第75話 陛下への頼み
「決闘、だと……?」
エドウィンは口をぽかんと開けて、数秒の間黙り込んでいた。
その間、ベルンハルトは表情一つ変えずにエドウィンを睨み続けている。
「お前、誰に何を言っているのか、分かっているのか?」
エドウィンに睨み返されても、ベルンハルトは身動き一つしない。はい、と怒りのこもった声で頷いた。
「貴方のおっしゃる通り、俺は平民上がりの男です。ですが今は陛下に爵位を与えられ、貴族として生きています。貴族同士、決闘を申し込むのはおかしなことではないでしょう」
「……ちっ」
ベルンハルト様が言っていることは、全く間違ってないわ。
あくまでも規則上は、だけれど……。
貴族同士の揉め事は基本的に禁止されており、揉めた際は『決闘』を行うことができる。
どちらか一方が決闘を申し込み、相手が了承し、見届け役となる協力者を選出する。それが決闘の基本的なルールだ。
でもわたくし、決闘なんて、生まれてから一度も見たことがないわよ!? っていうか、聞いたこともないわ!
貴族同士での揉め事は、当たり前だがメリットがない。身分が上の相手には逆らわないようにするのが普通だ。
「いかがでしょう。エドウィン殿は、俺と決闘をするのは嫌でしょうか」
バルコニーの扉が開いているせいで、広間に集まっていたほとんど全員が話を聞いている。
青ざめている者もいれば、煽るように野次を飛ばしている者もいる。
傍から見る分には、きっと面白いんだわ。
「……ベルンハルト様」
小声でそっと名前を呼ぶ。ドロシーを見つめるベルンハルトの表情は柔らかいが、口を挟むな、と顔にでかでかと書いてあった。
「貴様……」
エドウィンがなにか言いかけた瞬間、騒がしかった広間が一瞬で静まり返った。
何事かと慌てて視線を広間へ向ける。どうやらたった今、国王陛下が入場してきたらしい。
このまま、ここで争いを続けるのはまずいわ!
「ベルンハルト様!」
名前を呼び、慌てて腕を引く。ベルンハルトもエドウィンもこれ以上続けてはいられないと判断したのか、重い足取りで広間へ歩き出した。
◆
「なにやら賑やかな声が聞こえたが、何の騒ぎだったんだ?」
広間に入ってきた国王の問いかけに、すぐに答えられる者はいない。とはいえ問いかけを無視するわけにもいかず、しびしぶ……といった体で、初老の男が前に進み出た。
「お騒がせして申し訳ありません。少々、揉め事があったようで……」
「揉め事だと?」
国王があからさまに顔を顰める。自ら主催しためでたい場で諍いが起きるなど、不愉快に違いない。
まずいわね。
陛下を怒らせたらまずいわ。陛下はベルンハルト様に爵位をくださった方。
ということは、ベルンハルト様から爵位をとりあげる権利もある方だもの……!
「なぜ揉めていたんだ」
すっ、と一歩前に出たのはエドウィンだ。陛下に一礼した後、堂々とした口調で話し始める。
「申し訳ございません、陛下。この者が私にいきなり決闘を申し込んできたのです」
「……決闘?」
「はい。彼の奥方であるドロシーと私は旧知の仲でして、久しぶりに話していたところ、彼が嫉妬してしまい……」
なによそれ!
別に旧知の仲でもないし、話していたっていうか、とんでもない提案をしてきてたのよ!?
「それは本当か?」
陛下から視線を向けられ、ベルンハルトは緊張した顔で口を開いた。
「決闘を申し込んだのは事実ですが、理由は、彼が私の妻を口説いていたからです」
エドウィンはものすごい形相でベルンハルトを睨みつけたが、声を荒げることはしない。
さすがに、陛下の前でそんな態度はとれないと理解しているのだろう。
今日は国王が、ベルンハルトのためにと開いてくれた宴だ。そんな場で揉め事を起こすなんて、理由はなんであれ、怒られてもおかしくない。
どうするのが正解かしら……? わたくし、なにか言うべきなの?
あ、あの、とドロシーが口を開きかけた時、陛下の前に進み出た者がいた。ヨーゼフである。
「陛下。我が義兄に代わって、私にも謝罪をさせてください。申し訳ございません」
ヨーゼフは深く頭を下げて謝罪すると、ですが……と話を続けた。
「これも姉を思ってのことだと思うと、弟としてはベルンハルト殿を咎めることもできず……そこで折り入って、陛下に頼みがあるのです」
「頼み?」
ヨーゼフ、いったい何を言い出すつもりなのかしら。
っていうかヨーゼフ、大丈夫なの? ヨーゼフまで陛下の不興を買うようなことがあったら大変なのに……!!
「今回の宴は、ベルンハルト殿のために陛下が開催してくださったもの。私も含め、魔法騎士としての彼の力を見たい者は大勢いることでしょう」
ヨーゼフの言葉に、陛下も頷いた。
おかしなことを言っているわけではないのだが、姉としてはどうしてもそわそわしてしまう。
「そこで、どうでしょうか。余興として、二人の決闘を見るというのは」
「……ほう」
陛下は顎に手をあて、しばらくの間、考え込むような顔をした。
余興として、剣での試合を見るというのは珍しい話ではない。
仲間内での宴では、力自慢の部下を戦わせ、その勝敗に賭けることを楽しむ者たちもいる。
でも、それが決闘を兼ねるなんて聞いたことないわ!
「悪くない提案だ」
おおっ、とざわめきが広がる。そして陛下は楽しげな笑みを浮かべ、高らかに宣言した。
「余興として、二人の決闘を認めよう。そして見届け役は、予が務めようではないか」
広間が割れるほどの歓声が響き渡り、それと同時に、エドウィンが絶望しきった表情を浮かべたのだった。




