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第61話 お酒はほどほどに

「旦那様、これも飲んでくださいませ! お父様に送っていただいた、年代物のワインなの!」


 赤ワインがたっぷりと入ったグラスをベルンハルトに手渡し、にっこりと笑う。既にベルンハルトはかなり酒を飲んでいる。

 しかし、ベルガー侯爵がわざわざ送ってくれたワインだと言えば、ベルンハルトは断れないだろう。


 ドロシーの思惑通り、ベルンハルトはグラスを受け取り、勢いよくワインを飲んだ。


「どうかしら? 美味しいかしら?」

「はい。これほど美味しい酒は一度も飲んだことがありません」


 ドロシーを見つめ、ベルンハルトが微笑む。この控えめな笑みも大好きなのよね、なんて思いながら、メイドを呼んで追加のワインを注いでもらった。


「どんどん飲んでくださいませ! たくさん送ってもらったから、まだまだありますもの!」

「……たくさん? 高価な品ではないのですか」


 ベルンハルトの顔がわずかに顰められる。


「こ、高価かどうかは分からないけれど、お父様はすごく喜んで送ってくださったわ。わたくしもヨーゼフもあまりお酒は飲みませんもの」


 とにかく美味しいワインを送ってほしい、と依頼しただけなのに、父は大量の高価なワインを送ってくれた。


「それに、義理の息子と酒を飲むのも楽しみだ、と言っていましたわ」

「……それならいいのですが」


 それでも少し不満そうな顔のまま、ベルンハルトがワインを飲む。グラスが空になればその都度ワインを追加するのだが、ベルンハルトの顔色は変わらない。


 もしかしてベルンハルト様って、すごくお酒が強いのかしら?

 でも大丈夫よね。今日はこんなに、たくさんの酒があるんだもの。飲ませ続ければ、いつかは酔ってくれるはずだわ……!





「奥方様、奥方様もちょっとは飲みましょうよ?」


 相変わらずベルンハルトに酒を勧めていると、背後から肩に腕を回された。そのまま、ぐいっ、と抱き寄せられる。

 驚いて振り向くと、そこには顔を真っ赤にしたアデルが立っていた。


「アデルさん!」

「ね、いいでしょう。これおすすめですよ。ちょっと苦いですけど、美味しいんです」


 アデルに押しつけられたグラスに入っているのは、おそらくビールだ。ドロシーはあまり詳しくないが、ビールも複数の種類を用意している。

 その中の一つを、アデルはいたく気に入ってくれたのだろう。


「姉さん! さすがに馴れ馴れしいって!」


 慌てた顔のデトルフが、急いでドロシーからアデルを引き離した。姉であるアデルとは対照的に、デトルフは顔色一つ変わっていない。


「申し訳ありません、奥方様」


 デトルフが必死に頭を下げたが、アデルは酔っているのか、いつもよりふわふわとした笑顔を浮かべている。


「ドロシー。俺からも謝ります。アデルは少し酒に弱いが、ドロシーに悪気があったわけではないんです。決して、ドロシーを軽んじているというわけでは……」


 ベルンハルトもグラスをテーブルへ置き、申し訳なさそうな顔で頭を下げた。

 だがドロシーには、どうして二人がこれほど謝罪してくるのかが分からない。


「気にする必要はありませんわ。それに、アデルさんのおすすめなら飲んでみようかしら」

「そうです、何事も挑戦ですよ、奥方様!」


 酔ったアデルはいつもより明るくて、なんだか面白い。


 お酒はあまり得意じゃないけれど、苦手ってほどじゃないもの。

 ちょっとくらい飲んだっていいわよね。せっかく、こうしてみんなで楽しんでいるわけだし。


 食事と酒に騎士団のみんなは大盛り上がりで、近づかなければ会話ができないほど、室内は賑やかだ。

 こんな時に、マナーについて口うるさく怒るつもりなんてない。


 それにわたくし、アデルさんとはすごく仲良しなんだもの。


 グラスを傾け、ビールを勢いよく口の中へ流し込む。あまりの苦さに咳き込んでしまい、慌ててグラスをテーブルへ置いた。


「ドロシー!」


 ベルンハルトの絶叫が部屋中に響き渡った。

 大袈裟ですわ、とすぐに答えてあげたいのだけれど、頭がふわふわとして、なんだか上手く喋れない。


 それに、視界もぐらぐらしてきた。


「……ベルンハルト様」


 やっとの思いで名前を呼び、ゆっくりと手を伸ばす。ベルンハルトはすぐにその手をぎゅっと握ってくれた。


 ベルンハルト様の大きな手のひら。

 わたくし、この手のひらも大好きですわ……。


 大きな手のひらにすり寄る。ひんやりとした手のひらが心地いい。


「おい、すぐに水を用意しろ! ドロシー、なにか他に欲しい物は?」


 必死な顔のベルンハルトに見つめられ、心臓が小さく跳ねる。

 心配するようなことはなにもないのに、必死な顔で見つめてくるベルンハルトが愛おしい。


「……ベルンハルト様」

「なんです?」

「わたくし、ベルンハルト様が欲しいですわ」

「……はい?」

「ねえ、ベルンハルト様。わたくし、早く二人きりになりたいの」


 ドロシー、と呟いたベルンハルトが深い息を吐く。

 それと同時にヨーゼフは頭を抱え、騎士団の団員たちは歓声を上げたのだった。

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