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第49話 大変です!

「奥方様、大変です!」


 慌ただしく部屋に入ってきたアデルが叫ぶ。


「既に屋敷の前に、多くの領民がきてます!」

「えっ!?」


 慌てて時計を確認する。大丈夫だ。まだ、庭を開放する時間にはなっていない。

 今日だけは絶対に寝坊できないから、昨日はちゃんと早く寝たのだ。


「開始はまだよね?」

「はい。ですが、時間に間に合わなくなっては困ると、外で並んでいるんです」

「……まあ」


 あくまでも今日は『領民たちの要望を聞く』だけの日だ。なにかをあげたり、願いを聞いてあげると確約したわけじゃない。

 それなのに、そんなにたくさんの人がきてくれたなんて。


 それだけ、伝えたいことがあるってことよね?


「分かったわ。早めに庭を開けましょう。マンフレートさんも準備はできているかしら?」

「はい。いつでも大丈夫だと言っていました」

「ありがとう」


 深呼吸をし、頭の中を整理する。

 マンフレートに言われている注意事項は二つだ。


 一つ目は、領民に対して横柄な態度をとらないこと。

 二つ目は、要望を聞きつつも、安易に解決を約束しないこと。


 大丈夫。マンフレートさんやアデルさんだけじゃなく、今日はヨーゼフだっているんだもの!





 中庭に行くと、今日のために用意した椅子とテーブルの前に長蛇の列ができていた。

 ドロシーの姿が見えると、領民たちから歓声が上がる。


 わたくしはまだ、何もしていないのに。

 それでもこの機会を設けたってだけで、こんな風に感謝してもらえるのね。


 領主がベルンハルトに変わったことで、以前より安全に暮らせるようになったとは聞いている。

 だが、それ以外の部分に関しては、それほど積極的な改革を行っているわけではないらしい。


 ベルンハルト様は魔法騎士だもの。他の領主に比べて領地を留守にすることが多いわ。

 それに、領地経営についてなんて学んでいないでしょうし。

 だからこそ、わたくしがやるのよ!


「皆さん。今日は、いろんな話を聞けたらと思っていますわ」


 にっこりと微笑んでから椅子に座る。隣に立つマンフレートが、領民たちの要望を紙に書き記しておいてくれることになっている。


「遠慮なく、思っていることを言ってくださいね」





「台車の他にもなにか便利な農具が欲しい!」

「大きな街や村に行ってみたい!」

「農業以外の仕事という選択肢も欲しい!」

「領民全員が使える施設のようなものが欲しい!」

「大きな病院が欲しい!」

「どうにかして収入を増やしたい!」

「若者や子供の数を増やしたい!」


 他にも、領民たちからはおそろしいほどの数の要望が出た。とりあえず全員の要望を笑顔で聞いたものの、それだけでかなり疲れてしまった。


 元々は午前中だけを予定していたにも関わらず、既に空は茜色に染まっている。最後の領民が出ていった瞬間、ドロシーは地面にしゃがみ込んでしまった。


 疲れたわ……!


 傍から見れば、ただ座って人の話を聞いていたようにしか見えないかもしれない。

 しかし、本当に疲れた。今すぐベッドに寝転んだら、おそらく一秒も経たずに睡魔と友達になれるだろう。


「おつかれさまです、奥方様」


 マンフレートがドロシーにそっと手を差し伸べる。その手をとろうとした瞬間、奥方様! と明るい声が聞こえた。

 コリーナだ。

 帰ったと思っていたのだが、走って戻ってきたらしい。


「コリーナ、どうかしたの?」


 無理に笑顔を作り、ゆっくりと立ち上がる。コリーナとはまだ空が青いうちに話をした。

 ちなみにコリーナからの要望は『病院が近くに欲しい』である。

 現在村には医者がいるが、大きな病院はない。風邪程度なら診療してくれるそうだが、大きな怪我や病に対応する術はないようだ。


「これ、お家から持ってきたんです!」


 コリーナが見せてくれたのは、形のいい葡萄だった。一つ一つの実が大きくて美味しそうだ。


「その、とれたばかりで美味しくて、しかも綺麗にできた物なので、奥方様に食べていただけたらと……!」


 コリーナの愛らしい笑顔が、疲れた身体に沁みる。おまけに、コリーナが作ったという葡萄は本当に美味しそうだ。


「ありがとう。ちゃんと料金は支払うわね」

「そんな……大丈夫です、そんなの!」


 コリーナは慌てて首を横に振ったが、さすがにそういうわけにはいかない。

 彼女の暮らしぶりを見れば余裕がないことは明らかだ。この葡萄だって、売ればかなりの額になるだろう。


 ……あれ? でも、こんなに立派な葡萄ができても、あまり儲けは少ないのかしら?


 コリーナが見せてくれた葡萄は本当に立派で、ベルガー家の食卓に並んでも違和感はない。

 これほどの物が作れるのなら、もっといい生活ができてもよさそうなのに。


「ねえ。それ、僕も食べていい?」


 そう言って葡萄を一粒ちぎったのはヨーゼフだ。ヨーゼフの姿を見つけ、コリーナがきらきらと瞳を輝かせる。


「もちろんです、ヨーゼフ様!」


 相変わらず真っ直ぐなコリーナの眼差しを向けられているのに、ヨーゼフはやはり愛想がない。

 照れ隠しだと分かっているドロシーからすれば、可愛くて仕方がない。


「……これ、確かに美味しい」


 葡萄を一粒食べ、ヨーゼフが呟いた。その言葉を聞いて、コリーナが目を輝かせる。


「君、コリーナだっけ?」

「はい!」

「葡萄のお礼に、夕飯に招待してあげる。両親も連れてきていいよ」

「え!?」


 いいんですか!? と驚いたのはコリーナだけではない。

 ドロシーも、まさか弟がこんな提案をするとは思っていなかった。


 素直じゃないけど、コリーナのことが気に入ったのかしら?


「いいでしょ、姉さん」

「ええ」

「ちょっといろいろ、話を聞いてみたいなと思ってね」


 そう言って笑うヨーゼフは本当に楽しそうで、意図は分からないものの、ドロシーもなんだか幸せな気持ちになったのだった。

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