第七話 アルカイドとの日々の記憶
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「おー、絵に描いたような、いじめられようだな」
びしょ濡れになり、土の上にへたり込んでいる私に声がかかる。声の主はアルカイドだった。
楽しそうににやにやしていて、笑い方が悪役そのものだ。銀髪に綺麗な顔立ちの彼は外見だけならどちらかというと天使のような風貌だと言うのに、性格や作られる表情はさすが悪魔と言うべきか。
彼は私の髪を手に取り、切られたか。揃えてやろうか?と聞いてきた。
「お願いします!って言いたいところだけど、絶対もっと変な髪型にするでしょ?」
「なんだよ…、ルシアは俺にだけ失礼だよな。せっかく似合う髪型にしてやろうってんのに」
「どんなのが似合うと思うの?」
「丸坊主」
「……、もー、ちょっと、ほんのちょっとだけ期待したのに!」
「本当に似合うと思ってるけど?あと、そうだな、ついでに化粧ととかこれなんかどうだ?」
私と一緒に濡れてしまった土を指で掬い、その泥を私の頬になすりつけ、楽しそうだ。私は傷口に泥が染みたので、少し顔を顰めた。
「おー、似合う似合う。やっと、人に見せられる顔になったじゃん」
「えー、泥だらけの顔見せたくないよ?」
そう答えると、彼は呆れたような顔になった。
「……なー、お前はさ。もっとこう、なんかないわけ?」
「なんかって?」
「絶望したり、俺やギルベルトのこと恨んだり、村人たちを憎んだり」
「えー、ないよー」
「なんで?」
「そもそも、わたしね、不幸になんてなってないよ?」
「はぁ…?俺が取り憑いて呪ってるのに、そんなわけないだろ。」
「確かに、悲しいこともたくさんだし、大変だと思うことも多いけど。ギルベルトさんの病気が治ったんだよ!」
「…そのギルベルトは、お前のこと忘れた上に、別の女と結婚。その上、お前はその女にお前はいじめられ、あろうことか、そいつはギルベルトにお前からいじめていると言った。そして、ギルベルトに厭われてるじゃないか。」
「忘れちゃったことは悲しいけど、それでよかったんだと思う。覚えていたら、今の状況に心配かけちゃうと思うし…
結婚はそれでギルベルトさんが幸せなら、嬉しいと思うよ!
…その後のことは気にしてないよ。呪いのせいなんでしょ?むしろ、ちょっと申し訳なくなってくるよ。本来の意思関係なく嫌いになっちゃってるんなよね?」
「……お前が、何を勘違いしてるかわからないけど、嫌いになるのは、そいつの本質だよ」
「本質…?」
「俺らを悪魔だなんだいうが、人間の本質こそ、悪そのものじゃないか。自分のために他人を陥れ、異端者がいると排除しようとし、平気で人を殺そうとする」
「えー、そんなことないよ?世の中には、いい人もたくさんいるよ!」
「…そんなことばっか言ってると、いつか足元掬われるからな」
「あっ、いい人ばかりじゃなくていい悪魔もたくさんいるかもね!現にアルカイドがそうでしょ?」
「はぁ…?何言ってんだ?」
「えっ、だってさっき心配してくれたじゃん!優しいよ!」
「心配なんかしてねーよ、バカじゃねーの?」
「えー、でも優しいのは変わらないよ!
だって、私の願いを叶えてくれたもの!」
「それは、親切でやったわけじゃないからな。お前と契約するために必要な過程だったからだ」
「それでもいいの!結果的に大助かりなんだから!」
「…、今はそうかもしれないけど、いくらお前でも俺と契約したことを後悔する時は来るよ。どうなっても16歳になったら、自分の不幸に絶望しながら、死ぬ運命なんだから。」
「あっ、じゃあ、勝負しよ!
私が16歳になった時、幸せだったと言いながら死ねたら私の勝ち、不幸に絶望してたら、アルカイドの勝ちね!それで、私が勝ったら、アルカイドはいい悪魔だって証明になるかな?」
「お前が勝つことは絶対ないし、100万歩譲ってお前が勝ったとしても証明できるのは、
お前の変人さだけだ」
「えぇー、じゃあどうすればいいの?」
「おとなしく不幸になればいい」
「…アルカイドが頑張って私に勝つしかないね!私も負けるつもりはないよ〜」
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それから少しして、私はとうとう親に家を追い出されてしまい、旅をすることになった。もちろん、私に憑いているアルカイドは付いてきた。
一文なしで、村を出て、食料が目先の問題となる。運が良ければ、仕事をもらえることがあった。とは言っても、一日中働いてもらえるのは固いパン一つだったりしたが。
「ルシアはバカなの?いや、バカだね。大バカだ」
「えー、そんなばかばか言わないでよー、」
「これがバカじゃなかったら、なんだって言うんだ。気狂いか?」
「もぉ、お口が悪いよ?」
「誰のせいだ」
「強いて言うなら、話しているアルカイド?」
無言で睨まれてしまった。
事の発端は、2日ぶりの食料を他の人に譲った事だった。前までの彼は、私の状況が悪くなればなるほど、面白そうにしていたが、最近はなぜか怒りが混ざってきているように感じる。別に譲った食料は、私のもので、アルカイドが困るわけでもないのに…と不思議に思っている。
「ずいぶんと口が達者になったじゃないか」
「えへへ」
「褒めてない」
そこで、ぐぅー、とお腹が鳴った。
「はぁ……、人を気遣う前に、自分の腹をどうにかしろよ」
と、言われてもどうしようもない。こら、静かにっ!と自分のお腹に向かって怒ってみた。
すると、むにっ、と頬をつねられる。これは、最近のアルカイドの癖だ。何考えているかよくわからないが少し怖い顔をして、むにむにしてくる。
「…ありゅ、はにゃ、して」
「はぁ………、こんなやつどこがいいんだか」
「…にゃんの、はにゃし?」
「いや、こっちの話」
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最近、アルカイドの様子が変だ。前までも時々様子がおかしかったが、今は時々ではなくずっとおかしい。特に変わったのは、目に見えて優しくなったことだ。いや、元から根は優しいと感じていたが前は意地の悪さがその上にコーティングされていた気がする。
「ルシア、疲れてない?」
「えっ、全然だよ!」
「そうか。でも、お腹すいただろ?そろそろお昼にしよう。何か、探してくるから待ってろ」
「えっ、探してくれるの?あっ、私も行くよ!」
「別にいい。朝からずっと歩きっぱなしなんだから休んでな」
そう言うと、どこかへ行ってしまった。
この通り、口調も態度も、彼と契約した2年ほど前とは打って変わってしまっている。
もはや別人だ。
この前なんか強盗に襲われた時に助けてくれた。以前なら、私が人攫いに捕まった際も、お店のものを盗ったと冤罪にかけられた際も笑って見てるのが普通で、それどころか、わざと私が不利になるような発言をして楽しそうにしていたのに。
私を不幸にしようとするのはもういいのだろうか。なぜか今はトラブルが起こる前に彼が解決してしまっている気がする。
しばらくすると、いくつかの木の実を持って帰ってきた。
「これなら、食べれるんじゃない?」
それらを私に渡してくる。
「ありがとう!でも、本当にもらっていいの?」
「そのために採ってきたんだから、もらってくれない方が困る」
「じゃあ、ありがたくいただくね!」
もらった食べ物を食べながら再び考える。もしや、本当にいつのまにか、別人に代わってしまっているのだろうか。
「ずいぶん、変な顔してるけど。睨めっこでもするつもり?」
「変な顔してないよ!ちょっと考え事してただけ」
「ふぅん。何考えてたの?」
「えっと、アルカイドが別人と入れ替わってないかなって」
「はぁ…?何ばかなこと言ってんの?」
あっ、この反応は、アルカイドだ!別人にはなってないかもしれない。
「あっでも、勘違いだったってわかった!今!」
「へえー。相変わらず、ルシアのことはよくわかんないや」
「また、変だって言うの?」
「ん?いや、そこが可愛いと思うけど」
思わず、木の実を落としてしまった。
「へっ、か、か、可愛い…?」
一体、何事だ。
アルカイドは可愛いと思う感情なんて持っていたのだろうか。いや、流石に失礼か…、で、でも。それを私に言うなんて…
アルカイドのおでこを触れてみる。熱は…ないと思う。いや、悪魔の平熱は人と違うかもしれないけど…
「アルカイド…!もしかして、具合悪いんじゃない?それとも変なもの食べた…?病院行こ!病院!!人間の病院じゃ効果ない?どこ行けばいいの…?まさか、手遅れなんてことはないよね!?今まで気づかなくてごめんなさい…、どうしよう……、死んじゃわないよね…?そんなのいやだ、」
「はぁ?ちょっ、落ち着けって。俺、別に具合悪くないけど」
「じゃあ、どうしたの?悩みがあるなら、相談乗るよ?解決できるかはわからないけど…」
「……。いや、いい。」
「いまなんか考えた?悩みあるの?」
「ないよ」
「嘘だぁ!絶対今、嘘ついた!
…言いたくないなら、聞き出しはしないけど。無理はしないでよ」
「はいはい」
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そして、再び、場面は切り替わった。
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「あ、る…、なか、ないで」
私を抱えているアルカイドからとめどなく溢れる涙を拭おうと、手を伸ばす。
「……っ、いやだ、置いていくなよ」
「……もー、すこ、し、よろ、こんで。もともと、これが、もく、てき」
「っ、いやだ嫌だ嫌だ嫌だっ!俺は、お前に死んで欲しいない!!!お前だって、一緒に生きるって、約束してくれただろ!…俺のこと、愛してるって言ってくれただろ!!!」
「……ごめん、なさい。でも、ある、に、しんで、ほしくない、」
もう、私に残された時間はないだろう。痛む傷口から溢れる血は止まることを知らない。
……でも、ほんとは、死にたくなんてなかったなぁ。不意によぎってしまう。
これから先もずっと、アルと、過ごしてみたかった。
笑い合って、ふざけ合って、たまに喧嘩して。何気なくとも幸せな毎日を。
迷惑はたくさん、かけてしまうけど。アルはなんだかんだ許してくれるだろう。
不意打ちでキスやハグをしてみたら、どうだったんだろう。
呆れるだろうか、怒られてしまうだろうか、それとも照れるのかな。けど、喜んでくれると、いいな。
そうだ、今してみようか。きっと、これが最初で最後のチャンスだ。アルを引っ張り、唇を奪った。
「……、えへ、へ…。奪っ、ちゃった。」
目を見開き、固まって入るアルに続けて、言った。
「…ごめん、ね。…あい、してるよ、アル」
それと、今まで、ありがとう。アルと過ごせて幸せだったよ。
そう伝え終わると一層、アルの表情は、悲痛の色が強くなっていく。
その表情に、刺されたあとより、何よりも、胸がズキズキと痛んだ。
そんな顔させたかったんじゃないのに…
だんだん、意識が遠のいていく。
ーー、最後に見えた光景。その視界の隅では、私を刺したギルベルトさんが歪な笑みを浮かべていた。