第66話 妻にしかできないこと
「それで結局、二人揃って必要以上に着飾ってパーティーに出席することになった、と……」
はあ、とマンフレートがわざとらしい溜息を吐く。
「事情は分かりましたよ。別に、それに関して否定はしません。それに関しては、ですけれど」
今朝、ベルンハルトが訓練へ出発すると、すぐにマンフレートから呼び出された。
そして見せられたのは、ドロシーの土産を買うためにかかった金額をまとめた資料である。
ドロシーの予想通り、ベルンハルトは大金をはたいてドロシーへの土産を買ってくれていたのだ。
娯楽費として仕方ない、と言いつつも、マンフレートの顔は引きつっていた。
「今回のパーティーは、ベルンハルト様が主役と聞いています。そのパーティーに着ていく服や装飾品にかけるお金に関しても、仕方がないとは思いますよ」
「マンフレートさん……!」
「私としても、二人が舐められるのをいいことだとは思いませんから」
貴族社会において、舐められる、というのはかなり体裁が悪いことだ。そのために皆、着飾って舞踏会へ参加するのである。
「ただ今後、ベルンハルト様の金遣いはどうにかしてくださいね。それができるのは、妻である奥方様だけなんですから」
妻である、わたくしだけ……!
そうよね。ベルンハルト様はそもそも、わたくしのためを思ってお土産を買ってくれたんだもの。
「それと、奥方様。奥方様は気づいていなさそうなので、一つだけ言わせてください」
「なにかしら?」
「舐められたら負け、というのは、なにも貴族社会だけではありません」
そう言うと、マンフレートはドロシーを見て柔らかい笑みを浮かべた。マンフレートらしからぬ表情に、一瞬だけ戸惑ってしまう。
「私たちのような成り上がり者も、舐められれば負ける世界で生きてきたんです。平民上がりの魔法騎士に対する目は、奥方様が想像するよりもずっと苛烈でしたから」
だからまあ、なんというか……とマンフレートが少々バツが悪そうに呟く。
「ベルンハルト様は結構、負けず嫌いな男なんです。そのあたりは、受け入れてあげてください」
「ベルンハルト様が……」
ベルンハルトが周りの目を気にすることに対し、ドロシーはほんの少しもやもやしてしまっていた。
でもそれは、ベルンハルトの生き方も関係していたことなのだ。
生まれながらに大貴族として丁重に扱われてきたドロシーとは違う。どうしてそんなに簡単なことを、マンフレートから指摘されるまで気づけなかったのだろう。
「留守中、領地のことは私に任せてください。その代わり、ベルンハルト様の素晴らしさを、程々に宣伝してきてくださいね」
「もちろんよ!」
胸を張って答える。ドロシーの得意げな表情を見て、マンフレートも満足そうに頷いた。
◆
「ドロシー、今度のパーティーだが、連れて行きたい奴はいるか?」
夕食後、寝室で二人きりの時間を楽しんでいると、剣を磨きながらベルンハルトが問うてきた。
大事な魔法武具である剣は部下に任せず、いつも自分自身の手で磨いているのだ。
「連れて行きたい人?」
「ああ。王都へ行って戻ってくるだけだが、二人で行くわけにもいかない。当然誰かを連れて行くことになるだろう?」
確かに、道中は魔物が出てくる可能性がある道もあるし、王都で過ごす間の護衛も必要だ。
「マンフレートは留守に備えておいていくが、アデルはどうする? 旅の間、ドロシーの護衛は俺の仕事だからな」
アデルがいつも傍にいてくれるのは、ドロシーの護衛としてだ。
騎士団の訓練や騎士団としての仕事がある以上、ベルンハルトが四六時中ドロシーの傍にいることはできない。
だが王都にいる間、騎士団として動く場面はないだろう。
「わたくしとしては、アデルさんもいてくれたら嬉しいけれど……」
「だったら連れて行けばいい。あいつも嫌がらないだろう」
「……いえ。アデルさんには今回、留守番をしてもらうわ」
「なんでだ?」
ドロシーの意図が分からないのか、ベルンハルトが首を傾げる。
「アデルさんにはこれを機に、マンフレートさんとの距離をもっと縮めてほしいもの」
「……マンフレートとの?」
不可解そうな顔をしたベルンハルトは、どうやらアデルの恋心に気づいていないらしい。
「ええ。だから、今回は二人で留守を守ってもらうわ。だめかしら?」
「別に構わないが。……なら、パーティー会場へ連れて行くのはデトルフでいいか?」
「もちろんですわ!」
パーティーには護衛も兼ねて、使用人を連れて行く貴族も多い。
そして、連れてこられる使用人に共通しているのが、見た目の美しさだ。
衣服や装飾品だけでなく、使用人の容姿すら競い合うための道具にする。馬鹿げた風習だ。
でも、デトルフさんなら、誰にも舐められることはないわね。
デトルフといえば、騎士団きっての男前である。もちろんドロシーからすればベルンハルトが一番なのだが、最も貴族的美貌を兼ね備えているのはデトルフだ。
顔の系統でいえば、エドウィンと同じタイプだろう。
「そろそろ寝るか」
頷いて、当たり前のように同じベッドに入る。
こんなに近いんだから、さっさと手を出してくれたらいいのに。
つい不満に思ってしまうものの、こうして一緒に眠ることができるだけでも、ドロシーにとっては幸せなことだ。
「おやすみ、ドロシー」
甘い声で囁かれ、ぎゅっと抱き締められる。ベルンハルトの厚い胸板に顔をうずめ、ドロシーはそっと目を閉じた。




