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第76話(ベルンハルト視点)俺の妻に手を出すのなら

「本当にもう、ベルンハルト殿は何を考えてるわけ!?」


 腰に手を当て、ヨーゼフが呆れと怒りを足して混ぜたような表情で怒鳴る。

 無理もないことだ。あの場でヨーゼフが上手く陛下に話をつけてくれなければ、不興を買っていた可能性もあるのだから。


 あの後、決闘の準備を、ということでベルンハルトたちは別室に案内された。

 今頃エドウィンも、別室で決闘の準備をしていることだろう。


「申し訳ありません、ですが……」


 ちら、と横目でドロシーを見る。美しく着飾った妻は、相変わらず精霊のように愛らしい。

 広間で最も輝いていたのだから、周りの目を集めてしまうのも仕方がないことだ。

 ……だが。


「あの男を、あのままにはしておけなかった」


 みんなの前で派手に婚約破棄をしておいて、今さら何のつもりなのか。

 しかもドロシーは今、ベルンハルトの妻なのだ。本来、二人で話すことすら許されないはずである。


 あの男があんな態度をとった理由は、ただ一つ。


 あいつが俺を軽んじているからだ。あのクソ野郎が……!


 ぎゅ、と拳を握り締める。ドロシーの前では穏やかでいたいと思っても、あの男を思い出すと冷静さを失いそうになる。


 平民出身という身分のせいで、貴族連中から馬鹿にされることも軽んじられることもよくある。

 いちいち怒っていてはきりがないし、貴族社会の中でやっていけない。


 だが、あの男だけは許せない。


「ドロシー、すまない。俺はどうしてもあいつが許せなかったんだ。他のことなら、俺も我慢できた。だが……」


 ドロシーだって、あの男と二人きりになるのは嫌だったはずだ。それを我慢してくれていたのに、俺が台無しにしてしまった。


 悪い、とベルンハルトがドロシーに頭を下げようとした瞬間、待ってくださいませ! とドロシーの明るい……いや、甘い声が部屋中に響いた。


「わたくしは今、とーっても嬉しいですわ! 旦那様が、わたくしのことをそんなに思ってくれて……!」


 小さな手で、ドロシーがぎゅっとベルンハルトの手を掴む。

 上目遣いで見つめてくる様子は、愛くるしい天使のようにしか見えない。


「ベルンハルト様。わたくし、全力でベルンハルト様を応援いたしますわ。必ず勝ってくださいませ……!」


 潤んだ瞳と真剣な眼差し。今までの人生の中で、これほど真摯に応援されたことがあっただろうか。


「ああ。必ず勝つ」

「絶対、ベルンハルト様なら勝てますわ!」


 力強くドロシーが頷いた後、傍に控えていたデトルフが自信満々な表情で頷いた。


「安心してください、奥方様。ベルンハルトなら、眠っていたってあんな男には負けませんよ」

「ですわよね……!」


 そうです! と盛り上がる二人を横目に、どんな風に戦うかを思案する。

 あんな奴、どうとでも倒せる。

 だからこそ、倒し方に悩んでしまうのだ。


「ベルンハルト殿」


 ヨーゼフに名を呼ばれ、すぐに視線を向ける。間違いなくベルンハルトは今日、ヨーゼフに助けられた。


 本当に感謝しなくてはな。


「とにかく派手に勝ってほしいんだ」

「……派手に?」

「うん。きっと陛下は、それを望んでるだろうから」


 そうなのだろうか。俺には、陛下の考えなんて分からない。

 まあ、ヨーゼフ殿が言うならそうなんだろう。


「分かりました。とにかく、派手に勝ちます」





 決闘の場所に選ばれたのは、広間の先にある中庭だった。ここなら、広間の中からも戦いを見ることができる。

 だが、ほとんどの者は広間から出て、グラスを片手に中庭へきていた。


 審判役として選ばれたのは、近衛兵の一人だ。国王は、その横に設けられた椅子に座っている。


 いよいよだな。


 軽く深呼吸し、慣れない剣を握る。決闘用に渡された剣だ。

 ベルンハルトとしては使い慣れたいつもの剣を使いたかったのだが、頑なにエドウィンに拒否されたのである。


 魔法武具を使われては困る、と。


 その抵抗はもっともなもので、魔法武具に通常の剣で対抗できるはずがない。


 まあ、魔法武具のおかげで勝てた、なんて言われても鬱陶しいからな。


 慣れない剣であろうと、特に問題はない。エドウィンも同じ条件なのだ。同条件であんな奴に負けるなんて、デトルフが言っていた通り眠っていてもあり得ないことである。


「ベルンハルト様! 勝ってくださいませー!」


 可憐なドロシーが、必死に自分を応援してくれている。それだけで、いつもの何倍も力がみなぎるのを感じた。


「両者、構えてください」


 審判の指示に従い、エドウィンと向き合って剣を構える。

 構えを見れば、ある程度相手の力量は分かるものだ。


 さすがは大貴族の息子。しっかりとした型だ。

 ただし、見栄えだけを意識したもので、実戦経験がないのは丸分かりである。


「始め!」


 審判が叫んだ瞬間、いきなり間合いを詰める。踏み込んでくればいいものを、エドウィンはとっさに後ろへ下がった。

 もちろん、隙だらけの姿勢で。


 実践なら、ここで首を突いて一発だが……。


 さすがに、相手の命を奪うことはできない。

 そしてヨーゼフから、派手に勝て、と指令を受けている。


 この場合、おそらく最も派手な勝ち方は……。


 エドウィンの剣に、自身の剣を思いきりぶつける。鋭い金属音が響いた次の瞬間、エドウィンの剣は呆気なく飛んでいってしまった。

 それと同時に、あまりの衝撃に耐えられなくなったエドウィンが、情けない格好で尻もちをつく。


 斬り合いを続けたところで、観客の大半は二人の技量を冷静に分析できるほど剣術に詳しくはないだろう。

 だとすれば、一瞬でけりをつけるのがいいはずだ。


「実戦なら、今すぐ貴方の命を奪うこともできます」


 剣先をエドウィンの首へ向ける。ひっ、と情けない声を出したエドウィンは、今にも泣きそうな顔でベルンハルトを見つめた。


「俺の妻に手を出すのなら、死ぬ覚悟でお願いします。……もし次回があれば、その首をカラスの餌にでもしてあげましょうか」


 涙目で睨みつけられたところで、全く怖くない。もう少しきつい言葉をかけてやろうか、と思ったところで、そこまで! と国王が声を上げた。


「此度の決闘、勝者はベルンハルトだ」


 耳を塞ぎたくなるほど騒がしい拍手が響き渡った瞬間、勢いよくドロシーが抱き着いてきた。

 そして、世界一可愛い顔で笑う。


「ベルンハルト様、おめでとうございますわ!」

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