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第82話 待てない

「行ってらっしゃいませ、ベルンハルト様」

「……ああ。早く終わらせて、急いで戻ってくる」


 朝早くに、ベルンハルト達は出発してしまった。戦いが終われば帰ってくるとはいえ、それがいつになるかは分からない。


 きっとこれから先、何度もこんなことがあるんだわ。


「奥方様。外は冷えますから、中へ戻りましょう」


 アデルが優しく手を引いてくれる。ええ、と頷いて、ドロシーは屋敷の中へ戻った。

 まだ、完全に日が昇りきっていないような時間だ。だが、二度寝する気にはなれない。


「アデルさん。マンフレートさんを呼んでください。旦那様がいない間に、ここをよりよい場所へしてみせますわ」

「かしこまりました、奥方様」


 頷いて、すぐにアデルが屋敷を出ていく。寂しいけれど、寂しがってばかりはいられない。


 領主の妻として、わたくしはわたくしのやるべきことをやらなきゃ!





「奥方様! 手紙が届きましたよ」


 ベルンハルトからの手紙が届いたのは、出発から3週間後のことだった。

 戦を終え、これから領地へ帰る、という内容である。手紙には、ベルンハルトをはじめとする騎士団の面々が無事であることもちゃんと記されていた。


「いよいよ、帰ってきますね」

「ええ。パーティーの用意をして待ちましょう」


 ベルンハルトがいない3週間は、それなりに忙しかった。サボろうと思えばいくらでもゆっくりできるだろうけれど、やろうとすればいくらでも仕事がある。

 領地の見回り、領民からの要望聴取、帳簿の確認、予算の見直し……マンフレートの助けを借りながら、いろんな仕事をやった。


「奥方様。帰ってきたら、いよいよですね」

「……ええ。いよいよ、待ちに待った初夜だわ」


 帰ってきたら、今度こそちゃんとドロシーを抱く。


 ベルンハルトは、はっきりとそう言っていた。それだけじゃない。子ができるまで毎晩抱く、という宣言もされている。


「わたくし、絶対に痛みに耐えてみせますわ!」


 こんな風に、いつまたベルンハルトが領地を不在にするか分からない。だからこそきちんと愛を確かめ合い、身体を重ね、子作りをしておかなくては。


「その意気です、奥方様! 自主練の成果を、隊長にぶつけましょう!」





 たっぷりと睡眠をとって身体を休め、いつもより念入りに肌の保湿を行う。

 リラックス効果のあるアロマを焚きながら化粧をし、締めつけの少ないドレスに着替える。


「……ばっちりですわ」


 鏡に映った自分を見て、ドロシーは何度も頷いた。

 もうすぐ、ベルンハルトが戻ってくる。その瞬間に向けて、身体のコンディションを整えてきたのだ。抜かりはない。


 それだけじゃなく、アデルにいろいろと話を聞き、夜の自主練にも励んだ。もう、今までのドロシーとは違う。

 今度こそ、あの凶器を受け入れられるはずなのだ。


「応援しています、奥方様」

「ありがとう、アデルさん」

「上手くいったら、一緒にお祝いしましょうね……!」


 ぎゅ、とアデルはドロシーの両手を握った。もちろんですわ、と深く頷く。

 夜の問題を相談できるほど親しい相手なんて、アデルしかいない。そのためドロシーはベルンハルトがいない間、解決策をいろいろとアデルに相談してきたのだ。


 実のところ、アデルはそれほど経験が豊富なわけではないのだが……それはまあ、仕方がないことだろう。


「騎士団のみんなと一緒にパーティーをして、その後、入浴を済ませたベルンハルト様を寝室で待つ……うん、完璧な流れだわ」

「パーティーではお酒は控えてくださいね。それから、食べ過ぎも」

「もちろん。気をつけるわ」


 せっかくの初夜に、お腹を壊してしまうわけにはいかない。完璧な初夜のためには、完璧な準備が必要なのだ。





「ベルンハルト様! お帰りなさいませ!」


 愛馬から下りたベルンハルトは、すぐにドロシーのところへ走ってきてくれた。ドロシーの手をぎゅっと握り締め、ただいま、と柔らかな笑顔で告げる。


「旦那様にお会いできるのをずっと、ずーっと待っていましたわ」


 ベルンハルトの大きな手を握り返し、上目遣いで見つめる。久しぶりに見るベルンハルトの顔はやはり格好良くて、ドロシーはついにやけてしまう。


 やっぱり、わたくしの旦那様って最高だわ……!


「パーティーの準備もできてますの。騎士団の皆様も、長旅で疲れたでしょう? ですから、お酒やお料理をたくさん用意して……」


 最後まで喋ることはできなかった。なぜなら、ベルンハルトがいきなりドロシーを抱き上げたからだ。


「ベ、ベルンハルト様……? その、どうかしましたの?」


 ベルンハルトに抱きかかえられるという状況にときめくが、いきなりすぎてどんな反応をすればいいか分からない。

 しかしベルンハルトは、無言のまま歩き始めてしまった。


 向かった先は、寝室である。


「ドロシー」


 ドロシーをベッドの上に寝かせ、ベルンハルトは荒々しい動作で自らの服を脱ぎ始めた。


「あ、あのっ、ベルンハルト様、これはどういう……?」

「言っただろう? 戻ったら、今度こそドロシーを抱くと」


 上半身の服を脱ぎ終えたベルンハルトは、ドロシーに馬乗りになった。手首を押さえつけられたドロシーは、身動き一つとれなくなってしまう。

 鋭い眼差しは、今まで見てきたどんなものとも違った。


 まるで、獣みたいな……! もしかしてベルンハルト様、戦場帰りで興奮してる……!?


 アデルが言っていた。戦場の兵や、戦場帰りの兵は興奮状態になっていることがよくあると。だからこそ、現地で略奪や強姦が起こらぬよう、気を配る必要があるとも。


「ベルンハルト様っ、その、ちょっと待っ……!」

「待てない」


 荒々しいキスで唇を塞がれ、何も言えなくなってしまう。

 女主人として、これからパーティーを取り仕切らなければならないのに。


 求めてくれるのは嬉しいけれど、さすがに、このまま流されるわけにはいかないわ……!

 せめて一言、アデルさんに伝言するだけでも……っ!


「俺はドロシーを抱きたくて急いで帰ってきたんだ。なのに、これ以上待てと?」


 金色の瞳で見つめられ、ドロシーの理性はあっさりと崩壊した。

 既にパーティーの用意は終えてあるのだから、ドロシー抜きでもなんとでもなる。

 女主人としての務めは大事だが、なにより大事なのは、ベルンハルトの妻としての役目だ。


「ベルンハルト様。……早く、わたくしを抱いてくださいませ!」

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