第69話 舞踏会で最も輝くのは
「踊るベルンハルト様も素敵だわ、今ご飯を食べたら、すごく美味しく感じそう……!」
「姉さん、普通に気持ち悪いよ」
「ヨーゼフ!? 別に変なことは言ってないわよ! ショーを見ながら食事を楽しむこともあるでしょ!?」
ダンスや歌等のショーを見ながら食事や酒を楽しむのは、上流階級においてはごく一般的なことだ。
そのため、ドロシーがベルンハルトのダンスレッスンを見て先程のような発言をしてもおかしくはないはずである。
にも関わらず、ドロシーを見つめるヨーゼフの眼差しは冷ややかだ。
現在ベルンハルトは、ヨーゼフが依頼したダンス講師にダンスレッスンを受けている真っ最中である。
練習開始からかなり時間が経っているというのに、ベルンハルトは一度も休憩を挟んでいない。さすがの体力だ。
「動き自体はどんどんよくなってるけど……ベルンハルト殿、あんまりリズム感はよくなさそうだね」
「……そうなのよね」
講師から教えられた動きを、ベルンハルトは基本的に難なく習得している。だが、リズムに合わせて踊る、という点が難しいようだ。
でも、仕方ないわ。
一般的な貴族と違って、ベルンハルト様は幼い頃から楽器や音楽に慣れ親しんでいるわけではないもの。
ベルンハルトには、貴族としての教養が欠如している。平民出身であれば仕方のないことだ。だが、それを悪く言ってくる連中もいるだろう。
そこを大貴族出身の妻であるわたくしが補えば、最強の夫婦よね。うん、やっぱりわたくしたちって、相性が最高だわ。
うんうん、とドロシーが一人で頷いていると、ドロシー様! とダンス講師に呼ばれた。
小さい頃からよく侯爵家に出入りしている初老の講師は、ドロシーにとっても顔見知りだ。
「なにかしら?」
「基本的なレッスンは終わりました。そろそろ、お二人で合わせる練習に入るのがよいかと」
「分かったわ」
ダンスは一人ではなく、二人で踊るもの。ベルンハルトにリズム感がなかったとしても、ドロシーがちゃんと誘導してやれば問題ない。
ここは妻としての見せどころよ、ドロシー!
◆
「だ、旦那様、わたくし一度休憩を……」
「ドロシー! すまない。無茶をさせたか?」
慌ててダンスを止め、ベルンハルトは跪いてドロシーの顔を見上げた。
「いえ。ただわたくし、ちょっと気分が……」
ベルンハルトの肩に手を置き、何度か深呼吸をする。ヨーゼフが持ってきてくれた水を一気に飲むと、少し気分がよくなった。
ベルンハルト様のダンスって、力強すぎるわ……!
ターンもステップも、ありとあらゆる動作が力強すぎる。ベルンハルトの動きについていこうとすると、ドロシーまでリズムが崩されてしまうのだ。
おまけに身長差のせいで、腕と首がつりそうである。
「悪い。俺のダンスが下手なせいで……」
「違いますわ! 旦那様がヨーゼフと違って、とっても背が高いからわたくしが不慣れなだけで!」
今まではダンスといえば、主にヨーゼフと踊っていた。未婚の男女は自由に好きな相手と踊れるのだが、ドロシーもヨーゼフも、積極的に相手を見つけていなかったからだ。
ヨーゼフに誘ってほしいって子は多いけど、ヨーゼフにその気がないのよね。
ちょっと親しくしただけで、未来の婚約者だ……なんて噂が流れちゃうんだもの。
「姉さん。今だいぶ、僕に対して失礼な発言があったようだけど」
ドロシーを軽く睨みつけた後、ヨーゼフは溜息を吐いた。
「このままじゃまずいね。ダンスが下手だと、どうしても馬鹿にされてしまうから」
「ヨーゼフ殿」
ベルンハルトが真剣な顔でヨーゼフを見つめた。
「本番まではまだ時間があります。毎日徹夜してでも、俺はダンスを仕上げる覚悟です」
「……毎日、徹夜?」
ヨーゼフの顔がわずかに引きつる。ダンスレッスンをしろと主張したのはヨーゼフだが、まさかベルンハルトがここまでのやる気を発揮するとは予想していなかったのだろう。
「ドロシー。大変かもしれないが、一緒に練習してくれないか。ドロシーに舞踏会で恥をかかせたくない」
ぎゅっと手を握られ、金色の瞳で見つめられる。そんな目で見られて、ドロシーが首を横に振れるわけがない。
正直もう体力の限界だし、きつい練習より、舞踏会でちょっとダンスを失敗する方がわたくしは気が楽なのだけれど……。
「頼む」
こんなに愛おしい旦那様のお願いを、断れるはずがないわ!
「もちろんです、旦那様!」
それに、膨大な体力で問題を解決しようとする男らしいところが、とっても素敵なんだもの……!
◆
「よし。なんとか、見れるダンスになったね」
さすがに飲まず食わず……というわけにはいかなかったが、休憩時間を極限まで削った末、二人のダンスレッスンは無事終わった。
ちなみに、納得したように頷いているヨーゼフがレッスンを見学していたのは最初だけで、大部分の時間を自室でゆっくりと過ごした。
「舞踏会は今日の夜。舞踏会で最も輝くのは、姉さんたちだよ!」
ヨーゼフの宣言の後、ドロシーとベルンハルトが拳を高く掲げる。
そして三人は気づいていないが……こっそりと部屋を覗き込んでいたベルガー侯爵が、心配そうな顔でそっと息を吐いたのだった。




