第59話(デトルフ視点)一番の男
「ベルンハルト、まだお土産買うの?」
「……どれをドロシー様が気に入るかどうか分からないだろう」
一時間前と全く変わらない親友の返事に溜息を吐き、デトルフは部屋に並ぶ商人たちを眺めた。
明日の朝、この宿を出る。そのため今晩はゆっくり身体を休めたり、最後に街で遊んだり、団員たちはそれぞれ自由に過ごしているのだ。
そんな中ベルンハルトは、近隣の商人たちを何人が呼び寄せ、妻への土産を吟味しているのである。
センスがいいからプレゼント選びを手伝え、って言われたけどさあ……。
商人たちが並べたアクセサリーやらドレスやらを、ベルンハルトは真剣な表情で選んでいる。
寒い地域なだけあって、毛皮を使った物も多い。
「おい、デトルフ。これはどう思う?」
ベルンハルトに手招きされ、毛皮のコートを見せられる。真っ白のロングコートはふわふわで、確かにドロシーに似合いそうだ。
「……白ってすぐ汚れそうだけど、どうなの?」
「俺やお前とは違う。返り血の心配はいらない」
「いや別に、返り血は気にしてないけど」
今まで見てきた貴族の中では、たぶんドロシーは動きまわる方だ。大貴族なだけあって高価な衣服を大事に……という気遣いがない分、すぐに汚しそうな気もする。
でもベルンハルトが好きそうなコートだもんね、これ。
「似合うと思うよ。それにこれから、領地や王都も寒くなっていくだろうし」
「そうだろう。これは買うか。後は……」
「ねえ、そんなにたくさん買わなくてもいいんじゃない?」
「……多ければ多いほど喜ぶだろう」
「そうかなぁ。ベルンハルトが帰るってだけで、喜んでくれそうだけど」
無言になり、ベルンハルトはゆっくりと頷いた。
うわ、なにこの幸せを噛み締めてる顔……。
ベルンハルトの親友兼部下のデトルフから見て、シュルツ子爵家夫妻はあまりにも仲が良すぎる。
貴族社会ではもちろん、一般的な夫婦でも、ここまで仲のいい夫婦はなかなかいないのではないだろうか。
それなのに初夜はまだ迎えていないという、なんともアンバランスな二人だ。
「それより、ベルンハルトの服や装飾品を買ったら?」
「俺の? そんなもの興味ない。その金でドロシー様にプレゼントを買った方がいいだろう」
「ドロシー様の旦那として相応しい格好をしないと」
ぴくっ、とベルンハルトの眉毛が動いた。百戦錬磨の騎士のくせに、ドロシーに関することだけは本当に分かりやすい。
ドロシー様には、必要以上に自分をよく見せようとするしね。
お金とか地位とか、男女関係においてはそれだけじゃないって分かんないのかなぁ。
貴族の子弟のような優雅さはないが、ベルンハルトは端正で男前な顔立ちをしている。おまけに鍛え上げられた肉体は美しい。
デトルフから見ても、ドロシーはそんなベルンハルトにべた惚れなのだ。
「ドロシー様が目移りしないように、ちゃんと着飾らないと。舞踏会なんかには、着飾った貴公子もたくさんいるだろうし」
「……デトルフ」
「ああ、そうそう。エドウィンの奴も、見た目だけはいいしねぇ」
びくっ、びくっ、とまたベルンハルトの眉が動く。
「俺に似合う服を見繕ってくれ。ドロシー様が好きそうな、流行りものがいい」
「了解」
ベルンハルトとは長年の付き合いだが、まさかこんな恋愛をする男だとは思っていなかった。
女体はともかく、女にはろくに興味がない人間かと思っていたのに。
本当、ドロシー様が我儘な性悪女じゃなくてよかった。
◆
北方の宿を出発し、ろくに休憩もせずひたすら駆ける。馬に慣れた騎士団には容易なことだが、皆、妙にそわそわとした様子の団長には落ち着かない様子だ。
そんなにドロシー様に早く会いたいなら、さっさと物にしちゃえばいいのに。
ベルンハルトを見ていれば、手放す気がないことは分かる。だったらすぐに子供でも作ってしまえばいいと思うのは、平民の野蛮な考えなのだろうか。
ドロシー様がずっと、ベルンハルトに飽きなきゃいいけど。
ドロシーはまだ若い。その上、世間知らずの乙女だ。今は恋心が燃え上がっているのかもしれないが、時が経ち、平民上がりの夫が嫌になる日はこないだろうか。
そうなったとしてもたぶん、ベルンハルトはドロシーを恨まないだろう。
でも、僕はそうは思えない。
ドロシー様がベルンハルトを裏切るような日がきたらたぶん、一生ドロシー様を恨む。
「ねえ、ベルンハルト」
「なんだ?」
「お土産、喜んでもらえるといいね」
「ああ。もし気に入らなくても、すぐに気に入る物を取り寄せる」
「……本当、君はさぁ」
笑っちゃうくらい真っ直ぐで、馬鹿で単純で、一途な男だ。
でも間違いなく、僕が知っている中で一番格好いい男でもある。
だからもう、さっさとちゃんとくっついちゃえばいいのに。




