第54話 貧乏育ちですから
「共有の馬車?」
すぐに反応してくれたのはヨーゼフだ。
「それって、学校の馬車みたいなこと?」
学校には基本的に、何台か馬車があり、専用の御者もいる。
基本的に移動はそれぞれ自分の馬車でするものだが、念のため何台か置いてあるのだ。
「それに近いかもしれないわ。とにかく、一人一台じゃなくて、みんなで使えたらって思ったの。しかも大きい馬車なら、たくさんの物が運べるでしょう?」
もちろん大きな馬車はその分購入費用も高くなるだろうし、馬にかかる金額も高くなるだろう。
だが、歩いて運ぶよりもかなり大量に物を運べる。
「でも馬車は高い。だから、一家に一台買わせるんじゃなくて、共同購入させるってこと?」
「ええ。そうよ。それなら、一人あたりの負担は少なくなるわ」
「確かにそれはそうだけど……でも、できるのかな。誰がどのくらい負担するとかって、どうやって決めるの?」
「……それはそうね」
人数で均等に割るのが平等かとも思うけれど、それはそれで不満が出てしまいそうだ。
人によって利用する頻度が違うだろうし、運ぶ物の量だって違うのだから。
「マンフレートさんはどう思います?」
マンフレートに話を向けたのはアデルだ。誰もが注目する中、マンフレートがゆっくりと口を開く。
「共同利用、というのはいいと思います。ですが共同所有、共同購入というのは難しいでしょう」
結論から述べ、グラスに入った水を口に運ぶ。
そのタイミングで注文していた料理が運ばれてきたが、三人は全員、料理ではなくマンフレートに目を向けたままだ。
「共同所有といっても、責任者は必要です。たとえば破損した際、修理業者を手配するのは? 修理費を集めるのは? そういった問題を領民たちが話し合って解決できるでしょうか?」
「あ……」
できる、なんて言えないわ。
領民たちはみんな、日々の暮らしに精一杯なんだもの。
「それに、初期費用だってかなり高いですし、御者だっておそらく、農民が共同で出資する、という雇用形態に納得しないでしょう」
確かに……とヨーゼフも深く頷いた。
「ですから、子爵家で馬車を購入し、御者を雇うのが一番いいかと」
「それはできるけれど……それでいいの?」
領主として、もちろんできることはやるつもりだ。お金だって必要な分は支払う。
しかし、過度に負担するわけにはいかない。
「ええ。そして、領民たちから乗車料金をもらえばいいんです」
「乗車料金?」
「馬車に乗るたびにいくら、という風にお金を支払ってもらうんですよ。一人いくらと決めてしまえばいいですし、荷台には籠をおくようにして、籠一個いくら、と料金設定しましょう」
「なるほど……!」
それなら、領民たちの初期負担はないわね。
今輸送費として支払っている金額より乗車料金を安くすればいいだけだもの。
「壊れた場合は子爵家がすぐに修理する。御者には子爵家が給料を支払う。これなら、何の問題もないでしょう?」
「さすがだわ、マンフレートさん!」
子爵家は現在、何台かの馬車を保有している。そこに領民たち用の馬車が一台加わるだけだ。
管理の費用や手間はたいしてかからないだろう。
「ねえ、マンフレートさん。その馬車って、農作物の輸送以外でも使っていいことにするのはどう?」
ヨーゼフがきらきらとした瞳で口を開いた。
「そうすれば気軽に領民たちも出かけられるでしょ。買い物だって今よりできるだろうし、街の娯楽だって楽しめるようになるかもしれない」
「ええ、そのつもりです。街での経験を領地へ持ち帰ることで、さらなる発展が見込めますしね」
私は街にきたことでいろんなことを知ることができたし、学べたわ。
そしてそれを領地改革に活かすことができた。
もし領民たちが街でいろんなことを経験できたら、もっといろんな考えが浮かぶようになるんじゃないかしら!?
それを、開放日に意見として聞く。
ドロシーたちだけで話し合うよりもたくさんの意見が出るようになるはずだ。
「マンフレートさん! 早速、馬車を買いましょう! 今日買って帰ってもいいくらいだわ!」
「落ち着いてください、奥方様。馬車は後日、私とアデルさんで買いに行きます」
「えっ!?」
それってデートなの!?
と期待に満ちた眼差しをアデルへ向けるドロシーだったが、アデルはいきなりの言葉に困惑しているようだった。
「奥方様が直接交渉するのは控えてください。どうせ、業者の言い値で、やたらと高価な馬車を買わされることになります」
そう言うと、マンフレートは得意げな表情になった。
「私、結構値切りは得意なんですよ。貧乏育ちですから」




