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ソリチュードインテリア  作者: 乳飲み瓜
2/2

私を引き摺り出して


土の声がきこえる。


木の幹の軋む音がきこえる。


流るる河のせせらぎがきこえる。


そよぐ風が私をいざなう。


予感が、する。





摩耗、衰弱、脳裏によぎる言葉の多くは現状の私を指し示すものばかりだ。俯瞰して見れば私などそこらに転がる石ころ同様。

恣、欲望に従い、できることなら好きに生きてみたかった。

いつだかはもう忘れた、時を数える習慣がいつの頃からかなくなったためである。あの時私は、魔王イゾラに封印された。いや、記憶を遡るとそれはイゾラではなかった。代替わりを果たし、当時の魔王であるイゾラに変わった彼女が私を封印した。名は覚えていない。


民は私の存在を憂いた。それは過ぎ去る年月と共に一層に増して、私の耳を突き刺す刃となる。

最も私は本来ならば存在することはなかったが、私やその他の始祖は何も、信条のために創られたわけではない。信仰が薄れたぐらいで衰えるほど、そこまで柔ではないはずだ。しかし私たち始祖にすら、やはり感情というものはある。それが無い時などは一時も存在しなかった。

無ければどれほどよかったことか。

悲しみは私を陥れ、死こそ訪れずともそれに近い孤独と闇を垣間見た。

内側から削られながら、自分の存在意義を唱える。


「嗚呼、偉大なる創造神モルギマアニムよ、私は生まれてくるべきでなかった。」


名を与えてくださったあの時、私は死という概念からシーヴォ・カシエラとなった。認められた、と思った。

何もわからずに生まれ、芽生えたその時から此の世の存在を瞬時に理解する。天命を与えられ、私はれっきとした一体の始祖となった。

ひとえに純粋で、神が認めてくださった自身を持ってして、これから神に代わって創造する世界を素晴らしいものにするつもりでいた。


記憶だ、懐かしいかつての。

澄ませば音がきこえ、匂えば香りを感じ、目を瞑れば夢をみる。媒体は人間と差して変わらぬ見た目、機能をしている。毎度みるのは煌びやかで精神の潤っていた、過去のいたいけな日々である。

あの頃と打って変わり、此の世に生きとし生ける万物は私を殺したくてたまらない。


土の声が、木の幹の軋む音が、河のせせらぎが、そよぐ風が、私にことを告げる。


もう私は永久に目覚めることはない。今後も生き地獄であることに変わりはない。そう思っていた私を覆す何かを、告げられている。

解ける、予感がする。





「ルク先輩。先日借りた書物、お返し致します。」


ああ、と微かに声をあげ、男生徒は古びた魔導書を受け取った。

名門ハウラロ魔術学院は実力制であり、生徒は定期的に行われる魔術実践試験、そして座学試験の結果によって階級が決まる。身分や生い立ちに関係はない。

オーフェミルゲーラにある小さな村で生まれ育ったルク・レノムドは、全13階級あるハウラロ魔術学院の一級生、最も優秀とされる生徒の一人だった。

ゲールミルッツィオ、彼が住む村の名前である。(ゲールとは村のことだ。)自然豊かで活気あふれる小さな村、ミルッツィオはある日突然賊に襲われ、焼け野原と化す。大勢の村人が殺された中ルク・レノムドは、偶然通りかかった魔術の天才、ドルーセンにより一命を取り留める。そして身寄りの無い彼を弟子にとったドルーセンは、幼い彼に魔術の基礎を叩き込んだ。


「今回の試験、自信のほどはどうだ。」


一方で彼の後輩、フィアスタ・メイヅも優秀な生徒だ。二年前に学院に入学したばかりにも関わらず、既に五級生まで上り詰めた実力者である。


「自信は…………あ、あまり…」


「前も、その前も、またその前も、君は同じことを言っていた。その割には毎度の如く昇級しているように思う。さては嫌味か。」


じっ、と周りの視線が彼女に向かって一斉に集まる。

慌てながら髪をくるくるといじり、そして静かに照れて口をつぐむ。緊張すると髪をいじるのがフィアスタの癖だと知っているルクは、黙って彼女の様子を眺めていた。


「…嫌味、などではなく……」


俯いて、彼女は続ける。


「今回私の受ける昇級試験は…、魔竜の討伐ですよね。私では到底及ばないかもしれないと思うと、…不安でたまらないのです。」


胎児の頃より優雅と気品と金と宝石と、そんな感じのものに溢れる裕福な生活を送ってきたフィアスタ・メイズは平たくいうところのお嬢様とやらだ。貴族家に生まれた者は必ず、当たり前の教養として魔法や魔術を学ぶ必要がある。貴族である以上は美しく、華やかで、それでいて優秀な魔術師にならなければならない。フィアスタ・メイズはそのような精神的重圧にも屈さず、今日この日まで完璧なお貴族様であり続けた。

失敗は許されない、彼女はこの国を代表する貴族の顔、メイズ家の令嬢だから。

そんな彼女は、実は意外と自己肯定感が低い。


「一概に魔竜と言うが、今回君が討伐するのは名もないただの大蛇だ。安心するといい、魔竜はネームド以外ならば対して魔力も知能も持ち合わせていない。そして君はやれる人間だ。」


毎度恒例、彼女の肯定感を(一時的に)高める役割を担当しているのがフィアスタ直属の先輩、言うなれば師匠のルクの役割だ。


「ほ、本当にそうでしょうか…?私は今度も死なずにまたここへと、我が学舎に帰すことが叶うのでしょうか…?」


「ああ、もういいだろう。惜しみなく全力を出し切って来い。」


にこやかに笑みを浮かべ、彼女は足を踏み出す。向かうはオーフェサパトゥンとオーフェアニムの国境。サパトゥンとアニムを二つの国として分けるようにある大きな泉、カロラエバ泉に住み着いた魔竜を討伐するべくして彼女たちは学院を後にするのであった。

(※魔竜は学院の教師たちが魔術によって召喚したもので、危険なことが起こらないよう徹底的に調教されている。そのことを告げられるのは試験終了の直後だ。未知のものを常に警戒し、今自分たちにできる最善を尽くす。そういった経験を養うための試験である。)

もちろんだが試験を受けるのはフィアスタだけではない。五級生から四級生への昇級を希望する生徒との力を合わせた共闘試験。

フィアスタが今回の試験について不安を感じる原因は複数あり、そのうちの一つが[この試験は共闘試験であるという事実]だった。


彼女は魔術を扱って此の方ルク以外との共闘経験がない。強調生に欠ける彼女は、初めてのルクとの共闘では自ら杖を誤作動によって破壊させ、四方八方に飛び散った魔石(彼女の杖に嵌め込まれていた)の魔素のせいで、対峙していた魔物を驚かせ、逃した。これもまた誤作動によって彼女は上空50メートルまで急激に浮上して落下、挙句庇ったルクの制服をこちらもまた誤作動した魔術で盛大に濡らしてしまった。


「大丈夫…私はできます。…やれる子です!!」


それからもう二年経つが、あの時のルクの顔が忘れられないらしい。





「口うるさいほど褒めているつもりだが、最早伝わっていないのか。あれはあれが思っている以上に優秀なのだが。」


ルク・レノムドは嘆いた。一日3度以上は必ずフィアスタのどこかしらを褒めると決めていた彼は、てっきり彼女の自信向上に貢献できていると思っていたからだ。


朝、挨拶と同時に髪を褒める。

「”気が引き締まっている証だ。その域で今後とも精進するように”」。

昼には勉学を教えつつ、新しく吸収すればその都度「君は飲み込みがとても早い」などと褒める。夜、別れと共に明日を期待し、そして一日の功績を数分間ひたすら挙げていく。


「褒め方がいけない、……?」


ぶつぶつと呟きながら学院の廊下を歩く。昇級試験ため、本日学院は休校。おかげか学院内に生徒の陰はほとんどなく、普段なら勉強しにやって来る生徒が多くいる図書室もがら空き状態。彼は昇級試験の実施期間を狙って図書室に行き、一人で静かに本を読むのが好きだった。二年前からはそこにフィアスタも加わり、彼女の昇級試験を支えるべく試験3日前からは図書室に籠るのだ。


ふと、角を曲がった先にある図書室から物音が聞こえる。肌が知らない魔素を感じとり、ルクは瞬時にこれは魔族のものだと判断した。

音を立てぬようひっそりと図書室を覗き込み、目を凝らす。そこにいたのは見た目からして幻獣と呼ばれる類の、比較的小さな魔族だった。


「これは違う、これも違うの、これも、これも違う」


背に生えている体に反して巨大な手が、何かを探してゴソゴソと本棚をあさっている。

頭部は大きな魔石でできており、感覚器官は目では観測できない。体は人間の少女のような体型をしている。


「あった、これ」


古い本を懐に窓を目掛けて飛び立とうとしたところを狙い、ルクの施した術によって魔族は捕らえられた。

始めは抵抗していたが暫くして諦めたようで、プランと気力を無くして宙吊りになっている。


「お前、言葉を話していたな。それなりの知能があるならば、答えた方が賢明だとわかっているだろう。何が目的だ。」


ピクリとも動かず、干されたボロ雑巾のような状態のまま静かに口を開いた。


「この本」


ルクは目線を魔族の下に移し、転がった魔導書を手に取った。被った埃を袖で拭う。封印の解除技法が書き記された書物だ。こんな本までもが一般人の手に入る場所にあることを驚きつつ、ページをめくろうとしたルクの指に微かな電撃が流れた。


「オマエでは開かないよ、それはボクの本だから」


「お前の本…?………これで何をするつもりだ?」


ピクリとも動かず、また干されたボロ雑巾のような状態のまま静かに口を開いた。


「シ…、…第五始祖の、封印を解く」


「解いてどうする?お前たち魔族には一才恩恵はないぞ。」


現魔王により、魔族と人間の間には形のみではあるが親睦の印が刻まれた。今や人間の敵は、かつて崇められた二つの欠けた始祖のみ。オーフェアニムの国王陛下は魔族と和解することで彼らを味方につけ、総勢力を挙げて二つの始祖を撲滅するつもりでいる。


「第五始祖が完全に封印されればいずれ、魔王以外の全ての命が潰える」


「なぜ?」


「魔王が全てを消し去るからだ、この世の根源から全てを」


目に映っているのは吊るされたままの情けない魔族だが、心なしか凄まじいプレッシャーを感じる。


「魔王ヲォールマは世界を新しく作り替えるつもり」


「…何のために?」


「彼女がそうしたいと思ったから」


魔王ヲォールマが永久の命を手に入れれば、滅びることのない魔族の時代が始まる。魔族を最強の生命体にして頂点に君臨するのが目論みではなかったのかと、ルクは顎に指を当てた。


「魔族同士よろしくやっていくつもりはないのか。」


「人間だって内輪揉めで戦争ばかりしているくせに、…ボクはただ今のこの世界が十分過ぎるくらいに性に合ってるから、ちょっと手放したくないってだけ」


顔と呼べそうなものをこちらへ向け、再び静かになった。暫くお互いが黙りこくった後、先程まで身動きすらしなかった大人しい足で地を蹴り、弧を描いて魔族特有の大きな翼をそれは広げた。


「…そのうちボクも封じられそうだし」


吐き捨てるように何かを口にした瞬間、瞬きの合間に魔族は消えた。古びた本と共に。

散った羽根々は数秒も経てば塵となり、床を汚したままそこに魔族のいた証拠としてこびりついた。見回りで徘徊していた魔術教師に痕跡が見つかったルクは、事情聴取の名目で奥室へと連れて行かれる。もう読書どころではなくなってしまった。

ルクにとって気がかりとなったのは、「”ボクの本”」。


「今のは魔獣か、はたまた…」



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