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第81話 おやすみ、ドロシー

「ベルンハルト様、お待ちしておりましたわ」


 諸々の準備を終えてベルンハルトが寝室へやってきたのは、日付が変わる寸前だった。出兵命令を受けてから忙しく動き回っていたせいか、顔色はあまりよくない。


「……ベルンハルト様」


 絶対に今夜こそ抱かせてみせる! と決意していたものの、ベルンハルトの疲れた顔を見ると決意が揺らいでしまう。


 ベルンハルト様だって、きっとゆっくり寝たいわよね……。


「どうした、ドロシー?」


 ベッドに座るドロシーの隣に腰を下ろし、ベルンハルトはドロシーの顔を覗き込んだ。

 明日からしばらくの間、こんな風に目を合わせることもできなくなってしまうのだと思うと胸が苦しい。


 ぎゅ、とベルンハルトに抱き着く。この温もりにも、もうずいぶんと慣れた。


 行かないで、なんて言えない。寂しいという気持ちをぶつけてしまうことにも躊躇ってしまう。


 戦場へ行くのは、わたくしじゃなくてベルンハルト様。

 きっとベルンハルト様も、わたくしには言わないけれど、不安な気持ちのはずだわ。


 こんな時に泣いて縋るのは、正しい妻の姿じゃない。唇を噛んで泣くのを堪え、ドロシーはベルンハルトを見つめ返した。


「もう、お休みになりますか?」

「……いや。もう少し、こうしてドロシーと話がしたい」


 ちゅ、と優しく額に口づけられる。間違いなく愛情はこもっているけれど、足りない。


「旦那様。……わたくしのことを、抱いてくれませんか? わたくし、今度こそ耐えてみせますわ」

「ドロシー。前にも言っただろう? 無理をさせるつもりはないと」

「いいえ。無理をするのも、わたくしの務めですわ!」


 ベルンハルトがドロシーを気遣ってくれていることは分かる。その事実に愛情を感じるし、安堵することがあるのも事実だ。

 けれど、いつまでもベルンハルトの気遣いに甘えてはいられない。


「ベルンハルト様が魔法騎士の務めを果たすために戦場へ行くのと同じように、わたくしも妻としての務めを果たしたいのです!」


 どれだけ痛くても死ぬことはない、とアデルは言っていた。

 それに比べ、戦場には命の危険がある。


「ベルンハルト様の子を産み、無事に育てるのがわたくしの務めですもの!」

「……焦る必要はない。ドロシーも俺も、まだ若いだろう?」

「でもベルンハルト様は明日、危険な戦場へ行かれますわ」


 ベルンハルトを困らせている自覚はある。だがドロシーも今日、会えない時間にいろんなことを考えたのだ。


 妻の務めは、夫の留守中に領地を守ることだけじゃない。子供を作り、後継者を育てあげることも大事な妻の務めだ。


「……もしものことがあった時、今のままでは困りますわ」


 想像すらしたくないが、万が一のことはある。戦場に行けば命を落としてしまうかもしれないし、怪我を負い、子を成せぬ身体になってしまうこともあるだろう。

 だからこれは、ドロシーの単なる我儘ではない。覚悟なのだ。


「わたくし、ベルンハルト様の子供が欲しいんですの!」


 そう宣言し、ベッドにベルンハルトを押し倒そうとする。しかし強靭な肉体は押してもびくともしなかった。


「ベルンハルト様。ここはわたくしに、押し倒されてくださいませ」

「悪いが、それはできない」

「どうしてですの!? わたくしは、ベルンハルト様と子作りがしたいんですわ!」


 ベルンハルトが魔法騎士という危険な職業についているからこそ、早く子供を作っておくべきなのだ。


 夫が死亡した場合、子供がいなければ他の男と再婚することはよくある。

 しかし子供がいる場合の多くは再婚せず、跡継ぎである子供の世話をし、夫の家で生きていく。


 たとえベルンハルトが戦場で命を失ったとしても、他の男に嫁ぐつもりはない。

 ベルンハルトの子を産み育て、一生、シュルツ子爵家の人間として生きていくつもりだ。


「……ドロシー。言っておくが、一回で子供ができる確率はかなり低いぞ」

「それくらい知っていますわ!」

「だったら、今日無理にすることはないだろう。それに今日は、ドロシーの泣き顔を見たくない」


 柔らかく笑うと、ベルンハルトはドロシーを包み込むように抱き締めた。


「しばらく会えなくなるんだ。今日は、笑顔のドロシーと眠りたい」

「……旦那様」


 額、耳、頬、唇……顔のいたるところに、優しく口づけられる。宝物に触れるような手つきに、泣きそうになってしまった。


「ドロシーにここまで言わせるつもりはなかった。俺はただ、無理をしてほしくなかっただけだ」

「……分かっていますわ」

「帰ってきたら、ちゃんとドロシーの望みを聞く」

「えっ!?」


 それって……と顔を上げた瞬間、勢いよくベッドに押し倒されてしまう。手首をベッドに押さえつけられただけで、身動き一つとれない。


「戻ったら、今度こそちゃんとドロシーを抱く。子ができるまで毎晩、もう我慢はしない」

「が、我慢って……」

「ドロシーが思っている以上に、俺はずっとこうしたいと思っていたんだ」

「ベルンハルト様……」


 柔らかく笑うと、ベルンハルトはドロシーの手首を解放した。代わりにドロシーを優しく抱き締め、ベッドに横たわる。


「おやすみ、ドロシー。明日の朝は、笑顔で俺を起こしてくれ」

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