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第17話 初めての市場

 コリーナが運んできた葡萄を集荷場で受け渡し、三人は市場にやってきた。

 市場といっても、地面にぼろ布を引いて、その上に商品を並べているだけだが。


「まあ、本当にいろいろあるのね」


 野菜や果物といった食べ物から、使わなくなった衣服や髪飾りまで、ありとあらゆるものが売られている。


「……奥方様、本当になにか買っていかれるのですか?」

「もちろんよ。そうだ。アデルさんもコリーナも、なにか欲しい物があれば言って。今日のお礼に、わたくしが買うわ」


 アデルは恐縮したような顔をし、コリーナは飛び跳ねて喜んだ。コリーナの喜びように驚いていると、慌ててコリーナが頭を下げる。


「す、すいません。図々しいのは分かっているんです。でもその……お言葉に甘えてもいいでしょうか?」

「いいわよ。元々、無理を言って案内を頼んだのはわたくしだもの」


 コリーナ1人であれば、もっと早く集荷場に到着していたはずだ。それに、市場を見ずにすぐに家に帰ることもできた。

 時間を作ってくれたのだから、礼をするのは当たり前のことだ。


「それで、なにか欲しい物でもあるの?」

「や、野菜が欲しいんです。両親に、栄養たっぷりの汁を飲ませてあげたくて。その、普段はほとんど具なんて入っていない物を食べていますから……」


 何か買ってやると言われて、お菓子やおもちゃではなく、両親が食べるための野菜をねだる子供がいるなんて。


 実際にコリーナと話さなければ、わたくしはきっと一生気づけなかったわ。


「どんどん買っていいわ。そうだ、あのお店なんてどう?」


 目に入った店……というか、布の上に野菜を並べている青年に近寄る。立派な体格に日焼けした肌を有していて、健康的な姿だ。

 彼の正面に並べられている野菜は形こそ悪いものの、どれも大きく、瑞々しいように見える。


「コリーナ、どうかしら?」


 ドロシーが青年の前で立ち止まると、青年は慌てて立ち上がり、困惑した顔をアデルへ向けた。


 きっと、こんな格好をしているから目立っているのね。


 青年の戸惑いを理解したドロシーは、にっこりと微笑みかけ、丁寧に挨拶した。


「ここの領主、ベルンハルト様の妻になったドロシーよ。よろしくね」


 ベルンハルトは領民に感謝されているのだ。ドロシーが領民たちに悪い印象を与えて、ベルンハルトの印象まで悪くするわけにはいかない。


「お、奥方様……っ!? ど、どうしてこんなところへ……!」

「野菜が欲しいの。これでどれくらい買えるかしら?」


 ポケットに入っていた金貨を取り出す。適当に握ったら、金貨三枚が手のひらの中にあった。


「ひ……っ! そ、そんな大金、受け取れません! そもそも金貨じゃあ、お釣りだって出せないですよ……!」

「えっ、そうなの?」

「ひ、必要な物があれば差し上げますから!」

「そんなわけにはいかないわ。だってこれは貴方の……」


 大切な商品でしょう、と言うドロシーの声は、馬蹄の轟きにかき消されてしまった。慌てて周囲を見回すと、いつの間にか馬に乗ったベルンハルトがいる。


「まあ、ベルンハルト様!」


 ベルンハルトは騎士団員と共に訓練をすると言っていた。それなのになぜ、こんなところにいるのだろう。

 ドロシーが不思議に思っていると、ベルンハルトが馬を下りた。


「ドロシー様、なぜこのような……お召し物が汚れていますが」


 ベルンハルトは目ざとくドレスの汚れを見つけ、鋭い目線をコリーナへ向けた。怯えたコリーナが、慌ててドロシーの背後に隠れる。


「まさか、この者に汚されたのですか?」

「そんなことないわ。たまたまついてしまったの」

「ですが、ベルガー侯爵様がわざわざ仕立ててくださった一点物でしょう」

「それはそうだけれど……洗えば落ちるわ。それに、こんな服で歩き回ったわたくしが悪いのよ」


 何も考えずに屋敷を出てきてしまったけれど、外を散策するなら着替えるべきだったのだ。ろくに外を歩いたこともないドロシーには思いつかなかったが。


「アデル、お前がついていながら」

「アデルさんは悪くありませんわ。むしろ、わたくしが無理を言って……」


 ドロシーがそう言っても、ベルンハルトはアデルをきつい眼差しで見つめている。


 どうして? わたくしのせいなのに……。


「ドロシー様。外は危ないんです。早く屋敷へ戻りましょう。領内を散策したいなら、馬車を用意しますから」

「……そんな」


 馬車からでも、外の景色は分かる。けれど実際に歩いてみなければ、領民がここでどんな風に暮らしているのか、それを感じとることすらできない気がする。


「まだ、帰りたくないわ。わたくし、ここで買い物がしたいの」

「ここで?」


 ベルンハルトは不思議そうに青年が並べた野菜を見つめると、懐から革袋を取り出し、ドロシーに手渡した。中には、銅貨が大量に入っている。


「では、これで支払ってください。買い物が済んだら、屋敷へ帰ってもらいますよ」


 そう言うと、ベルンハルトは視線をドロシーからアデルへ移した。


「アデル、急いで屋敷に戻って馬車を呼んでこい」

「分かりました」


 アデルが走って去っていく。あまりの速さに、声をかけることすらできなかった。

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