表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/83

第56話(マンフレート視点)気のせい?

「へえ。これが一番安い馬車ですか」

「は、はい。ですがやはり、シュルツ子爵家には相応しくないでしょう?」

「……これは」


 見せられたのは、かなりぼろぼろの馬車だった。動くのは動くだろうが、見た目がかなりみすぼらしく、乗り心地も悪そうだ。

 それに車体をよく見れば、雑に修理された物だと分かる。


「ここで作った馬車ですか?」

「もちろん。少々傷んではいますが、貸出利用を行っているからです。ほら、車輪にうちで作ったという印があるでしょう?」


 ここで作られた馬車にはどれも、車輪に店のマークを彫ってある。この馬車も例外ではない。

 しかし違和感を持ってしまうのは、車体が劣化しているわりに、やたらとマークの彫りが鮮明なことだ。


 馬車を作ったのと同時期にこのマークを掘っているなら、もっと消えかけているはず。

 新しく掘ったのだとすれば、前のマークの痕跡があまりにもない。


 あの噂は本当かもしれないな。


 ちら、とオーナーの顔を横目で見る。額に汗をかき、必死な顔でマンフレートを見ていた。

 彼からすればシュルツ子爵家はかなり大きい顧客だ。どうしても契約を成立させたいのだろうし、失敗して悪評を流されてはたまらないはず。


 だとすれば、交渉の余地は大きい。


「これはいくらです?」

「そうですね。傷んでいますが大型の馬車ですから、金貨100枚といったところです」

「なるほど」


 値段に関してはそんなものだろう。

 だが、この馬車にそんなに払うわけにはいかない。


「ここでは、拾った物を金貨100枚で売るわけですね」

「……はい?」

「この馬車、私の知り合いが持っていた物なんですよ。これほど大きな馬車はなかなかありませんから、間違いないと思います」

「なにをおっしゃっているのです?」

「巷で流れている噂を知らないわけじゃないでしょう」


 この馬車屋にはいくつかの悪い噂がある。労働環境が劣悪だとか、相手の懐事情に応じてぼったくろうとするだとか。

 中でも一番の問題は、拾った物を売っている、という噂だ。


 拾った物といっても、馬車のように大きい物を落とす者はそういない。

 不慮の事故によって捨て置かれた物や、盗賊に襲われた後の馬車を回収・修理し、販売しているということだ。


「拾ってきた物を、シュルツ子爵家に売りつけようとしていたわけですか? それを知れば子爵も黙っておかないでしょうね」


 アデルに目配せすると、すぐにアデルは頷いてくれた。


「団長は気が短いところもありますから。恥をかかされそうになったと知れば、血相を変えて怒るでしょうね」


 アデルの言葉に、オーナーが飛び跳ねて頭を下げた。

 ベルンハルト騎士団の有能さと恐ろしさは広く知られている。この街で事件が起こった際、助けてくれと依頼を受けたことも一度や二度ではない。


「ど、どうか子爵には内密に……!」


 実際、正義感に支配された若者でもないし、ベルンハルトはこんな小物を相手にしないだろう。

 でもドロシーの話をすれば別だ。ドロシーを妻に迎えてから、貴族としての格をやたらと気にしている。


「では条件があります」

「……条件?」

「最初に紹介してくださった馬車。あれを金貨100枚で売ってくだされば、この話はベルンハルト様には黙っておきましょう」

「それは……あれは、金貨500枚以上する品で……!」

「無理だと言って、困るのは貴方だと思いますが」


 無表情を保ちつつ、鋭くオーナーを睨みつける。

 数十秒の沈黙の後、オーナーは悔しそうな顔で頷いた。





「大成功でしたね、アデルさん」

「……ええ。少し、手荒でしたけれど」

「いいんですよ。ですが、奥方様やヨーゼフ様には黙っていてください。ああいう方たちは、こうしたやり方は好まないでしょうし」

「分かりました。マンフレートさんの交渉術が見事だったとだけお伝えしますよ」


 目を合わせ、アデルがにっこりと微笑む。

 陽光に照らされて、アデルの金髪が煌めいた。


 本当に綺麗な人だな、この人は。


「マンフレートさん?」

「いえ。せっかく街にきましたし、酒屋で飲んで帰りませんか。奥方様たちがいれば行けませんからね」

「ぜひ! もし酔ってしまっても、私が運びますよ」

「……さすがに大丈夫です。自分の酒量くらい分かっていますから」


 アデルさんは、奥方様のことをどう思っているのだろう。

 仲がよさそうに見えるし、身分差がありながらも、妹のように可愛がっているように思えるが。


 正直なところ、間アデルはベルンハルトを好きなのではないかと思っていた。実際に男女の関係があったのかは不明だが。

 しかし今、アデルがドロシーに嫉妬している様子はない。


 私の気のせいだったのかもしれないな。


「じゃあ今日は、限界まで飲んじゃいましょう!」


 そう言ってはしゃぐアデルが妙に嬉しそうに見えて、マンフレートはつい、小さな笑みをもらしてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ