表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/83

第6話 してほしいこと

「姉さん、姉さん。ほら、起きて。起きてってば」


 何度も激しく身体を揺さぶられる。それでもなかなか目を覚まさなかったドロシーは、姉さん! と耳元で叫ばれて、ようやく起きた。


「ヨーゼフ、いったい何よ……」

「姉さんがあまりにも起きないからって、困ったメイドが僕に助けを求めてきたんだよ」


 ヨーゼフが溜息を吐く。身体を起こすと、だんだんと意識が明瞭になってきた。


 確か昨日、ベルンハルト様と一緒に朝食をとる約束をしたわよね?


 はっと顔を上げて窓の外を眺めると、もうかなり明るかった。朝食というより、昼食をとるべき時間だろう。


「ヨーゼフ! ベルンハルト様は!?」

「部屋で朝食も食べずに姉さんを待ってる。ぐっすり眠っているんだろうから、姉さんを起こす必要もないってさ」

「まあ、優しいのね」

「そうじゃないでしょ!」


 ヨーゼフに怒鳴られ、ドロシーは目を逸らした。


 わたくしが寝坊したのは悪いわ。でも昨日は大変だったから、疲れていつもより寝ちゃうのは仕方ないわよ。


「姉さんは起きたってベルンハルト殿に伝えてくる。朝食は居間に用意するけど、それでいいよね?」

「あ、待って、ヨーゼフ」

「なに?」

「わ、わたくし、ちょっとまだ時間がかかるわ。起きたばかりで、着替えも化粧も済んでいないんだもの」

「いつも、朝食の時は寝起き姿でしょ」

「未来の旦那様にそんな姿を見せるわけにはいかないわ」


 ヨーゼフが再度溜息を吐いた。


「結婚前に愛想つかされても知らないから」





 結局、ドロシーが身支度を終えたのはそれから一時間以上後のことだった。


 さすがに時間がかかり過ぎたかしら? でも、その甲斐はあったわよね?


 鏡に映った自分を見つめる。銀色の長い髪は丁寧に櫛でとかした後に編み込み、桃色の瞳を際立たせるように睫毛をしっかりと上げた。

 家で着るには派手すぎる白いドレスも、ドロシーにはよく似合っている。


 低身長と童顔のせいで女性らしさには欠けるが、それでも十分に可愛いはずだ。


「よし!」


 ベルンハルトが居間で待っている。少しでも早く行かなければならない。

 ドロシーは急ぎ足で自室を後にした。





 居間の椅子に、ベルンハルトがぽつんと座っている。立派な椅子だが、ベルンハルトが座ると子供の椅子のように見えた。


 本当に大きい人ね。ベルンハルト様の家では、全てがベルンハルト様に合わせたサイズなのかしら?


 だとすればドロシーにはどれも大きすぎるだろうが、大は小を兼ねる。大きい分には、ドロシーが困ることもないだろう。


「おはようございます、ベルンハルト様。お待たせしてしまって申し訳ありません」

「いえ。ゆっくり眠れたのなら、よかったです」


 そう言ってベルンハルトはドロシーを見つめた。無表情に近い顔だが、ドロシーを見つめる瞳は優しい。


「朝食にも誘ってくれてありがとうございます」

「いえ、その、せっかくですもの」


 ドロシーがそう答えると、ベルンハルトは朝食を食べ始めた。見た目通りかなりの大食いで、あっという間に用意していた朝食がなくなってしまう。

 メイドがおかわりのパンを持ってくると、それもあっさり食べてしまった。


「ドロシー様。この後すぐ、俺は領地に戻ります。なにか、必ず用意しておいてほしい物はありますか?」

「えーっと……ベッドくらい、かしら?」

「寝具にこだわりはありますか?」

「ありませんわ」


 部屋にある寝具はどれも高級品だが、女学校の図書室で居眠りをしていたこともある。要するに、どこでも眠れてしまうのだ。


「では、なにかご要望はありませんか?」


 一ヶ月後にベルンハルト様が迎えにきてくれるのよね。

 その間に、なにかしてほしいことがあるかしら?


「あ……そうですわ!」


 いいことを思いついた。


「手紙! わたくし、一ヶ月の間、手紙のやりとりをしたいですわ!」


 一ヶ月の間、ベルンハルトに会うことができない。それは仕方がないが、なるべくベルンハルトのことを知りたい。

 そこで思いついたのが手紙である。


 ベルンハルト様は白い結婚なんて言ってたけれど、結婚は結婚だもの。お互いのことをちゃんと知るべきだわ。


「……手紙、ですか」

「ええ。嫌ですの?」

「あまり、得意ではなくて……」


 そう言ったベルンハルトの目をじっと見つめる。見つめ続けると、ベルンハルトは諦めたような顔で頷いた。


「分かりました。領地に戻ったらすぐ、手紙を送ります」

「まあ! 嬉しいですわ!」


 既にドロシーは、ベルンハルトに好意を抱きつつある。彼のことをもっと知れば、彼をもっと好きになれるかもしれない。

 想像するだけで、なんだかわくわくしてきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ