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第63話 わたくしって

 さすがに遠征から帰ったばかりの今日は、いつもより訓練時間が短かったらしい。それでもベルンハルトやデトルフからは汗の匂いがする。


「旦那様! おかえりなさいませ!」

「……ただいま」


 きちんとそう返事をしてくれたものの、ベルンハルトは少し機嫌が悪そうだ。

 酔って迷惑をかけた時ですら、そんなことはなかったのに。


「湯を浴びてきます。寂しがっているかと思いましたが、アデルやマンフレートがいるなら安心ですから」


 丁寧に頭を下げ、ベルンハルトが部屋を出ていく。慌てて後を追ったデトルフは、振り返るとベルンハルトを面白がるように笑っていた。


 ベルンハルト様、いったいどうしたのかしら?

 もしかして、嫉妬!?


 ベルンハルトの留守中、アデルやマンフレートと時間を共にすることが多かった。

 特にマンフレートとは、留守中にかなり距離が縮まった。


 わたくしにとって二人は家臣ではあるけれど、年の離れた友人のような気持ちだわ。


「アデルさん、今の、絶対嫉妬よね!?」

「はい。間違いなく嫉妬でしょう。ベルンハルト様って、結構嫉妬深いタイプだったんですね」

「知らなかったの?」

「ええ。こんな態度を見たのは初めてですから。奥方様に対してだけですよ、きっと」

「まあ……!」


 ベルンハルトにとっては、アデルもマンフレートも信頼できる相手のはずだ。だとしても、ドロシーが親しくしていることに嫉妬した。

 その事実が嬉しくて仕方ない。


「ほんっとうにベルンハルト様って、愛おしい方ですわ!」

「これはいい流れがきてますよ、奥方様! 茶菓子でも用意して、ベルンハルト様を待つのはどうでしょう? 二人きりの時間を楽しめるはずです!」

「素敵だわ! 待って、それなら髪型なんかも少し変えた方がいいかしら? 服装もちょっと色っぽくするとか……!」

「そうですね、そういう作戦も……!」


 大盛り上がりの二人の会話を止めたのは、呆れを通り越して怒り気味のヨーゼフである。


「姉さんは、淑女としてもっと慎みを持って! 自分がベルガー侯爵家の娘だってこと、忘れたわけじゃないでしょ!?」


 大声で怒鳴ると、ヨーゼフはマンフレートの手をとった。


「行こう、マンフレートさん。これ以上色ボケした姉さんの相手をしてたら疲れる。落ち着いて僕の部屋でお茶でも飲もう」


 困惑気味のマンフレートを引っ張り、ヨーゼフが部屋を出ていった。

 怒らせてしまったことは申し訳ないと思うものの、その態度には少し嬉しくなってしまう。


「ヨーゼフ、マンフレートさんにすごく懐いているわ」


 ヨーゼフは優秀な子だが、だからこそ同世代を下に見てしまう部分もあり、友人は少ない。

 そんな彼にとって、マンフレートとの出会いはいいものだったのだろう。


「ですね。それにマンフレートさんも、ヨーゼフ様がいらしてから楽しそうです。孤児院では幼い子供たちの面倒を見ていたといいますし、面倒見がいい方なんでしょう」


 うっとりした表情でアデルが呟く。

 にやけた顔で見つめ合った後、二人は作戦会議を再開したのだった。





 湯浴みを終えて部屋に戻ってきたベルンハルトは、ゆったりとした部屋着に着替えていた。

 遠征へ行く前に比べて、小さな傷がいくつも増えている気がする。


「旦那様! お待ちしていましたわ!」


 早く、と笑顔でベルンハルトを手招きする。湯上がりは身体が温まっているだろうとの判断で、冷たい果実水を用意した。

 結い上げていた髪は下ろした。ベッドに連れ込まれた際、邪魔にならないように、といういじらしい配慮である。


「アデルたちは?」

「帰ってもらいました。旦那様と二人きりの時間を楽しみたくて」

「……そうですか」


 照れたように目を逸らし、ベルンハルトは正面の椅子に腰を下ろした。グラスに入っていた果実水を一気に飲み干し、コホン、と軽く咳払いをする。


「ドロシー。……改めて、礼を言わせてください。留守中、ありがとうございました」

「旦那様……!」

「いろいろと話は聞きました。領民のために、マンフレートたちと頑張ってくれたと」

「わたくしは妻として当然のことをしただけですわ」


 仕事で領地を開けた夫に代わり、領地の経営を行う。妻としての義務だ。


「それより、旦那様。いつまでも妻に敬語というのは、不自然ではありませんこと?」


 ドロシーの言葉が予想外だったのか、ベルンハルトが目を丸くする。

 しかしドロシーとしては、ずっと考えていたことだ。


 ドロシー、と呼び名を変えてくれたこのタイミングで、もっと気軽に話ができるようになりたい。


「……ですが」

「わたくし、旦那様ともっと仲良くなりたいの。だめかしら?」


 甘えるようにじっとベルンハルトの目を見つめる。なんやかんや、ドロシーのおねだりはいつも受け入れてくれるのだ。

 今すぐ抱いてほしい、という一番の願いだけは、なかなか叶えてくれないけれど。


「……分かった、ドロシー。土産があるんだ。ドロシーのために用意したから、受けとってくれないか?」

「もちろんですわ!」


 ドロシーが頷くと、ベルンハルトが立ち上がった。おそらく、土産を運んできてもらうのだろう。


 北方のお土産って、なにかしら? その土地ならではの食材とか、お菓子かしら?


 お土産そのものも気になるが、なによりベルンハルトが遠方でもドロシーのことを考え、用意してくれたのだという事実が嬉しい。


 わたくしって、愛されてるわね……!

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