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第78話 愛さえあれば?

「今日は本当に大変でしたわね、ベルンハルト様」


 ねえ、と笑いかけて、さりげなくベルンハルトの肩に頭をのせる。ああ、と頷きながら、ベルンハルトはそっとドロシーの頭を撫でた。


 本当ベルンハルト様って、大きくて力強い、魅力的な手のひらの持ち主だわ……!


 ドロシーがベルンハルトの手のひらにうっとりしていると、ベルンハルトはベッド横の小テーブルに手を伸ばした。

 蜂蜜がわずかに入った水を飲み、眠そうに瞼をこする。今日はいろいろあったから、きっと疲れているのだろう。


「明日も早い。そろそろ眠らないか?」


 ドロシーたちは、明日の朝早くにベルガー家を出発する。もう少しゆっくりする、という選択肢もあったのだが、夫婦そろって領地を長く空けるわけにはいかない。


 マンフレートさん達なら心配はいらないけれど、だとしても、早く家に帰りたい気持ちもあるもの。


 そう思ったドロシーは、自分の考えに少し驚いた。


 わたくしにとってもう、帰るべき家はここではなくて、シュルツ家なのね。


 結婚したのだから当たり前だ。けれど、それでも感慨深い気持ちになる。

 少し前までは、家と言えば間違いなくベルガー家を思い浮かべていただろうに。


「……旦那様」

「どうした? ドロシーも疲れただろう?」


 疲れていない、と言えば嘘になる。パーティーに参加し、エドウィンに絡まれ、散々な目に遭った。

 しかし、ベルンハルトが思うほどには疲れていない。


 わたくしにとって、パーティーは日常だったんだもの。


「せっかく二人きりですし、他にもやることがあると思いません?」

「……ドロシー」

「だって今日、旦那様はみんなの前でエドウィンを倒して、国王陛下にも褒められたんですよ!? こんなの、他の騎士には経験がないことですわ!」


 つまりもう、ベルンハルトは国で一番の騎士、と言うことができるのではないだろうか。

 いや、そうに違いない。絶対にそうだ。


 今日の一件で、ベルンハルト様の実力も、ベルンハルト様が陛下から信頼されていることも、大勢に伝わったんだもの!


「だとすれば、今すぐわたくしを抱くことに、何の問題もないですわよね!? ほら、抱いてください、早く!」


 興奮のあまり、つい声が大きくなってしまう。ベルンハルトがちらちらと扉を気にしているのは、外に声が漏れないか気にしているからだろう。

 ドロシーの部屋は、父と弟の部屋に挟まれている。

 もちろん、しっかりとした造りの屋敷であり、会話が筒抜け、なんていうことはないのだが。


「ドロシー」


 困ったような顔で頬を撫でられる。こんな顔をさせたいわけじゃないのに、と思いながらも、そんな表情まで愛おしく思ってしまう。


「わたくしもう本当に、待ちくたびれましたのよ?」


 ベルンハルトの手をとって、そっと自分の胸元へ持っていく。

 速すぎるこの鼓動が、全部ベルンハルトに伝わってしまえばいい。


「早くわたくしを、ベルンハルト様の物にしてください」


 身体を重ねることに不安がないと言えば嘘になる。ドロシーは未経験だし、体格差だって大きい。

 体格差があるほどきつい思いをする、という噂を聞いて恐ろしく思ったこともある。


 だけど、それでもわたくしは、ベルンハルト様に抱いてほしいのよ!


「旦那様は、わたくしをまだ待たせるつもりですの?」


 上目遣いでベルンハルトを見つめる。さすがに、ドロシーの本気も伝わっただろう。


「……分かった」

「分かった!? わ、わたくしを抱く準備ができたってことですわよね!? さ、さあ早く、今すぐ……!」


 ドロシーが大興奮で騒ぎ立てた瞬間、うるさい! というヨーゼフの声が隣の部屋から聞こえた。


 さすがに声が大きくて聞こえちゃったのね。


 少し恥ずかしいけれど、まあ、仕方がないことだろう。


 ベルンハルトの顔がゆっくりと近づいてくる。さすがに、キスをされるのだ、ということは分かった。

 目を閉じて口づけを待つ。慣れた温度を感じていると、いきなり舌で唇をつつかれた。


これ、開けってことよね!


 慌てて口を開く。すると分厚い舌が、ドロシーの口内へ入ってきた。

 息をするのも上手くできなくて、必死に我慢する。口の中がベルンハルトの舌でいっぱいで、どんな顔をすればいいのかも分からない。


 苦しいわ、これ……!


 ようやくキスが終わった時、ドロシーの呼吸は酷く乱れていた。一方で、ベルンハルトは何も変わっていない。

 経験値の差を見せつけられたようで、なんだかすごくむかむかする。


 わたくしは初めてなのに、ベルンハルト様はそうじゃない。

 分かってはいたけれど、やっぱりもやもやするわ……!


「ここでやめておくか? ドロシー」

「や、やめるわけがありませんわ!」


 どれだけ苦しかろうと、痛かろうと、絶対にこのチャンスを逃してなるものか。


「だってわたくし、ベルンハルト様のことが大好きなんだもの!」

「……ドロシー」


 はあ、とベルンハルトが深い溜息を吐いた。


「あまり煽るようなことを言うな。後悔するのはお前だぞ」


 お前、なんて言われたのは初めてだ。しかもベルンハルトの眼光が、いつもよりずっと鋭い。


 ベルンハルト様も、興奮してるってこと……!?


 片手で両手首を掴まれ、勢いよくベッドに押し倒される。あっという間に馬乗りされ、身動き一つとれない体勢になってしまった。


「ベルンハルト様……!」

「なんだ? 今さらやめろと?」


 ベルンハルトの声は少し焦っているように聞こえて、きゅんっ! とときめいてしまう。


「あ、あの、その……ぜ、絶対にやめないでほしいんですけど、せ、せめて優しくしてほしいの……!」


 情けない発言なのは自覚している。しかし、つい口にしてしまった。


「……善処はする」


 ベルンハルトの手が、そっと胸元に伸びてくる。

 もし初夜を迎えることがあれば、あますことなくベルンハルトの全てを目に焼き付けようと思っていた。


 それなのについ、ぎゅっと目を閉じてしまう。


 こんなに怖くて、だけど特別なことを、ベルンハルト様は他の方ともやったことがあるなんて……!





「泣くな、ドロシー。仕方ないことだ」


 何度も頭を撫でられ、優しく抱き締められる。

 それでもドロシーは、泣き止むことができなかった。


「大丈夫だ。焦らなくていい」

「で、でも……!」

「今日はもう寝よう。朝まで、ちゃんと抱き締めているから」


 どれだけ痛くても、怖くても、愛さえあれば問題ないと信じていた。


 でも、現実は違ったわ……。


 まだ、ひりひりと痛みを感じる。先程までの行為を思い出しただけで、身体が震えそうになってしまう。


「ドロシー」


 愛してる。


 そう甘い声で囁いて、ベルンハルトはドロシーにキスをした。情熱的なキスではない。幼い子供にするような、軽やかなキスだ。

 それに安心してしまうことが恨めしい。


 待ちに待った、大好きな人との初夜。

 しかし、最後まで行われることはなかった。なぜなら……。


 痛すぎて、どうにもならないんだもの!!

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