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第47話(マンフレート視点)眩しい

「マンフレートさん!」


 大声で名前を叫ばれたかと思うと、勢いよく扉が開いた。転がり込むようにして部屋に入ってきたのは、ドロシーとヨーゼフの姉弟である。


「ちょっと今、いいかしら!?」


 だめだったらどうするんです? とは聞けない。なにせ、ドロシーは上司であるベルンハルトの妻だ。


「……いいですが」


 せめてもの抵抗で不愛想に返事をし、アデルに軽く頭を下げる。

 シュルツ子爵家の屋敷の一室で、夕食後にアデルへ文字の読み書きを教えていた最中だったのだ。

 彼女は想像よりも飲み込みが早く、書く方はまだまだだとしても、簡単な文章なら読めるようになってきた。


「アデルさんもごめんなさい。でもヨーゼフから話を聞いて、わたくしどうしても、マンフレートさんにお話を聞きたくなってしまって……!」


 興奮気味のドロシーが近寄ってきて、慌ててマンフレートは一歩後ろへ下がった。


 それにしても本当に、子供のような方だ。


 最初はどんな我儘令嬢がくるかと警戒していたが、今は彼女の性格に問題がないことを理解している。

 とはいえドロシーは見た目通り、18という年齢にしてはかなり幼い。

 上流階級の家に生まれ、蝶よ花よと育てられたからだろう。


「マンフレートさんは、ベルンハルト様と付き合いが長いのよね?」

「……ええ。アデルさんほどではありませんけれど」

「分かってるわ。でも、男同士だからこそ知っていることもあるかと思ったの」


 悪い予感がする。しかし、ここで逃げることもできない。


「ベルンハルト様の好みの女性って、やっぱりおとなっぽい、色気のある女の人なの!?」


 大きい瞳に涙をため、必死の形相でドロシーが叫ぶ。

 その後ろで、ヨーゼフが申し訳なさそうな表情をしている。おそらく、彼がなにかドロシーを刺激するような話をしたのだろう。


 これは面倒くさいな……。


「お願い、マンフレートさん! わたくし、ベルンハルト様のことを知りたいの!」


 そう言うと、ドロシーは勢いよく頭を下げた。

 こんな風に平民に頭を下げる貴族なんて他にいるのだろうか。少なくとも、マンフレートは会ったことがない。


 だからこそ厄介だ。

 こういう態度じゃなければ、知らないと冷たく突き放せるというのに。


「奥方様。おそらくそうした事情は、私よりもアデルさんの弟……デトルフさんの方が詳しいですよ」


 二人で妓楼へ行くことも少なくありませんでしたし、とは言わない。

 そんなことを言えば手がつけられないほど面倒くさいことになるだろうから。


「ですがまあ……たぶん、ベルンハルト様はおとなっぽい女性が好み、というわけではないと思いますよ」

「そうなの!?」


 分かりやすくドロシーの瞳が輝く。こういう純粋さと素直さをベルンハルトは愛おしく感じているのではないだろうか。

 たぶんこれは、愛されて育った人間にしかないものだ。


「ええ。過去にそうした女性を相手にしていたことが多いのは、楽だからでしょう」

「……楽?」

「経験の浅い女性を相手にすると、相手を本気にさせてしまう可能性が高いですから」


 過去、ベルンハルトが特定の女性と恋人関係にあった記憶はない。

 よく指名する妓女はいた気もするが、それも思い入れがあってのことではなかったはずだ。


 ベルンハルトは平民出身だが貴族で金があり、顔立ちも整っている。それこそ彼の妻の座を狙う女性は何人か見てきたが、ベルンハルトはいつもろくに相手をしていなかった。


 そんなベルンハルト様がいきなり求婚した相手が、まさかこのような女性とは。


 報告された時の衝撃は未だに忘れられない。しかもあのベルンハルトが、大金をはたいて全てドロシーの希望通りにしろ、なんて言ってきたのだ。


 あの時は、どんな女狐に主人が騙されたのかと思ったが……。

 ベルンハルト様は、女性を見る目は悪くないらしい。


「ご安心ください、奥方様。私から見ても、奥方様は確実に特別扱いをされていますよ」


 しゃがんでドロシーに目線を合わせ、柔らかく微笑んでやる。

 こういうことは柄じゃないが、仕方がない。ベルンハルトの留守中にドロシーがふさぎ込んでしまったら、帰ってきたベルンハルトにきつく叱責されるだろうから。


「マンフレートさん……!」


 分かりやすく喜ぶドロシーを見て、マンフレートは昔のことを思い出した。


 孤児院で暮らしていた頃、次々と年下の子供たちがやってきた。中には、自分の状況を理解できないほど幼い子もいた。

 彼らに、ドロシーは少し似ている。ただドロシーは彼らと違って、幼い時の無邪気さを失っていない。


 思えば私は、彼らにはなにもしてやれなかったな。


 せいぜい、ちょっとした勉強を教えてやったり、食事を少し分けてやることしかできなかった。

 幼かった彼らは今、どこでどう暮らしているのだろう。


 頭を振って、感傷に浸りそうになるのをやめる。過去を振り返る時間があるなら、未来を考えるべきだ。


「ですので今は、留守中、ベルンハルト様の領地を発展させることだけに集中しましょう」

「分かったわ!」

「いい心意気です。上手くいけばベルンハルト様はきっと、女性としてだけでなく、妻として奥方様をより愛するようになるでしょう」


 ベルンハルトがドロシーに領主代理としての活躍を求めているかは知らないが、適当に言っておく。

 それだけでドロシーは、やる気に満ちた表情になった。


「わたくし、頑張りますわ!」


 子どものように真っ直ぐで純粋で眩しい。

 なんだか微笑ましくなって、マンフレートは自然に笑っていた。

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