第77話 ドロシー、陛下の意図に気づく
「よくやった、ベルンハルト。さすが魔法騎士だ」
満足気に笑いながら国王が立ち上がる。国王の拍手に合わせて、周囲の貴族たちも拍手を始めた。
中にはエドウィンを応援していた人たちもいただろうが、国王の動きに逆らうわけにはいかない。
それにしても、陛下はどうしてこんなに上機嫌なのかしら?
エドウィンとベルンハルトの間にはかなりの実力差がある。勝敗が明らかだと思っていたのは、ドロシーだけではないだろう。
それにヨーゼフも、陛下がベルンハルト様の勝利を望んでいるだろうと言っていたわ。
「なにか褒美をやろう。欲しい物はないか?」
ベルンハルトは跪いて国王を見上げた。凛々しい横顔はいつもと少し印象が違っていて、胸が高鳴ってしまう。
それにしてもベルンハルト様、めちゃくちゃ格好良かったわね……!
予想通りとはいえ、ヨーゼフを華麗に圧倒した姿はあまりにも格好良かった。二人の実力差は明らかで、大人と子供……なんて表現では足りないほどだ。
「陛下、ありがとうございます。ですが当たり前の結果ですので、褒美をいただくほどではございません」
まあ、なんて謙虚な方なの!?
絶対にあり得ないけれど、エドウィンが勝っていたらきっと、図々しくいろんな褒美をねだっていたはずだわ。
さすがはわたくしの旦那様ね、と深く頷いたドロシーが顔を上げると、ふと、エドウィンの父親と目が合った。
怒りで顔を真っ赤にし、震える拳をぎゅっと握り締めている。
そうよね。ケルステン公爵からすれば、みんなの前で息子が恥をかかされたんだもの。
公爵の恨みが、ベルンハルト様に向かわなければいいけど……あっ!
そこまで考えて、ドロシーはようやく、国王がこの決闘を許可した意味に気づいた。
陛下は、エドウィン……いいえ、ケルステン公爵家に恥をかいてほしかったんだわ。
そして恥をかかせるのは、ベルンハルト様じゃなきゃだめだったのね。
「そういうわけにもいくまい。ケルステン公爵もそう思うだろう? 結果を出した者を評価し、褒美を与える。当たり前のことだ」
話を振られたケルステン公爵は、不服そうな顔で頷く。
「褒美は後で領地に送る。いいな?」
「ありがとうございます」
「それより、顔を上げよ。今日の主役はお前だ。ここにいる皆も、お前と話したがっているのだから」
わあっ、と歓声が上がる。声を上げたのは主に少年たちだが、誰一人としてベルンハルトを讃えない者はいない。
あくまで形式的なことではあるものの、日頃ベルンハルトを嫌っているような上位貴族ですら、今は作り笑顔で拍手をしている。
やっぱり。
これこそが、陛下の狙いだったんだわ……!
◆
「ふふ。それにしても今日は楽しかったね。見た? 負けた時のあいつの顔。本当見物だったよ、ねえ?」
帰りの馬車の中で、ヨーゼフがはしゃいだ声を出す。ヨーゼフ、と軽くたしなめる父の口元も、同じように緩んでいた。
「しかも、あの後もずーっと気まずそうな顔してたし。本当、惨めだったね」
ははっ、とヨーゼフが高らかに笑う。ヨーゼフの言葉通り、決闘後のエドウィンも見物ではあった。
多くの貴族が国王から褒められたベルンハルトと関係を持とうと話しかけてくる裏で、腫物のように扱われていたのだ。
いつもなら、次期ケルステン公爵である彼の前には行列ができるほどなのに。
「……ですが、陛下が決闘を許可してくださったのは意外でした。貴族であるあいつが、俺に負ける状況をよしとされるとは」
「何言ってるの。陛下はその状況を作りたかったんだよ。姉さんも気づいたでしょ?」
頷くと、驚いたような顔でベルンハルトに見つめられる。
「ベルンハルト様。陛下は王族であって、貴族ではないのです」
「ああ。それは知っているが」
「ケルステン公爵のような貴族が力を持ち過ぎている状況は、陛下にとってあまり好ましくないんですわ」
数十秒黙り込んだ後、なるほど、とベルンハルトは頷いた。
貴族社会で生まれ育ったわけではない彼にとっては、あまり考えにくい理屈だったのだろう。
ケルステン公爵家のような大きい家は、代替わりしても権力を持ち続ける。その影響は王族も無視できるものではない。
特に国王になる前……王子の時期は、有力な貴族の後ろ盾がなによりも大切なのだ。
でも国王になった後は、権力を持ち過ぎた貴族ほど厄介なものもないのでしょうね。
おそらく、国王は元々ケルステン公爵家の大きすぎる権力を問題視していたのだ。そこで、少しでも恥をかかせてやろうと思ったのだろう。
「それにベルンハルト様を貴族にしたのは他の誰でもなく陛下ですもの。ベルンハルト様の評判や地位が高くなればなるほど、陛下の影響力も大きくなりますわ」
「……さすがだな、ドロシー。俺にはそんなこと、分からなかった」
目を細めたベルンハルトが、そっとドロシーの手のひらを撫でる。その甘い仕草に、ドロシーの胸は一瞬で高鳴った。
「そんな……! わたくしだって、そのことに気づいたのは決闘の後でしたもの」
「俺はドロシーの話を聞くまで気づきもしなかった。さすがだ」
「ベルンハルト様……」
ベルンハルトがぎゅっとドロシーの手を握った。いつもは壊れ物を扱うようにそっと握るのに、今日は力が強い。
「あいつに、ここを握られていたな。それから……」
ベルンハルトは反対の手をドロシーの腰に回した。ぐいっ、と引き寄せられ、至近距離で見つめ合う。
ああ、本当に、わたくしの旦那様ってめちゃくちゃ顔が格好いいわ……!
「他に触られたところはないか?」
「……旦那様。もっとたくさん触って、確かめてほしいですわ」
手を伸ばし、そっとベルンハルトの頬に触れる。
「わたくしのこと、ちゃんと消毒してほしいの」
ねえ、と甘えた声を出したドロシーが、ベルンハルトの手を胸元へ誘おうとした、その瞬間。
「いい加減にして、姉さん!」
ものすごい勢いで、頭を叩かれた。
振り向くと、顔を赤くしたヨーゼフと、呆れ顔でこちらを睨みつけている父と目が合う。
「……あ」
まずい。完全に、二人きりの世界に入ってしまってたわ……。
「も、申し訳ありません」
慌ててベルンハルトが頭を下げたため、ドロシーもそれに倣う。
「全部わたくしの責任よ。ごめんなさい。淑女としての慎みにかけていたわ。この続きは後でゆっくりじっくり、二人の寝室でするから……」
「だーかーら! そういうやりとりも、ここでしないでくれる!?」
狭い馬車の中に、ヨーゼフの絶叫が響き渡る。
ごめんなさい、と頭を下げながら、ドロシーはベルンハルトの指に自分の指を絡めたのだった。




