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第62話 二人とも悪い

「とりあえず水、ちゃんと飲んでください」


 ベッドに横たえられ、水がたっぷり入ったグラスを押しつけられる。けれど上手く飲めなくて、水をベッドにこぼしてしまった。


 なんでかしら? 身体がふわふわして……上手く手が動かせないわ。


「……ドロシー」


 呆れたような、それでいて心配したような眼差しを向けられる。

 ベルンハルトを酔わせる作戦だったのに、これでは大失敗だ。


「お水、飲ませてください」


 甘えるように両手を伸ばす。ベルンハルトはしばしの間黙り込んだ後、大量の水を口に含み、そのままドロシーに口づけた。

 口移しで水を飲まされ、少しだけ頭が冷静になる。それでもふわふわとした気持ちは変わらない。


 わたくし、完全に酔っているわね。


 ベルンハルトを酔わせ、初夜に持ち込む。そういう作戦だったのに、自分が酔ってしまうだなんて、愚かとしか言いようがない。


「大丈夫ですか?」


 美しい金色の瞳に見つめられ、心臓が飛び跳ねる。手を伸ばすと、ぎゅ、と強く抱き締められた。


「ゆっくり休んでください。目を覚ますまで、ちゃんと傍にいますから」


 久しぶりの温もりだ。最近はずっと、一人で眠っていたから。

 もっと話したいこともあるし、もっと触れ合っていたい。それなのに瞼が重くて、気づけばドロシーは眠りに落ちていた。





 窓から差し込む陽光と、小鳥の囀りで目を覚ます。ゆっくりと身体を起こすと、おはようございます、とベルンハルトに声をかけられた。


 慌てて立ち上がる。どうやら昨日は酔った挙句、ドレス姿のまま眠ってしまったらしい。


 わたくしったら……!

 それにそれに、ドレスは一切乱れていませんし、昨日もわたくしはベルンハルト様に抱かれていませんわね!?


 せっかくの初夜だ。記憶がないまま終わっていた……という事態は避けたい。とはいえ、絶好のチャンスを逃してしまったことは悔やまれる。


 確かわたくし、アデルさんのおすすめのお酒を飲んで、そのまま……。


 ずきっ、と頭が痛む。完全な二日酔いである。


「ドロシー。身体は大丈夫ですか?」

「旦那様……」

「すぐに湯浴みの手配をしましょう。具合が悪いなら医者も。食欲は?」


 醜態を晒してしまったドロシーに対しても、ベルンハルトはいつも通り優しい。その上、ドロシーに付き添ってくれたせいで、ベルンハルトも着替えすら済ませていない。


 申し訳ないわ、本当に……!





 ベルンハルトの言葉に従い、ドロシーはひとまず湯浴みを済ませた。

 髪を整え、着替えを済ませ、化粧をする間に、それなりの時間が過ぎてしまう。一方ベルンハルトはいつも通り、騎士団の訓練へ向かったとのことだった。


「私のせいです。申し訳ありません、奥方様!」


 ドロシーの部屋に駆け込んできたのは、顔色を悪くしたアデルである。


「私のせいで……奥方様の、酔わせて初夜を決行! 作戦が失敗してしまいました……!」


 深々と頭を下げたアデルの肩をそっと叩く。

 確かにアデルがすすめてくれた酒のせいでドロシーは酔ったが、だからといって、アデルに全責任があるわけではない。


「いいえ。自らの限界をわきまえていなかった、わたくし自身の責任ですわ……」


 酒はあまり飲まないとはいえ、初めて飲んだわけじゃない。にも関わらず、こんな醜態を晒すことになるとは。


「いえ。私が奥方様にすすめてしまったからです。美味しいお酒を飲んで、つい共有したくなってしまって」

「アデルさん……やっぱりアデルさんは悪くないわ。わたくし、その気持ちはとっても嬉しいんだもの」


 立ち上がったドロシーがアデルをそっと抱き締めた、その瞬間。

 ノックもなしに部屋の扉が開き、ずかずかとヨーゼフが入ってきた。


「二人とも悪いよ」


 冷たく言い放ったヨーゼフが、順番に二人の顔を見て溜息を吐く。


「まず姉さん。お酒に弱いのは仕方ないけど、だったら調整するべき。それに酔っ払った後の言動が、とても淑女のものとは思えない」

「……よ、ヨーゼフ……」

「次にアデルさん。姉さんに酒をすすめたのは仕方ないけど、姉さんに迷惑をかけてしまった! って大泣きするのはどうかと思う。マンフレートさんもデトルフさんも困ってたでしょ」


 ちら、とアデルの方を見ると、気まずそうに目を逸らされてしまった。

 どうやらドロシーが運ばれた後、酔ったアデルもあの場でひと暴れしてしまっていたらしい。


「ねえ、マンフレートさん?」


 ヨーゼフが振り向くと、疲れきった顔のマンフレートが部屋に入ってきた。

 今まであまりああいったパーティーの場に顔を出すことはなかったようだが、昨日はマンフレートも参加してくれていたのである。


「……アデルさんはお酒に強い方だと思っていましたので、驚きましたよ」

「そ、それはその……! 昨日は久々に騎士団のみんながいて、調子に乗ってしまって……!」


 しゅんとした顔でアデルが頭を下げる。いたたまれなくなって、ドロシーはアデルの手をぎゅっと握った。


「大丈夫よ、アデルさん。誰にでも失敗はあるわ」

「それを姉さんが言わないの!」


 ヨーゼフに再び怒鳴られてしまう。とはいえ、過去のことはどうにもならない。

 ドロシーがそう言おうとした時、デトルフを従えたベルンハルトが戻ってきた。


 そして、感情の読み取れない顔でぼそっ、と呟く。


「留守の間に、アデルやマンフレートとはずいぶん親しくなられたようですね」

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