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第80話 最も重要なアドバイス

「そ、それって、ベルンハルト様が戦争に行くってことですわよね!?」


 朝食の用意を……と部屋を出ていったベルンハルトは、帰ってくるなり、出兵することになった、と言った。

 本人は面倒くさそうにしているだけだが、ドロシーにとっては一大事である。


「ドロシー。戦争なんて大袈裟なものじゃない。よくある小競り合いだ」

「で、でも、わざわざベルンハルト様を指名するなんて……! それだけ大変ってことじゃありませんの!?」


 ベルンハルトの言う通り、国境付近での小競り合いはよくあることだ。

 だからこそ、それを見越して国境付近には日頃から兵を配置している。にもかかわらずベルンハルトに援軍を依頼するなんて、よほどの事態があったということではないのか。


「落ち着いてくれ、ドロシー」


 大きな手が伸びてきて、ドロシーの顔を優しく包み込んだ。


「確かにいつもより敵の数が多いのかもしれないが、それだけだ。わざわざ俺を指名してきたのは、争いを避けるためでもある」

「……どういうことですの?」

「俺がくれば、向こうも戦意を喪失するだろう、と。……それほど効果があるとは思えないが、まあ、部下だけを派遣するよりは意味があるだろう」


 ドロシーには戦場の状況なんてよく分からない。そもそもドロシーからしてみれば、たいしたことはない戦争、なんてものは存在しないのだ。

 戦場に行けば、敵は殺意むき出しでベルンハルトに向かってくるだろう。当然その手には危険な武器を持っているだろうし、相手は複数でかかってくるかもしれない。


「ドロシー、泣かないでくれ」

「だって……」

「俺が負けると思うか?」

「そんなことはありませんわ!」


 ベルンハルトが負ける、と思っているわけではない。けれどだからといって、安心して戦場へ送り出せるはずもない。


 だってわたくしは、ベルンハルト様が大好きなんだもの……!


 魔法騎士の妻として我慢しなくてはと思えば思うほど、瞳から涙があふれてきてしまう。

 ベルンハルトを困らせたいわけじゃないのに。


「……いつ、出発しますの?」

「遠征の準備を整えて、明日の朝には出発する。終わり次第、すぐに戻ってくるから」


 王都から戻ってきたばかりなのに、なんて都合を敵が配慮してくれるはずがない。

 魔法騎士として、ベルンハルトは要請があれば戦場へ赴かねばならない立場だ。


 分かっていたわ。でも……。


 何を言えばいいか分からなくなって、がしっ、とたくましい肉体に抱き着く。


 危険な場所に行かず、ずっとここにいてほしいと望んでしまうのは、ドロシーの我儘なのだろう。


「ドロシー」


 甘い声で名前を呼ばれ、不安を誤魔化すような甘いキスが降ってくる。狡い、なんて子供のような言葉は飲み込んで、ドロシーも口づけで応じた。





「残念ながら、よくある話なんです。これからもたぶん、こういった呼び出しは何度かありますよ」


 準備のために部屋を出ていったベルンハルトと入れかわりでやってきたのはアデルだ。今回の遠征も、彼女はドロシーの護衛係として残ってくれるらしい。


「アデルさん……」

「大丈夫です。しばらく寂しくはなりますが、きちんと帰ってきますから。前と同じです。隊長が留守にしている間、一緒に領地を守りましょう?」


 これからの長い結婚生活で、きっとベルンハルトは何度も領地を留守にするのだろう。

 そして留守中、領主代理として領地を守るのがドロシーの仕事。


「分かってるわ。分かってるけど、でも……やっとベルンハルト様が、わたくしに手を出してくれるようになったのに……っ!」


 ドロシーが不慣れかつ体格差があるせいで、今のところ愛の営みは一度も成功していない。

 けれど毎日、少しずつは成長している……気がするのだ。


 あとちょっとあれば、わたくしも慣れて、スムーズに最後までいくはずでしたわ。

 そうすればベルンハルト様はもっとわたくしに夢中になって、わたくしたちの愛も深まり、より幸せな夫婦生活を満喫できるはずだったのに……!


「……奥方様」

「ねえ、アデルさん。ベルンハルト様が出発するのは、明日の朝なのよね?」

「ええ」

「だったら今晩はまだ、チャンスがあるってことよね……!?」


 本当は遠征になんて行ってほしくない。しかし、これがベルンハルトの仕事だ。妻として、いつまでも泣いてはいられない。


「今晩こそ絶対、成功させてみせるわ!」

「奥方様……! その意気です!」


 ベルンハルトが魔法騎士として戦場へ向かうのなら、ドロシーは妻として、彼を受け入れるべきだ。

 凶器のようなものを思い出せば気が遠くなってしまいそうになるが、それも妻としての務め。


 一度乗り越えてしまえば、痛みよりも快感が増すらしいもの!


 残念なことに今、ドロシーにとって愛の営みは苦痛を伴う行為になってしまっている。しかし本来はとびきり気持ちがよくて、愛を確かめ合う最高の行為だと噂で聞いた。


 大丈夫よ。きっとできるわ。だって、わたくしたちの間には大きな愛があるんですもの!


「奥方様。今まで奥方様には、いろいろと助言をしてきましたが……今日は、最も重要なことをお伝えさせていただきます」


 緊張した表情のアデルが、じっとドロシーを見つめる。

 そして息を吸い込み、アデルは金言を口にした。


「とにかく痛みに耐えるのです。それだけです。愛の営みで死ぬ、なんてことはありません。死ぬ気で耐えてください。死にませんから」

「……分かったわ」


 ベルンハルト様は明日、命の危険がある戦場へ行くのよ。

 わたくしだって、痛いだとか怖いだとか、甘いことを言っている場合じゃないわ。


 今日の夜。

 必ずわたくしは、ベルンハルト様に抱かれてみせるんだから……!

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