。


 美澪が他人に抱かれようと、魂さえ回収できれば肉体(いれもの)はどうでも良いと思おうとした。


 一つの魂に二つの人格と心があり、想いの反発で美澪心身が傷つこうが、トゥルーナを蘇らせることが出来るなら、静観するべきだと思っていた。


(……だけど、出来なかった)


 いつだってヴァルは美澪を助けた。


 美しい瑠璃色の瞳に警戒の色を浮かべながらも、それがだんだんと信頼の色に変わっていき、そして――


『ヴァル……ッ』


 今日の披露宴で、美澪は初めて、心の底からヴァルに助けを求めていた。


 不安気に揺れる瑠璃色の瞳を見て、ヴァルは心から、トゥルーナの気持ちを理解出来た気がした。


 この愛しい存在(ひと)を手放したくない。


 清廉で清らかな美澪()()の魂を、永遠に自分のものにしたい。


「――美澪。君を手に入れる為なら、エクリオも、ゼスフォティーウも、トゥルーナも、人間たちも、どーでもいい」


 ただこの美しく寂しい神域に、


「キミを閉じ込めて、独り占めしたいんだ。……美澪」


 そう呟いて、神域の清涼な気によって血色の戻ってきた滑らかな額に口づけを落とす。そして、目蓋、鼻先、頬、顎先に口づけて、最後に薄く開いた形の良い甘そうな唇に己の唇で()んだ。


 ちゅ、ちゅっと、啄むように唇の感触を楽しんだあと、顎の凹みに親指を当てて、開いた歯列の隙間に舌を捩じ込んだ。


 温かくて甘い舌先に触れた瞬間、ヴァルの背中にゾクゾクとした快感が走った。そして、心が満たされると同時に、胸が締め付けられるような切ない気持ちが込み上げた。


 ヴァルは意識のない美澪の口腔内を蹂躙し、彼女が「ん」と鼻にかかった甘い嬌声を上げると、舌がとろけそうな程に熱を持った口腔内に己の唾液を注ぎ入れた。


「ん、ちゅっ、はぁ……っ。美澪、美澪、いい子だからボクの唾液を飲んで」


 美澪はヴァルの声が聞こえているかのように、こくり、こくり、と喉を鳴らして嚥下した。


 すると程なくして、美澪の頬は薔薇色に染まり、唇にも(べに)を塗ったような血色が戻った。


 ヴァルは、美澪の生気が蘇ったのを確認して安堵すると、口づけを強請(ねだ)るように薄く開いたままの唇に口づけを落とした。


 そして飲みきれなかった、2人の唾液が混ざり合った残滓が、美澪の口角から流れ落ちるのをぺろりと舐め取った。


「……美澪、好きだよ。キミを愛してる。だからボクのものになって?」


 愛を乞い、切実な願いを吐露したヴァルは、


「身体に神気が()き渡るまで、まだ少しかかりそうだね。神域(ここ)には、キミを苦しめ、傷つける者はいないから……ゆっくりおやすみ」


 そう言って、美澪の額に口づけた。


 そうして美しい紺青の髪を一撫ですると、ヴァルは顔から表情を削ぎ落とし、指を一振して写し鏡の術を行使した。


 水鏡に映ったのは、大理石の廊下で言葉を交わす、イリオスとグレイスの姿だった。


「さぁて。どうなるかな……?」


 ヴァルは愉悦に浸りながら二人の会話に耳を傾ける。そうして全てを見届けたのち、怒りの表情を浮かべた。


 右手を一振(ひとふり)して水球を生み出し、それにイリオスの顔を映し出すと、忌々し気に水球を握り潰した。


「イリオス……偽善者め……」


(おまえには、もう二度と美澪に触れさせない……!)


 強く握り締めた右手から、水と血液が混じったものがポタリ、ポタリ、と流れ落ち、足元の水面を汚していく様をヴァルは無感情に見つめた。

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