第60話 おかえりなさいませ、旦那様!
「姉さん、さすがにこれは派手過ぎじゃないの?」
煌びやかに飾られた広間を見て、ヨーゼフが呆れたように溜息を吐いた。
広間は無数の花や装飾品で飾られ、テーブルの上には続々と豪勢な料理が運ばれつつある。
「だって、ベルンハルト様が帰ってくるのよ!?」
「いや、それは分かってるんだけど。ここまでする?」
「帰ってきてよかったって思ってほしいもの!」
騎士団のみんなも久しぶりに帰ってくるため、盛大な宴を開こうと大量の酒も用意した。通常のメイドたちだけでは手が回らず、一部の領民たちにも協力を依頼したくらいだ。
「それにマンフレートさんだって、雇用の機会が増えるのはいいことだ、って言ってたじゃない」
「……そうかもしれないけど。本当姉さんって、ベルンハルト殿が大好きだよね」
「ええ、大好きよ!」
「まあよかったよ。その様子なら、今度の舞踏会も心配ないね?」
招待状をもらってから、ヨーゼフはドロシーを心配してくれている。
ドロシーにとって婚約破棄はとっくに過去の出来事になっているが、社交界ではそうではないらしいのだ。
「みんなに、わたくしの素晴らしい旦那様を自慢してあげるわ」
ドロシーが独り身なら、婚約破棄された哀れな令嬢として笑われ、馬鹿にされていただろう。
だが、今のドロシーは既婚者だ。しかも、ただの既婚者ではない。
世界一格好良くて素敵な殿方を夫に持つ、最高に幸せな妻なのよ!
「……本当、幸せそうでよかったよ」
◆
日傘をメイドにさしてもらい、正門の前でベルンハルトの帰りを待つ。
アデルにもヨーゼフにも中で待てばいいと言われたが、一秒でも早くベルンハルトに会いたかったから。
風は冷たいが、昼間はまだ外に立っていられるくらいの寒さだ。
それにベルンハルト様は、ここよりずっと寒いところで働いていたんだもの。
肩を抱いて寒さに耐えていると、遠くから馬蹄が轟く音が聞こえてきた。そしてすぐに、馬に乗った騎士団の姿が見える。
ようやく、ベルンハルトが帰ってきたのだ。
そして先頭を走る黒馬が集団を抜け出し、スピードを上げて駆けてきた。
「ドロシー様!」
馬から下りたベルンハルトは、別れた時よりもさらに立派な身体つきになった気がする。
ドロシーを見つめる瞳は相変わらず優しくて、とびきり甘い。
「おかえりなさいませ、旦那様!」
勢いよく抱き着く。ぎゅ、と腕に力を込めると、ベルンハルトはドロシーの頭をそっと撫でた。
「……ただいま、ドロシー」
約束していた通りの呼び方が照れくさい。しかしどうしてもベルンハルトの表情を見たくて顔を上げると、日に焼けた肌が赤く染まっていた。
「やっぱり愛おしすぎますわ……!」
話したいことも聞きたいこともたくさんあるのに、喜びで胸がいっぱいで、上手く言葉が出てこない。
だけど今、真っ先にすべきことは……。
「旦那様!」
ぐいっ、とベルンハルトの腕を引く。それに応え、ベルンハルトはしゃがんでドロシーに目線を合わせた。
すぐにベルンハルトの頬を両手で包み込み、そっと唇を重ねる。
かさついた唇も、努力の証だと思うと愛おしい。
「ずっとずっと、お会いしたかったわ」
「……ドロシー」
「ねえ、旦那様。今度は旦那様からキスをしてほしいわ」
そう言って、口づけをねだるように目を閉じる。ベルンハルトの唇を感じた瞬間、姉さん! とヨーゼフの叫びが響き渡った。
「騎士団のみんなの面前でなにしてるの、本当に!」
腰に手を当てたヨーゼフが鋭い目でドロシーを睨む。
慌てて周りを確認すると、いつの間にか騎士団のみんなも到着していた。
「まあ……! わたくしったら!」
「わたくしったら、じゃないよまったく」
ベルンハルトに夢中になってしまったが、団長の妻として団員達をねぎらうのもドロシーの仕事だ。
コホン、と軽く咳払いし、団員たちを真っ直ぐに見つめる。
「皆さん、ご苦労様。今日は皆さんのために、宴の用意をしてるの。お酒も料理も、たっぷり用意したわ!」
団員達から歓声があがる。用意した甲斐があったわ、と思いつつ、ドロシーは再び視線をベルンハルトへ向けた。
何度もベルンハルト様……いえ、旦那様のことを思い出していたけれど、やっぱり実物は最高だわ。
「旦那様も、今日はたくさん食べて、飲んで、ゆっくり休んでくださいね」
「ああ、ありがとう、ドロシー」
「わたくしも今日は一緒に楽しみたいですわ」
ベルンハルトは酒に強い。だが、いくら飲んでも酔わない、ということはないだろう。
ドロシーが上手くやれば、きっと酔わせることはできるはず。
旦那様を酔わせて初夜を決行作戦、始まりよ……!




