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第67話 久しぶりの王都

「道中、気をつけてくださいね」


 屋敷の前でドロシーたちを見送るアデルの瞳には、薄っすらと涙の膜がはられている。そんなアデルを見ていると、なんだかドロシーまで泣きそうになってしまう。


「アデルさん……!」


 ぎゅ、とアデルの手を掴む。考えてみればシュルツ子爵家に嫁いできてから、最も長い時間を共にしてきたのはアデルかもしれない。

 そんなアデルと別れるのは、やはり寂しい。


「奥方様のお帰りをお待ちしております」

「必ず戻るわ……!」


 ぎゅ、と抱き締め合った二人に溜息を吐いたのはヨーゼフである。

 ヨーゼフもパーティーに招待されており、同じタイミングで王都へ向かうことにしたのだ。


「二人とも。なに一生の別れみたいな抱擁してるの。王都に行くの、一週間もないでしょ」


 今回王都へ行くのは、パーティーに参加するのが目的だ。

 ついでにベルガー侯爵家にも立ち寄るが、移動を含めたって、一週間以下の旅である。


「それに、この面子で道中の心配なんて不要だってば。ねえ、ベルンハルト殿?」

「ええ。ご安心ください」


 ベルンハルトは胸を張って頷いた。今回王都への旅路に同行する騎士団のメンバーは、デトルフを除きいかつい男ばかりなのである。


 街中の護衛時は、見た目が強そうな人たちがいた方がいいと言っていたけれど、やり過ぎなくらいだわ。


 見送りに集まってくれた人々に手を振って、ヨーゼフと共に馬車に乗り込む。ベルンハルトは相変わらず、馬車ではなく馬に乗るらしい。


 二人を乗せて、馬車はゆっくりと進みだした。


「姉さん、王都へ帰るのは久しぶりじゃない?」

「ええ、そうね。パーティーも久しぶりだわ」

「……どう? 怖い? 一応姉さんは、婚約破棄された挙句、平民上がりの野蛮な下級貴族と結婚させられた、ってことになってるわけだけど」


 聞くまでもなく、ヨーゼフは問いの答えを知っているのだろう。

 その証拠に、ドロシーを見つめながら笑っている。


「わたくしが怖いのは、ベルンハルト様の魅力がバレ過ぎてしまうことだけよ」


 今さらエドウィンになにを言われても、周りから馬鹿にされても、悔しくなんてない。そもそもエドウィンのことなんて好きじゃなかったから。


「エドウィンのことは気にならない?」

「ならないわね。どうでもいいもの」


 ドロシーがあっさりと断言すると、ヨーゼフは声を上げて笑った。


「僕も別に、詳しいわけじゃないけど教えてあげる。カロリーネとはまた続いているみたいだよ」

「そうなの?」

「うん。カロリーネは相変わらず、姉さんにいじめられてたってみんなに言って回ってる。姉さんがそんなことするわけないのにさ」


 吐き捨てるように言ったヨーゼフの顔には怒りが滲んでいる。ドロシーと違って、まだ二人への苛立ちを忘れていないのだろう。


「ねえ、姉さん。今度のパーティー、僕としては、盛大にあいつらに恥をかかせてやらなきゃ気が済まないんだよね」

「……ヨーゼフ」


 ドロシーと異なり、ヨーゼフは今も王都で暮らし、次期侯爵家当主として生活している。

 当然、エドウィンやその取り巻きに接する機会も多いだろう。


 わたくしのことで、ヨーゼフまで肩身が狭い思いをしているのかもしれないわ。


「それに僕は、姉さんがあの女をいじめた悪女だ、なんて噂が流れていること自体が気に入らない」


 そう言うと、ヨーゼフは少し照れくさそうに顔を背けた。


「姉さんは馬鹿だけど、他人をいじめたりするような人じゃない。一度でも姉さんと話したことがあれば、本当はみんな分かっているだろうに」


 ぶつぶつと文句を言い続けるヨーゼフの背中をそっと撫でてやる。

 子ども扱いしないでよ、なんて言うけれど、逃げようとはしない。


 そうよね。今はわたくしたち、二人きりだもの。


 パーティーが終われば、ヨーゼフはそのまま王都に残る。改めて弟との別れを意識すると、どうしても寂しくなってしまうのだった。





「着きましたよ」


 ベルンハルトがゆっくりと馬車の扉を開け、手を取ってくれる。馬車から下りると、久しぶりの王都が広がっていた。

 人の数も店の数も、熱気も、なにもかもがシュルツ子爵家領とは違う。少し前までここで暮らしていたのが、今は遠い昔のことのようだ。


「ドロシー? 大丈夫か?」


 黙り込んでしまったドロシーを不思議に思ったのか、ベルンハルトが顔を覗き込んでくる。


「いえ、ちょっとぼーっとしただけですわ」


 王都を出た時、これほどベルンハルトを愛しく思うようになるとは思っていなかった。領民たちのために必死になることは、想像すらできなかった。


 もしあのままエドウィンと結婚していたら、一生知らないままだっただろう。


「わたくしは本当に、ベルンハルト様と結婚できて幸せだわ!」


 いきなりの言葉に驚きつつも、俺もだ、とベルンハルトがぎこちなく頷く。


「ドロシーと結婚できて、本当によかった」


 熱い瞳に見つめられ、熱に浮かされて手を伸ばす。そんなドロシーをベルンハルトが強く抱き締めた瞬間、呆れたヨーゼフが溜息を吐いた。


「二人とも。父さんが迎えにきてるから、そういうのは後にしてくれない?」



☆第二部 完☆

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