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第40話 似た者同士

 紅茶を楽しみながら、領地経営に関する会議が始まった。

 といっても最初の議題はマンフレート自身についてで、ほとんど雑談に近い。


 でも、大事よね。これから一緒にいろんなことをする人のことを、まずは知らなくちゃ。


「私は、王都の貧民街にある孤児院で育ちました」


 マンフレートが開口一番に言ったのがそれで、正直、ドロシーは反応に困ってしまった。

 それが分かっていたのか、ドロシーがなにか言うよりも先にマンフレートは話を続ける。


「生まれた時から親はいませんでしたが、孤児院にいられたのは幸運ですね。きっと私の親が、せめてもの情けをかけて孤児院に入れてくれたのでしょう」


 ドロシーが黙って頷くと、アデルが孤児院について教えてくれた。


「孤児院は身寄りのない子が暮らす場所ですが、受け入れてもらうためには、基本的にお金がいるんです。だから、親がそれすら用意してくれない子は、孤児院にも入れないんですよ」

「そんな……!」


 そんなこと、知らなかった。身寄りのない子たちは皆、無条件で孤児院に入れるのだと思っていた。


 やっぱり、知らないことが多すぎるわ。


「アデルさんの言う通りです。だから貧民街には、孤児院で暮らす子供よりずっと、路上で暮らす子供の方が多いんですよ」

「……路上でって……」

「ええ。奥方様の想像通り、危険です。結局、盗人まがいのことをして生きるしかありませんしね。女性であれば、若くから妓楼で働く子が多いです。妓楼は、幼い少女も保護しますから」


 保護するといっても、結局、妓楼で働かせるためだろう。生活をさせてやる代わりに、労働環境は劣悪に違いない。

 貧民街に足を踏み入れたことのないドロシーにとっては、耳を塞ぎたくなるような話ばかりだ。


「ちなみに奥方様。どうして私の両親が、他の孤児院ではなく、わざわざ貧民街の孤児院に入れたのか分かりますか?」

「えっ? えーっと……受け入れてもらうためのお金が安いから?」

「それもありますが、私の場合、どうやらそうではないようです」


 ふっ、とマンフレートは薄く笑った。饒舌に自身の過去について語ってくれているのは、彼もそれだけ歩み寄ろうとしてくれている証拠だ。


 ちゃんと、真摯に向き合わなきゃ。


「他の孤児院では基本的に、子を預ける場合、身元の分かるものを提示する必要があります。もちろん、子が後々、その情報を知ることだってあるわけです」

「そうなのね」

「はい。ですが、貧民街では不要です。要するに私の親は、絶対に私に会いにきてほしくない。あるいは、私を産んだことをどうしても知られたくないんでしょう」

「……それって……」

「おそらく私は、どこかの貴族か、名の知れた商家の生まれなのでしょうね。そして、不貞の証なのでしょう」


 妻が夫以外の子を身籠る。あってはならないことだが、ドロシーだってそんな話を聞いたことはある。

 夫の長期不在時に妊娠が判明した婦人が、離縁され、実家からも追い出され、他国の修道院に追いやられた、などという話もあった。


「……病気だといって、数ヶ月どこかにこもる。その後生まれた子を貧民街の孤児院に預ければ、出産したことも、不貞の事実も知られずに済むというわけね」

「その通りです。以上が私の生い立ちですよ」


 アデルも、きっとそんなことは知らなかったのだろう。辛そうな表情で俯いてしまった。

 しかしマンフレートの顔からは、悲哀は読み取れない。


 そんなものはとっくに、捨て去ってしまったのかしら。


「そして孤児院で育った私は、独学でいろいろなことを学びました、貴族からの寄付で、本だけはやたらとあったんです」


 いくら本があったとはいえ、その環境できちんと勉強ができる人なんて少ないはずだ。


 マンフレートさんって、すごいわ。


「そして、騎士団の会計係を探しているベルンハルト様に出会ったのです。ベルンハルト様に出会ったことで、私の人生は変わりました」


 ドロシーを見つめ、マンフレートは柔らかく微笑んだ。その顔を見れば、マンフレートのベルンハルトに対する大きな感謝が分かる。


「ベルンハルト様の騎士団は、最初こそ小さな集団でしたが、どんどん大きくなっていきました。にも関わらず、孤児院出身の私をいつまでも雇い続けてくださいました」

「それはマンフレートさんが優秀だからです!」


 我慢しきれなくなったのか、アデルが大声でそう主張した。


「ありがとうございます、アデルさん」

「い、いえ。本当のことを言っただけです」


 そう言ったアデルの頬は赤い。いつもの飄々とした雰囲気と違って、なんだか可愛らしい。


「要するにですね、奥方様」


 すう、とマンフレートが大きく息を吸い込む。


「私はベルンハルト様に感謝していて、ベルンハルト様をこれからも支えていきたいと思っているんです」

「ええ」

「ベルンハルト様を国で一番の魔法騎士にするのが、私の夢なんです」

「……国で一番の魔法騎士、の定義って?」


 ドロシーが尋ねると、マンフレートは困ったような表情で首を傾げた。


 ベルンハルト様とマンフレートさんって、案外、似た者同士なのかもしれないわ。

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