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第33話 2度目のプロポーズ

「まあ……どうして?」

「領主が私財を投げうって領民に施しをすることは、美談にはなるけど正しいとは思わない。特殊な状況なら別だけど、それが当たり前になっちゃだめだ」


 ヨーゼフは真剣な表情で言葉を続けた。

 思わず、ごくり、と唾を飲み込んで弟の話を聞く。


「困っていれば、領主様がなんとかしてくれる。そう思うことは、領民たちにとっても悪いことだよ。一人ひとりのそういう気持ちが、全体の発展を妨げることもある」

「……それは」


 ヨーゼフの言っていることは、なんとなくだけど分かる。

 物乞いに毎日金や食料を渡しても、物乞いが職を見つけ、自立することは稀だろう。誰かが助けてくれるという状況に満足し、努力を放棄する物乞いも多いはずだ。


 きっとヨーゼフは、そういうことを言ってるんだわ。


「だけど、台車があれば、生産性はかなりよくなるだろうね」


 そう言って、ヨーゼフはにっこりと笑った。


「だから、台車は僕からプレゼントしよう。姉さんの結婚祝いとして。どう?」

「えっ?」

「結婚祝いなら、特別なものだ。領民たちも、ずっと誰かが助けてくれるなんて思わない。それに、領民たちはベルガー家にも姉さんにも感謝するだろうね」

「……いいの?」

「いいよ。僕からすれば、たいしたお金じゃないし。いいでしょう、父上?」


 ヨーゼフに声をかけられ、今まで黙っていた父がゆっくりと口を開いた。


「構わないよ。まあ、結婚祝いとして、他のものもいろいろと送るつもりだが」

「ヨーゼフ、お父様……!」


 厳しいことを言っていたヨーゼフだったけれど、彼もコリーナを見てなんとかしてやりたいと思ったに違いない。


 だって、ヨーゼフは優しい子だもの。


「よかったですわね、旦那様! これでみんなも喜んでくれるわ!」


 ああ、と満面の笑みで頷いてくれるに違いない……ドロシーはそう思っていた。

 しかし実際は違った。


「……ああ、そうだな」


 表情を変えずに頷いたベルンハルトは、どこか悔しそうに見えた。





「ベルンハルト様。ヨーゼフからの申し出、あまりよく思わっていませんの?」


 屋敷に戻り、二人きりになってから尋ねる。

 領内を見終わった後、ヨーゼフはすぐに台車の手配を済ませてくれた。数日中に、農家を営む領民たちへ一家に一台、台車が届くそうだ。


「……いえ。そうではありません。とてもありがたい申し出だと思っています。ただでさえ多額の持参金もいただいているのに、結婚祝いのプレゼントまで……」

「でも、ベルンハルト様、あまり嬉しそうじゃありませんわ」

「……分かりますか?」

「だってわたくし、ベルンハルト様の妻ですもの!」


 にっこりと笑って、ベルンハルトの隣に腰を下ろす。


「情けないと思ったんです」

「まあ、なぜ?」

「……ベルガー侯爵家の力を借りなければできないことでした。俺は、ドロシー様を助けたくて結婚を申し込んだのに、助けられてばかりだと」

「そんな……」


 ベルンハルトがこんなことを考えていたなんて、知らなかった。それに、ベルンハルトは自分を情けないと言ったが、ドロシーはそうは思わない。


「助け合うのが夫婦ですわ」

「……妻の実家からの援助に頼る夫など、情けないでしょう」

「そんなことありませんわよ」


 そもそも貴族の結婚は、お互いの家に利があって成り立つものだ。妻の実家が夫に援助しているのも珍しい話じゃない。

 しかも今回は援助ではなく、あくまでも結婚祝いだ。


「情けないです。俺は……ドロシー様にふさわしくない」

「そんなこと、誰が決めましたの!?」


 いきなり大声を出したドロシーにベルンハルトが目を見開く。


「わたくしはそうは思いませんわ。ベルンハルト様は、わたくしよりも周りからの目を気にしますの?」


 ドロシーは大貴族の令嬢で、ベルンハルトは平民上がりの子爵。

 確かに傍から見れば、かなり不釣り合いの結婚に見えるだろう。だが、ドロシーはそうは思わない。


「わたくしはベルンハルト様が大好きなのに、どうしてベルンハルト様はそんなに自信がないの!?」

「……ですが俺は、平民出身で……その中でも、かなり貧しい家の出ですよ。口減らしで捨てられて、親の顔だって覚えてません」

「それがなんですの? わたくしは、今のベルンハルト様の話をしているのに!」


 気持ちが伝わらないことがもどかしい。どうしてこの人は、もっと自分を認めてあげないのだろう。


「ドロシー様……」

「わたくしが大好きになるくらい、ベルンハルト様は素敵な殿方ですわ」


 じっとベルンハルトを見つめる。無言のまま、ベルンハルトはドロシーを見つめ返した。

 沈黙が部屋を満たす。ドロシーがゆっくりとベルンハルトの顔に自分の顔を近づけると、肩をそっと押された。


「……わたくし、キスがしたかったのに」

「だめです」

「どうして?」

「今そんなことをしたら、我慢できなくなる」


 それってどういうことですの!? とドロシーが叫ぶより先に、ベルンハルトが勢いよく立ち上がった。


「ありがとうございます、ドロシー様。そこまで言ってくださるなんて光栄です。それに俺も、覚悟が決まりました」

「……覚悟って?」

「俺は、貴女にふさわしい男になってみせます」

「え?」

「国で一番の魔法騎士になってみせます。その時は、俺と本物の夫婦になってください」

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