第57話 ベルンハルトからの手紙
「今日、馬車が届くのよね!」
「はい。もうすぐだと思いますよ」
「早くこないかしら!」
窓から正門のあたりを見るが、まだ馬車がきている様子はない。
椅子に座って紅茶を飲みながらも、ドロシーの意識はこれからくる馬車にばかり向いてしまう。
マンフレートさんとアデルさんが協力して、住民たちのための馬車を買ってくれた。その馬車が今日、子爵家に届くのだ。
「すごく大きな馬車なのよね!?」
「はい、とても大きいですよ」
「わたくし、そんなに大きな馬車には乗ったことがないわ」
大型馬車は基本的に荷物の輸送や、大勢での移動時に用いられる。
そのため、大貴族であるドロシーは利用したことがないのだ。
「それにアデルさん、デートも楽しかったのよね?」
「……酒場で食事はしましたが、デートとは……」
「デートよ! 酒場に行ったことはないから想像はできないけれど、騎士団のみんなはよく行っていたのよね?」
「ええ。酒好きばかりですから」
ということは、もちろんベルンハルトも酒場へ行くのだろう。
お酒を飲みながらベルンハルト様と語らう、っていうのはいいわね。お酒を飲めば、勢いでいろいろできちゃうかもしれないし。
「……残念ながら、奥方様が想像するような雰囲気にはならないかと」
「そうなの?」
「はい。がやがやとしていて、すごくうるさい場所です。なによりベルンハルト様は、奥方様をそのような場に連れ出すことを嫌うと思いますよ」
「わたくしは、そういった場所へ出かけてもいいのに」
市井に馴染みはないが、興味はある。少々治安の悪いところであっても、ベルンハルトがいれば何の心配もないだろう。
それに、お酒を飲ませて……というのはいい考えかもしれないわ。
ドロシーが素晴らしい作戦を思いつこうとしていたその時、部屋の扉が数回ノックされ、メイドが入ってきた。
「奥方様、失礼します」
「なにかあったの?」
「ベルンハルト様からのお手紙が届きました」
「まあ!」
なにをしている時でも、ベルンハルトからの手紙が届いたらすぐに知らせるように……とメイドには伝えてある。
その命令をメイドは忠実に守ってくれているのだ。
飛び跳ねてメイドから手紙を受け取り、ペーパーナイフで丁寧に手紙の封を切る。
真っ白な便箋に、見慣れた荒々しい文字が記されていた。
ベルンハルト様の字、わたくし大好きだわ。
雄々しくて力強くて、ベルンハルト様の顔がすぐに浮かぶんだもの。
「奥方様、なんと書いてありましたか?」
「待ってて、今読むわ。えーっと……」
手紙はいつも通りドロシーの体調を気遣う文から始まっている。そして北方での任務についての話、騎士団員たちとの話が並び……そして。
「ベルンハルト様が、帰ってくるわ!」
任務を終え、これから帰宅準備に入る。はっきりとそう記されていた。
「久しぶりに、ベルンハルト様に会えるんだわ!」
嬉しい。あまりにも嬉しすぎるわ。それほど長い間ではなかったけれど、ベルンハルト様に会えない間はとても寂しかったもの。
「どうしましょう!? 今度こそ記念すべき初夜かしら?」
帰ってきたベルンハルト様は、わたくしのことをドロシー、って呼んでくれるのよね。
『ドロシーのいない日々は地獄のようだった。今すぐ抱かせてくれ』
なんて言われちゃったら、わたくし、どうしたらいいのかしら!?
「そうかもしれませんが……ベルンハルト様は確か、国で一番の魔法騎士になったら、と言ったんですよね?」
「ええ、そうよ。今回の任務も無事に成功させたんだもの。もう一番じゃないかしら!」
期待に胸を弾ませてドロシーはそう言ったのだが、気まずそうな表情をしたアデルに目を逸らされてしまった。
「……今回の任務は危険も伴いますが、ベルンハルト様に仕事がまわってきたのはたぶん、貴族の魔法騎士たちがやりたがらないからです」
「ええ、それは知っているわ。ベルンハルト様は、人がやりたがらないことでもみんなのためにやる、という騎士道精神をお持ちなのよ」
「ええ。ですからその……国で一番! と言えるような、華々しい活躍かどうかは……」
確かにベルンハルトも、この任務を成功させれば国で一番の魔法騎士になれる、とは言っていなかった。
それにたとえ初夜を迎えられなかったとしても、ベルンハルトが戻ってくるのは嬉しい。
でも、でも……!
「わたくしの、初夜は……!?」
ドロシーが膝から崩れ落ちた瞬間、再び扉が開いた。そして今度はメイドではなく、ヨーゼフが中に入ってくる。
「姉さん。馬車がきたって……って、姉さん?」
「……今行くわ」
深呼吸をし、ゆっくりと立ち上がる。
ベルンハルトが帰ってくるまで、あと少し。なにはともあれ、とにかく馬車の運用を成功させなくてはいけない。
わたくしは妻として頑張ったって、ベルンハルト様に胸を張って言いたいもの!




