第52話 きっかけ
「って、どれだろうね?」
ヨーゼフがアデルの書いてくれたメモを見つめた。
そこには、先日の開放日で領民たちから伝えられた要望がざっくりと書いてある。
税収を増やせる可能性があり、なおかつ領民たちが望んでいることをやる。
その方針は決まったわけだが、そこから先が難しい。
具体的にはなにをすればいいのかしら?
「そうですね。まずは税収がどうすれば増えるのかを考えましょう」
マンフレートがそう言うと、アデルさん、と不意にアデルの名前を呼んだ。
いきなり名前を呼ばれたアデルは、はい! と緊張した声で返事をする。
この二人って、最近どうなのかしら?
勉強を通じて進展があったりしたのかしら?
根掘り葉掘り聞きたいけれど、それはまた後にしよう。
「税の金額は何によって決まるか、ご存知ですよね?」
「はい。基本的には収入ですよね? 私も、給料が多かった時は税が高くなりますし」
そういうものなのね。
自分で税を支払ったことなんてないから、あまり想像ができていなかったわ。
「領民たちの主な収入は、農産物の販売で得てるんだよね?」
ヨーゼフの言葉にマンフレートが頷く。
騎士団員たちを除けば、領民の9割以上が農民だ。
ということは、つまり。
「たくさん農作物が売れたら、税収が増えるってことよね!」
「そうです、奥方様。ちなみに、輸送費がおさまれば、その分収入も増えます」
輸送費。
現在、農作物を王都まで運ぶのにかかっている費用だ。そして、正当な料金を請求されているのかどうか、怪しい部分でもある。
なんとなく、結論が見えてきた気がするわ。
上手くいくかは分からないけれど、やってみる価値は確実にあるもの。
「わたくしたちが、領民たちの望む形で、販売を手伝えばいいってことよね!?」
輸送ルートの確保。正当な業者の手配。そして販売方法や宣伝方法。
それらを見直せば、収入が爆発的に増える可能性だってあるんじゃないだろうか。
だって、コリーナたちの作った葡萄はあんなに美味しかったし、食事に使われている野菜だっていつも美味しいもの。
「そうです。成功すれば税収が増えます。問題は、初期費用がかかることですね。追加で領民たちからお金を集めるのは気が引けますから」
どうしましょう、などと言いながら、マンフレートの中で結論は出ているのだろう。
あとはそれに対し、ドロシーが許可を与えるだけだ。
「一時的に子爵家の財産から出すわ。ベルンハルト様の代理として、わたくしが許可します」
「……ありがとうございます。その言葉を待っていましたよ」
そう言うと、マンフレートはニヤッと笑った。あまり見たことがない種類の笑みだ。
「既にいくつか案は考えてあるんです」
マンフレートが懐から丸めた羊皮紙を何枚か取り出し、テーブルの上に並べる。
文字がぎっしりと記載された紙は、正直なところ見るだけで疲れてしまいそうだ。
「というわけで皆さん、私が書いてきた企画書を読んでみてください」
ヨーゼフは瞳をきらきらと輝かせ、一枚の羊皮紙を手に取った。
そして、そのまま企画書に熱中し始める。
「アデルさんには難しい言葉がまだあるかと思うので、練習も兼ねて一緒に読んでいきましょうか」
「すいません、マンフレートさん」
「いえ。私としても、優秀な生徒に教えるのは楽しいものですよ」
マンフレートの言葉にアデルがはにかむ。嬉しそうなアデルを見るのは楽しい。
しかし、二人の間に漂うちょっぴり甘い雰囲気を感じると叫び出したくなってしまう。
わたくしだって、ベルンハルト様といちゃいちゃしたいのに!
「奥方様?」
「……よ、読みます、今すぐに」
慌てて企画書に手を伸ばす。
丁寧に書かれた企画書を見れば、マンフレートが前もってしっかりと準備をしてくれていたことが分かる。
でもこの企画書が日の目を浴びる機会がなかったってことは、ベルンハルト様はそこまで積極的に領地改革をしようとは思ってなかった、ってことよね?
毎日騎士団の訓練もあるみたいだし、一人じゃ手が回らなかったんだわ。
マンフレートも、無理に話を進めようとはしていなかった。
もしかしたらマンフレートがこうして考えを披露してくれるきっかけを作ることができたのかもしれないと思うと誇らしい。
これからも、いろんな人が才能を披露するきっかけを作れたらいいわね。
そうすればきっと、この村だってもっと豊かになって、ベルンハルト様も大喜びで、わたくしへの愛がもっと大きくなるに違いないもの!




