第51話 みんなとなら
「実際に領民に話を聞いたことですし、今日は私たちができること、できないことを整理していきましょう」
マンフレートが、テーブルの上に大きな紙を広げて言った。
これほど大きな紙を見るのは初めてかもしれない。
「この紙はメモ代わりと思っていただければいいので、皆さん自由に書き込んでください」
マンフレートだけでなく、ドロシーもヨーゼフも、そしてアデルも手にペンを握っている。
こうした話し合いを行えるのも、全員が文字の読み書きができ、そしてなにより、考える時間があるからだろう。
「なんかマンフレートさんって、先生みたい」
ヨーゼフが笑いながら言った。
確かにそうね……! 文字を教えているんだから、アデルさんにとっては正真正銘の先生でもあるわけだし。
「そうですか?」
「うん。話し方も分かりやすいし。うちの学校の先生たちにも見習ってほしいくらいだよ。ねえ、姉さん?」
「……まあ、それはそうよね」
女学校を含め、貴族が通う学校の教師の質がいいとは言い難い。
なぜなら、教師として雇われるのは、ほとんどが当主になることができなかった次男以下の中級貴族だからだ。
彼らは勉強に意欲的なわけではなく、貴族社会で一定の地位を得るために教師をしているだけである。
だからこそ、本当に優秀な人を家庭教師で雇ったりするのよね。
「マンフレートさん、人になにかを教えることには慣れてるの?」
「……まあ、孤児院ではその機会も多かったですから」
一瞬、マンフレートの表情が曇ってしまった。あまり聞かない方がよかったのかもしれない。
もっと知りたい! とは思うけれど、一方的に踏み込み過ぎるのもようないわよね。
「話を戻しましょう」
そう言うと、マンフレートはペンを動かして大きな紙に『できること』『できないこと』と書いた。
「まずできないこと。これはいろいろありますが、一番重要なのは収支が大きくマイナスになることはできない、ということです」
「……収支がマイナス?」
「はい。簡単に言えば、領民たちのために、私たち領主側が一方的に金銭を出すことはできない、ということです」
そう言った後、マンフレートは乱雑に円を描いた。
「シュルツ子爵家の収入源は、大きく分けると二つです。一つ目は領地から得られる税収、そしてもう一つは騎士団としての報酬」
マンフレートが、話しながら円グラフを完成させる。
「……騎士団としての報酬の方が高いのね?」
「はい」
ベルガー侯爵家の財源は全てが税収だ。
広大かつ豊かな領地のおかげでかなりの金額になる。それに比べ、ここで得られる税収は微々たるものだろう。
「税収は主に領民たちのために使うものです。奥方様も分かっていますよね?」
「ええ」
「それはどうしてです?」
「え? えーっと……領民たちからもらったお金だから?」
曖昧な答えになってしまったが、そうです、とマンフレートは優しく頷いてくれた。
「ではなぜ、領民たちは直接自分たちでお金を使わず、一度税という形で領主に渡し、領主が使い道を定めるのだと思いますか?」
「それは……」
昔からそういうものだから、という回答は許されないのだろう。ドロシーでも、それくらいのことは分かる。
コリーナの両親たちが慣習に疑問を持っていないのは仕方のないこと。
でも、貴族であるわたくしがそれじゃ駄目ってことよね。
「……使い道を定めるのが、大変だから……?」
話しながら、ゆっくりと頭の中を整理していく。
「領民たちはそれぞれたくさんの要望を持っていたわ。だから、何にどれくらいのお金を使うかをみんなで決めるのは難しいんじゃないかしら……?」
「その通りです、奥方様」
よかった、と安心するドロシーの横で、ヨーゼフも真剣な顔でマンフレートの話を聞いている。
領民たちの代わりに大事な金の使い道を決めるのが領主なのだ。
そう考えると、失敗は許されない。
「ありがたいことに、ベルンハルト様は騎士団で得た収入も公費にまわしていらっしゃいます。ですがそれでは、経営状況とは言えません」
「どうして?」
「代替わりした時に困りますし、ベルンハルト様がいつまでも魔法騎士として働けるわけではないからです」
実力が必須な魔法騎士は、親から称号を引き継げる類のものではない。
確かにマンフレートの言う通り、今後のことを考えれば魔法騎士としての収入に頼る経営は危ないだろう。
でも、どうしたらいいの?
今でさえ税収だけではやっていけていないのに、さらに領民たちの希望を叶えるなんて。
ドロシーが頭を抱えようとした瞬間、ヨーゼフが両手を叩いた。
「つまり、税収を増やせる可能性があって、なおかつ、領民たちが望んでいることからやっていくべきだ……ってこと?」
「さすがです、ヨーゼフ様」
マンフレートが満足げに呟く。誇らしさと同時に若干の悔しさを感じていると、ふと、アデルが大量のメモを紙に記していることに気がついた。
綺麗とは言い難い字だが、ちゃんと読める。
目が合うと、アデルは恥ずかしそうに微笑んでくれた。
いろいろ、まだ始まったばかりだ。
でもこのみんなとなら、なんだか上手くやれる気がする。




