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第45話 王子様じゃないんですか?

「奥方様!」


 集会が終わると、コリーナが駆け寄ってきた。慌ててコリーナの両親が彼女を追いかけてくるが、かなりゆっくりだ。

 たぶん、走る体力がないのだろう。


「コリーナ! 久しぶりね」

「はい。あの、今日は改めてこの前のお礼を言いたくて、お母さんたちも……!」


 コリーナが話し始めたタイミングで、ようやく両親が追いついた。

 深々と頭を下げ、ドロシーへの感謝を話し始める。


「先日は本当にありがとうございました。奥方様のおかげで、久しぶりに栄養のある物を食べることができ、体調も少しよくなりました」


 そう言ったのはコリーナの父だ。どうやら、先日コリーナに買ってやった食料の礼を言うためにわざわざきてくれたらしい。


「それはよかったわ。それと、この前はわたくしもコリーナに世話になったの。お互い様よ」

「この前?」


 会話に入ってきたのはヨーゼフだ。コリーナの両親が先日の経緯を説明すると、へえ……と目を細める。


 まずい……!

 きっとヨーゼフは、お礼とはいえわたくしがコリーナに食料を買い与えたことをよく思わないはずだわ。


 ヨーゼフの考えも分かる。領民たち全員に施しを与えられるわけじゃない。

 特別扱いするな、と言われれば、返す言葉もない。


「姉さん」


 ドロシーがヨーゼフの小言を覚悟した、その瞬間。


「王子様だ……!」


 焦げ茶色の瞳をきらきらと輝かせ、コリーナがヨーゼフを真っ直ぐ見つめた。予想外の発言に驚いたのか、ヨーゼフが目を丸くする。


「王子様って、僕のこと?」

「は、はい!」


 コリーナは相変わらず年齢のわりに礼儀正しいが、興奮しているのが分かる。日に焼けた肌がほんのりと赤く染まっている様子は可愛らしい。


「……王子様じゃなくて、僕はベルガー侯爵家の跡継ぎだよ。家系図を遡れば王家の血も流れているだろうけど、最近のことじゃない」


 ヨーゼフの言葉にコリーナは首を傾げた。たぶん、理解できなかったのだろう。


「分からない? とにかく、僕は王子様じゃない」

「……王子様は、王子様じゃないんですか?」

「だから、王子様じゃないんだってば」


 コリーナは納得のいっていなさそうな瞳でヨーゼフをじっと見つめている。ヨーゼフに困ったような目で見つめられて、ドロシーはつい笑ってしまった。


「コリーナ。ヨーゼフはわたくしの弟で、王子様ではないの」

「……こんなに格好いいのに、ですか?」


 コリーナの言葉に、ヨーゼフは動揺したのか目を見開いた。

 弟の子供らしい表情に、ついドロシーは楽しくなってしまう。


「ええ。格好いいのに、よ。王子様というのは、国王陛下の息子のことなの」

「陛下の……」

「あまり想像ができないかしら? とにかくヨーゼフは貴族だけど、王子様じゃないのよ」


 ゆっくりと話すと、コリーナはちゃんと頷いてくれた。

 おそらく、裕福そうで見目麗しい貴族の男子は王子様に見えてしまうのだろう。


 それにしてもヨーゼフって、コリーナから見たら格好いいのね……!


 弟ながら、整った容姿をしているとは思っていた。けれど、ヨーゼフを格好いいと思ったことはない。


 やっぱり弟って、可愛いんだもの。

 それにヨーゼフはわたくしと似て、少し幼い顔をしているのよね。


 たぶん、格好いいよりも可愛いと言われて生きてきた人生だろう。


「じゃあ、王子様のことは、なんてお呼びすればいいんです?」

「そうね……普通に、ヨーゼフでいいわよ。ねえ、ヨーゼフ?」

「……僕は構わないけど」


 ヨーゼフが頷くと、コリーナは嬉しそうな顔でヨーゼフ様! とはしゃいだ。彼女の後ろにいる両親が焦ったような顔をしているが、ヨーゼフが気分を害した様子はない。


「ねえ、コリーナ。台車はね、ヨーゼフが買ってくれたの」

「ヨーゼフ様が?」

「そうよ。でしょう、ヨーゼフ」


 ヨーゼフが頷く。慣れない状況のせいか、いつもより愛想がない。


「ありがとうございます、ヨーゼフ様! おかげで、すごく助かります!」


 コリーナは何度も何度も頭を下げ、頭を上げるたびにきらきらとした瞳でヨーゼフを見つめた。

 長い髪を今日は三つ編みにしていて、頭を動かすたびに揺れるのが愛らしい。


 よく見ればコリーナって、可愛い顔立ちをしているわね。


 日に焼けた肌に痩せすぎの身体。一般的に美人とされる容姿とはかけ離れた部分があるものの、顔立ち自体はそれなりに整っている。

 笑うとできるえくぼと両頬のそばかすが印象的だ。


「そういえば、ヨーゼフはしばらくここで生活するの。もしかしたら、またコリーナとも会えるかもしれないわね」

「本当ですか!?」


 コリーナは喜びのあまり飛び上がった。そんなコリーナの手を母親が引っ張り、何度も頭を下げながら立ち去っていく。

 彼女らが見えなくなった後、ドロシーはヨーゼフの顔を覗き込んだ。


「ヨーゼフが王子様、ね」

「……姉さん」

「あら? どうしたのヨーゼフ。顔が赤いわ。風邪かしら?」


 わざとらしく言って、ヨーゼフの額に手を伸ばす。すると、ぴしゃり、と手を払われてしまった。


「からかわないで」


 そう言ってヨーゼフはドロシーを睨みつけたが、全く怖くない。

 なぜなら、ヨーゼフの顔が林檎のように赤くなっているから。

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