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第71話 妻が嫌がるので

「お久しぶりですわね、ドロシー様」


 にやにやと笑いながら、カロリーネが近寄ってくる。薄紫色のドレスは彼女によく似合っていて、周囲の視線を集めていた。


 確かに、カロリーネは美人だ。

 しかも、ただ美しいだけじゃない。彼女は胸が大きいのである。


「最近はちっとも社交界に顔を出してくれないんだもの。わたくしのせいじゃないかって、ずっと気にしていましたのよ」


 白々しいことを言って、カロリーネは申し訳なさそうな表情を浮かべた。ただの演技だとは分かっているけれど、それを指摘することもできない。


 わたくしは王都を離れて、ベルンハルト様の領地で楽しく過ごしてたわ。

 その間、カロリーネはわたくしの悪口を社交界で言って回っていたのよね。


 とはいえ、ほとんどの人間はカロリーネ自身を信じているわけではなく、エドウィンに愛されている彼女に逆らえないだけだろう。

 要するにカロリーネ本人には何の力もないわけだ。


「貴女のことは全く関係ないわ。夫の領地にいただけよ。貴女は学園を卒業してから、なにをしていたの? まだ、結婚の知らせは聞かないけれど」


 微笑みながらドロシーが言えば、カロリーネはわずかに顔を歪ませた。


 ベルンハルト様の前で可愛くないことは言いたくないけど、仕方ないわ。わたくしだってもう、言われっぱなしの小娘じゃないのよ!


 学園で過ごしていた頃は、カロリーネをはじめとする、派手な女子たちに言い返すのは苦手だった。

 侯爵家の娘だから偉そうにしている、なんて噂されるのも嫌だったし、自分一人が耐えていればよかったから。


 でも、今は違うわ。わたくしはここにベルンハルト様の妻として立っているの。だからこそ、情けない姿は見せられない。


「同級生は次々に結婚しているようだけど、貴女はいつ頃の予定なの? 祝いの品くらい贈るから、時期が決まったら教えてほしいわ」


 にっこりと笑って言ってやれば、カロリーネはあからさまに顔を顰めた。それでも周囲の目を気にし、すぐに作り物の笑みを浮かべる。


「ありがとうございますわ、ドロシー様。お心遣い、感謝いたします」


 頭を下げたカロリーネがどんな顔をしているか見てみたいくらいだ。本来ドロシーに対して、カロリーネは強く出られるような身分ではない。

 エドウィンと結婚すれば話は別だが、二人はまだただの婚約者である。


 二人の結婚は、二人が勝手に決めた物。家同士が決めたものじゃないわ。

 イステル男爵家は必死に結婚させようとしているでしょうけれど、ケルステン侯爵家に結婚のメリットはないもの。


「……それよりドロシー様はどうですの? 慣れた王都を離れるのは心細かったでしょう?」


 その問いを待っていた、とばかりにドロシーは微笑み、隣に立っているベルンハルトの腕に手を回した。


「ええ。でも旦那様のおかげで、毎日楽しいわ。領地の経営も順調よ。今日はわたくしの旦那様のために、お祝いにきてくれてありがとう」


 今日のパーティーは、ベルンハルトの任務達成を祝うためのものである。

 内心カロリーネがどう思っていたとしても、ドロシーの言葉を否定することはできない。


「……いえ、当然ですわ。そうだ。せっかくですから、わたくしのことをベルンハルト殿にも紹介していただけないかしら?」


 カロリーネはそう言うと、ベルンハルトに一歩近づいた。妖艶な笑みを浮かべつつ、白い手をベルンハルトに差し出す。


「噂はよく聞いていますわ。国のために危険な仕事をなさるなんて、本当に立派な方ね。それに、たくましいお方……」


 うっとりとした表情を作り、カロリーネは甘えるような上目遣いでベルンハルトを見上げた。

 ドロシーを挑発するためだと分かっていても、やはりむかついてしまう。


 しかも、わざわざ胸元を強調するようなポーズをとってるんだもの!

 もしかして、ベルンハルト様が巨乳好きって噂を知っているのかしら!?


 とはいえ淑女として、二人の握手を邪魔することはできない。そんなことをすれば余裕がないと暴露するようなものだ。


 ああでも、やっぱり嫌だわ! 握手だろうがなんだろうが、ベルンハルト様に他の女が触るなんて!


 ドロシーが微笑みを浮かべながら内心で騒ぎまくっていると、ベルンハルトがカロリーネに軽く頭を下げた。


「申し訳ないですが、握手は控えさせてもらいます。妻が嫌がるので」


 ベルンハルトは真顔で言うと、ドロシーの手をぎゅっと握った。


「喉が渇いただろう。水をもらいにいくか? それに顔色もよくない。大丈夫か?」

「ベルンハルト様……」


 ベルンハルトの言動は、貴族として褒められたものではない。

 しかし、妻として喜んでしまうのは仕方がないことだ。


 それに、わたくしが嫌がってるって気づいてくれたの!? 好き……ううん、大好きだわ。

 本当は今すぐこんな会場抜け出して、二人きりになりたい。そして今すぐ抱いてほしいわ。


「行こう、ドロシー」

「ええ」


 ぎゅ、とベルンハルトの手を握り返し、カロリーネに一瞬だけ視線を向ける。

 まさか自分が男性から握手を拒まれるとは思っていなかったのだろう。カロリーネは呆然とした顔をしていた。


「じゃあ、失礼するわね、カロリーネ」

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