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第5話 堅苦しい人

「姉さん、大丈夫? 疲れてない?」


 ヨーゼフが顔を覗き込んでくる。大丈夫よ、と答えながらドロシーは椅子に座った。


 ベルンハルトは父と婚約について諸々の話があると言って、父の部屋に消えてしまった。残されたドロシーたちも広間を出て、ドロシーの部屋にやってきたのである。


「それにしてもまさか、こんなことになるとはね」

「わたくしだってびっくりだわ。こんな誕生日、きっと一生忘れないわよ」

「まあ、あのままエドウィンと結婚させられるよりずっとマシだよ」


 ヨーゼフは昔からエドウィンのことを嫌っていて、家族しかいない時には彼をエドウィン、と呼び捨てにしている。

 父から何度注意されても呼び方が変わっていないのは、変える気がないからだろう。


「ベルガー侯爵家にとっては、かなり痛いけどね」


 ヨーゼフの言う通りである。名門・ケルステン公爵家と婚約関係を結んだことで、ベルガー侯爵家の格が上がっていたのだから。

 単に婚約破棄されただけでなく、パーティーの最中、皆の前で婚約を破棄された。この意味は大きい。


「ごめんね」

「姉さんのせいじゃない。エドウィンのくそ野郎に知性と品性、それから女性を見る目がなかっただけだよ」


 可愛い顔に似合わず、ヨーゼフは口が悪い。けれどそれを知っているのは、ドロシーと父親だけだ。

 ドロシーと違って、ヨーゼフは社交界でも上手くやっているらしいから。


「家のことは心配しないで。別に、身分が高い男を見つけようとしなくていい。自由に恋愛して、好きな相手を選んでいいんだ」


 とても、これから結婚する姉にかけるような言葉ではない。

 しかし結婚相手であるベルンハルト本人がそう言っていたのだ。


「ねえ、ヨーゼフ。ベルンハルト様は、いったい何を考えているのかしら? 彼にメリットがあるとは思えない提案じゃない?」

「そうだね。彼からすれば格上のベルガー家との婚姻だけど、白い結婚を申し出るメリットは思いつかないな……」


 うーん、と首を傾げた後、ヨーゼフはじっとドロシーを見つめた。


「姉さんってシュルツ子爵……ベルンハルト殿と特に親しくしていたわけじゃないし」

「そうなのよね」

「となると……」


 ドロシーとヨーゼフは顔を見合わせ、同時に結論を口に出した。ただし、お互いに全く違う結論を。


「わたくしに一目惚れしたとか?」

「父上への恩があるから?」


 ヨーゼフが呆れたように溜息を吐く。


「姉さん。だったら、普通は白い結婚だなんて言い出さないよ」

「で、でも、わたくしのことを可愛いって言ってたわ!」

「そりゃあ、まあ、そうだけどさ」


 うーん、と再び顔を見合わせて悩む。ベルンハルトの真意をつきとめるには、いかんせん情報が少なすぎるのだ。


「とりあえず、あの人は姉さんにも僕たちにも悪意があるわけじゃなさそうだし、田舎でのんびりすればいいよ」

「のんびりって……」

「嫌になったらすぐに帰ってくればいい。反対されたって、姉さんはベルガー侯爵家の娘なんだから、ベルンハルト殿相手になら強く出られるでしょ」


 確かに、ヨーゼフの言う通りだ。

 ドロシー個人としては家柄に驕った態度をとりたいとは思わないものの、貴族社会において家柄が重視されるのは嫌というほど分かっている。


「嫌にならなくても、たまには遊びにくればいい。僕だって、そのうち遊びに行くつもりだし」

「ヨーゼフ……」

「気に入らなかったら帰ればいい。旅行くらいの軽い気持ちで行っていいんじゃないの」


 経緯がどうであれ、ドロシーはベルンハルトと結婚するのだ。ヨーゼフが言うように、軽く考えてもいいものだろうか。


 でも、重く考えたって結論も出ないわよね。


 ドロシーが頷いたところで、部屋の扉が控えめにノックされた。顔を見合わせた結果、ヨーゼフではなくドロシーがゆっくりと扉を開く。

 そこに立っていたのは、ベルンハルトだった。


「ベルンハルト様……!」

「領地に帰るので、ご挨拶をと思いまして」

「えっ、もう帰りますの? 今日くらい、ゆっくりしていかれては? 外は暗いし、こんな時間に出かけるのは危険ですわ」

「……ドロシー様。俺は騎士です。夜でも馬に乗って帰れますよ」

「でも、魔物に遭遇したら?」

「倒します」


 平然とした顔でベルンハルトは答えた。

 彼の言葉は事実なのだろう。しかしだからといって、じゃあいいか、とは思えない。


 外はもうかなり暗いし、そもそもベルンハルトは、誕生日パーティーのために屋敷へはるばるきてくれたのだ。


「せめて一晩だけでも、休んでいってください。大丈夫かもしれませんけど、わたくしが心配で眠れなくなってしまいますわ」

「ドロシー様が?」


 聞き返されて初めて、ドロシーは自分が口にした言葉を意識した。

 まるで恋人同士のようだ。


 結婚するんだし、間違ってはいないけど。


「え、ええ。わたくしが、ですわ」


 急に恥ずかしくなってしまったが、今さら後には引けない。ドロシーが力強く言うと、ベルンハルトは困ったような顔で頷いた。


「分かりました。では、お言葉に甘えて、今夜は泊まらせていただきます。明日の朝、ここを出ますね」


 そんなに急がなくてもいいのに、とは思うが、ベルンハルトは早く領地へ戻りたいのだろう。


「ならせめて、朝食を一緒に食べませんか?」


 ドロシーの誘いに、ベルンハルトは目を丸くした。予想外の言葉だったのだろう。


 明日を逃せば、もうしばらくベルンハルト様には会えなくなるもの。

 結婚する相手のことを、少しでも知りたいと思うのは当然よ。


「分かりました。では明日、よろしくお願いいたします」


 そう言って深々と頭を下げると、ベルンハルトは部屋を出ていってしまった。


「なんか……堅苦しい人だね」


 ヨーゼフはちょっと呆れたように呟いたが、ドロシーの鼓動は速くなっていた。


「硬派で素敵だわ!」


 愛想はないかもしれないが、ドロシーへの態度は柔らかかったし、ドロシーを見つめる瞳は優しかった。乙女がときめくには、それで十分なのである。

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