第83話 決意を新たに
「まっ、待ってください、ベルンハルト様、その、ちょっと休憩を……っ!」
ドロシーの主張は、呆気なくキスで消された。鼻呼吸を、とすぐに意識しても、まだ上手くはできない。
わたくし、このままじゃおかしくなっちゃいそうだわ……!
全身汗だくで、激しすぎる痛みのせいでろくに頭が働かない。
苦しいし、辛い。それでもなんとか耐え忍んでいるのは、もはや意地である。
「無理だ」
思わず絶望してしまうような言葉を口にし、ベルンハルトは激しさを増した。身体が張り裂けそうなほどの痛みに思わず目をぎゅっとつぶると、瞼にキスが降ってくる。
「……悪い。でも、許してくれ」
気弱な声と、それと不釣り合いなほど激しい身体の動き。
おまけに、底なしの体力。
お願い、お願いだから……もう、早く終わってー!!
念願の初夜だというのに、そう叫ばざるを得ないのは仕方がないことだった。
◆
「ドロシー。悪かった」
結局ドロシーが痛みから解放されたのは、外がすっかり暗くなってからだった。
慣れれば痛みよりも快感が勝つようになる……とは言うが、一夜のうちにそんな理想的状態まで進化することは不可能だった。
腰をさすりつつ、上半身だけを起こす。立ち上がるには、ドロシーの身体はぼろぼろすぎるのだ。
「……い、いえっ、妻として当たり前ですわ。それにわたくし、痛いけれど、嬉しかったんですもの」
いつもとは違うベルンハルトの熱っぽい眼差し、荒々しい手つき、乱れた呼吸。
ベルンハルトが自分を夢中で求めてくれたのだと思うと、嬉しくてたまらない。
「ドロシー」
微笑んで、ベルンハルトが優しく頭を撫でてくれる。先程まで全身を這いまわっていた強暴な手のひらだ。
「腹が減っただろう。飯を持ってくる。湯浴みはその後でいいな?」
「はい、ありがとうございますわ」
全身の汗を流したいけれど、少し休まなければベッドから動ける気がしない。頷くと、ベルンハルトは服を着て部屋を出ていった。
◆
ベルンハルトが持ってきてくれた軽食を食べると、どっと眠気が押し寄せてきた。疲れているのだから当たり前だ。
しかし、このまま眠ってしまうには身体が汚れすぎている。
「……ベルンハルト様。その、わたくし湯浴みを……」
立ち上がろうとして失敗した。まだ、一人で歩けるほど身体は回復していなかったらしい。
転びそうになったドロシーを抱き上げ、ベルンハルトが再びベッドに戻してくれる。
「湯浴みなら、俺が手伝ってやる」
「えっ」
「一人じゃ浴室へは行けないだろう?」
確かに、この状態じゃ歩いて浴室までは行けないわ。
メイドを呼ぶにしても、運んでもらうのは難しいわよね。
ドロシーは小柄な上に軽い。それでも力仕事を本業としていないメイドに運んでもらうのは気が引ける。
ベルンハルト様にお願いするのが、一番いいわよね。
「ベルンハルト様。お願いしますわ」
両手を広げ、ベルンハルトに向けて伸ばす。風呂場でゆっくりとくっつけるかもと思うと、頬が緩んだ。
「……ドロシー」
ドロシーの顔を見つめ、ベルンハルトが深い溜息を吐く。
急にどうかしたのかと首を傾げると、いきなり、ベルンハルトに押し倒された。
「えっ!? あ、あの、ベルンハルト様……!?」
長時間にわたる愛の営みが終わり、空腹を満たすために食事をとった。
この後すべきことは汚れを落とすための入浴であり、そして、疲れた身体を癒すための睡眠のはずである。
なのに、どういう状況なの!?
「我慢してるんだ。誘うような真似はやめてくれ」
「……えっ!?」
あれだけやって、まだ我慢してたの!?
ていうかわたくし、今回に関しては、全く誘うようなことはしていないのだけれど……!?
「ドロシー」
手首をぎゅっと押さえつけられ、荒々しく口づけられる。全身が悲鳴を上げているのに、熱を帯びた眼差しを拒むことができない。
ああもう、こうなったら……どうにでもなれ! だわ!
半ばやけくそになって、ドロシーは叫んだ。
「満足いくまで、とことんわたくしを抱いてくださいませ、旦那様!」
一日近く部屋にこもっていた主人達の部屋から聞こえた叫びに、外にいた使用人達は驚き……そして、呆れながらドン引きしていた。
しかし、互いに夢中な二人が気づくことはない。
こうしてまた、二人のとびきり甘い時間が始まったのである。
◆
「さすがに、どうかと思いますよ、お二人とも」
マンフレートは二人を睨みつけ、わざとらしい溜息を吐いた。その背後に控える使用人達は皆、マンフレートに同調するような顔をしている。
「夫婦であるお二人が関係を深めるのは素晴らしいことです。跡継ぎのためにも、子供だって必要でしょう。で・す・が……」
ドン! とマンフレートは大量の書類をテーブルの上に叩きつけた。
「お二人の仕事が、こんなにたまっています。さすがにもう、寝室から出てきてくださいますよね?」
ベルンハルトと本当の意味で結ばれることができてから、今日で五日。
ドロシーとベルンハルトは、ひたすら寝室にこもり続けていた。
領地経営に関する仕事をマンフレートに依頼し、騎士団の訓練をデトルフに依頼し、両者の調整をアデルに依頼して。
もちろん、問題があればすぐに連絡するように、とは伝えてある。
優秀な家臣達は問題を起こさず、ようやく結ばれた二人のために気を遣ってもくれた。
でも、さすがにやりすぎたわ……!
ドロシーが眠っている間、ベルンハルトは外で剣の訓練だけはしているようだった。しかしドロシーは基本的に、ベルンハルトに愛されるか、眠っていただけである。
「ほ、本当に悪かったわ! 明日からはちゃんと……」
ドロシーの言葉は、はい? というマンフレートの声に遮られた。
「聞こえなかったので、もう一度言っていただけないでしょうか?」
「……い、今から、ちゃんとやりますわ」
既に外は暗く、疲れきった身体は睡眠を欲している。しかし、そんなことを主張できる状態ではない。
「……ドロシーだけでも休ませてくれ。俺はすぐに仕事へ戻ろう」
「ベルンハルト様! お気遣いありがとうございますわ。でもわたくしも、ベルンハルト様のためにも頑張りたいの!」
浮かれていたとはいえ、仕事をサボり過ぎたのは事実だ。
本格的に見捨てられてしまう前に、きちんと仕事へ戻らなくては。
「ドロシー……」
「ベルンハルト様……」
見つめ合った二人の間に容赦なく割り込んできたマンフレートが、それぞれに書類の束を渡す。
彼の目の下には、くっきりとしたクマがあった。
「いちゃいちゃする暇があったら、仕事をしてください。仕事を」
「「はい」」
あまりの剣幕に、つい、二人して同じ返事をしてしまう。微笑み合った二人を見て、マンフレートはまた溜息を吐いた。
今日からはまた、伯爵夫人として仕事も頑張らなきゃ!
そして夜は、思う存分ベルンハルト様といちゃいちゃするのよ!
決意を新たに、ドロシーは渡された書類に目を通した。もちろん、痛すぎる腰をさすりながら。
完
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最後までお読みくださり、ありがとうございました……!
白い結婚から始まったとは思えないほどいちゃつきまくっていた二人の恋模様、楽しんでいただけたでしょうか?
最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございます!




