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第70話 いざ、舞踏会の会場へ

 ベルガー侯爵家所有の中でも最も派手な馬車に乗り込み、一行は王宮へ出発した。舞踏会自体は夕方からの開催だが、開場時間はそれよりもずっと前だ。

 舞踏会が開催される広間への入場順は、暗黙のルールで決められている。身分順だ。


 最初に入場するのは、爵位を持たない商人や武人。次いで、位の低い貴族。そして最後に入場するのが、国王陛下である。


 わたくしは今まで最後の方にしか入場したことがないけど、今回は違うわ。

 今のわたくしはベルガー侯爵家令嬢ではなく、シュルツ子爵家夫人だもの。


「馬鹿みたいな風習だよね。結局僕たちは一緒に行くわけで、僕と父さんは馬車で長時間待たなきゃいけないんだし」


 窓の外を眺めながら、ヨーゼフが溜息を吐く。

 違う馬車で行こう、とドロシーは提案したのだが、ヨーゼフが頑なに拒んだのである。


 ドロシー達を最も豪華な馬車に乗せるためであり、ベルンハルトとベルガー侯爵の関係が良好であることを示すためだ。


「っていうか、今回の宴はベルンハルト殿が主役なんだし、入場順にだって配慮があってもよくない!?」


 ヨーゼフが立ち上がった拍子に馬車が揺れた。父親に窘められたヨーゼフが不満そうな顔をしながらも席に座りなおす。


 ヨーゼフもいつの間にか、ベルンハルト様のことが大好きになってるのね。


 ヨーゼフは身分で人を見下すような人間ではない。しかし上流貴族に生まれた人間としての意識は、ドロシーよりもずっと強いはずだ。

 以前は舞踏会でも、限られた一部の者としか話すことがなかった。


 わたくしとベルンハルト様の結婚は、ヨーゼフにだっていい影響を与えているんだわ!


「それと、姉さんもベルンハルト殿も、なにか嫌なことされたらすぐに僕か父さんに言うこと? いい? 二人を侮辱することは、ベルガー侯爵家を侮辱することと等しいからね」


 ふんっ、と鼻を鳴らしたヨーゼフが足を組む。

 弟の可愛らしい姿に、つい、姉として嬉しくなってしまう。


「ありがとう、ヨーゼフ。でも大丈夫じゃないかしら? 今日はベルンハルト様の功績を陛下が褒めてくださるの。そんな日に、ベルンハルト様を馬鹿にする人なんて滅多にいないと思うわ」


 ベルンハルトを始め、武人上がりの貴族を見下す連中は多い。

 だが、有事の際に彼らに助けてもらわなければならないことも、多くの貴族たちが分かっているはずだ。

 災害や戦争の際、貴族たちを守ってくれるのは魔法騎士たちなのだから。


「それより、格好良すぎるベルンハルト様にみんなが惚れてしまうことが心配だわ」


 今日のベルンハルトは、北方で買ってきた豪華な衣服を身に纏っている。


「ベルンハルト様はどんな服を着ても着ていなくても格好いいけれど、今日はさらに素敵だもの!」


 着ていなくても、のところで顔を顰めたのはベルガー侯爵である。実のどころドロシーはまだベルンハルトの裸体など見たことがないのだが、ベルガー侯爵はそんなことは知らない。


「それより俺は、ドロシーの方が心配だ」

「わたくし?」

「ああ。王都ではまだ、ドロシーが婚約破棄されたのは遠い昔のことではないんだろう? 今日の美しいドロシーを見れば、全ての男がドロシーに結婚を申し込むかもしれない」


 ヨーゼフは呆れかえった顔をしているものの、ベルンハルトの眼差しは真剣そのものだ。


「旦那様……! わたくしはもうとっくに、旦那様だけのものですわ!」


 勢いよくベルンハルトに抱き着こうとしたドロシーを止めたのは、ベルガー侯爵だった。溜息を吐いて、娘を軽く睨みつける。


「くれぐれも、淑女としてのたしなみを忘れないように。いいね?」

「はい、お父様!」





 ベルンハルトと二人で馬車を下り、後続の馬車に乗っていたデトルフと合流する。デトルフも今日はいつもの騎士団服ではなく、パーティー用の正装に身を包んでいた。

 ベルガー侯爵家のメイドが髪を整え、軽くメイクをほどこしたデトルフは、どこからどう見ても美しい貴公子だ。


「ドロシー様、ベルンハルト様。今日は頑張りましょうね」


 柔らかく微笑んだデトルフにどこか違和感を抱いていると、ベルンハルトがそれを指摘した。


「お前は普段、様、なんて俺につけないだろう」

「そうだけど。部下に舐められてるみたいで、貴族っぽくないじゃん」


 声をひそめ、デトルフは笑いながら答えた。確かに誰かが聞けば、そう感じてしまうかもしれない。


「僕としてはベルンハルトが舐められるのは絶対、許せないんだよね」


 小声で呟くと、デトルフは腰に帯びた剣にそっと触れた。事前に護衛役として申請している者に限り、宮殿内で武器の所持が認められているのだ。


 デトルフ様って、騎士団の中では物腰も柔らかくて穏やかな方だけど……普通の人と比べたらそりゃあ、血の気は多いのよね。


 妻としてちゃんと、そのあたりのことにも気を配っておかなくては。


 三人は顔を見合わせて頷くと、覚悟を決めたような足どりで、広間へと向かった。





 広間へ入ってから、数分後。

 誰一人として、ドロシーたちに声をかけてきた者はいない。


 関わりたくない……というのが、正直な意見なのかもしれないわね。


 ドロシーがそんな風に考えていると、赤いドレスを纏った女が広間へ入ってきた。身体のラインに沿うように作られたドレスは煽情的で、情熱的な赤毛は彼女の美貌を際立たせている。


 カロリーネだ。


 ドロシーの元婚約者であるエドウィンを奪い、その上、ドロシーがいじめっ子だと噂を流した張本人。

 カロリーネはドロシーを見つめ、にやっと口角を上げて笑った。

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