第六話 絶体絶命!?一筋縄では行かないお父様とのディナー(4)
いよいよ、今日はお父さんとのディナーの日になった。
3日前。お父さんに会いに行った後で部屋に戻ると、先に戻ってきていたヴェルクスとお兄ちゃんが、私がいないことに慌てていた。お兄ちゃんは、部屋に閉じ込められていたことなど、とても心配してくれて、メイドたちにはきつく言い聞かせておくと言っていた。ヴェルクスには、お父さんと会っていたことについて、黙っていなくなったら心配する、と注意された。
そして、拍子抜けするほどあっさりと、数人のメイドたちはいなくなり、残りのメイドたちには謝られた。その後はたまに睨まれていることはあったが、何かされることはなかった。
しかし、こんなに簡単に行くものなのか?少しだけもやもやしながらも、ディナーの準備を始める。
そして、10分前くらいに、部屋をノックした。
すると、静かにドアが開く。席にはすでにお父さんもお兄ちゃんたちも座っていた。早く着きすぎるのはどうかと思ったが、もっと早く行くべきだったのかもしれない。
「こんばんは…!
今回は素敵なディナーにご招待くださり、ありがとうございます!」
ドレスの裾を軽くつまみ、ぺこりとお辞儀をした。
お父さんがそれに「ああ。」と短く答えると控えていた執事に席へ案内なれた。
途中でアルブレヒトお兄ちゃんが軽く手を振ってくれたが、他の人たちの反応が薄く緊張が走る。
私がちょこんと椅子に座るとみんなはご飯を食べ始めた。
マナーに気をつけながら、いただきます!と言い、私もフォークを手に取った。
しかし、一口食べて、思わず、フォークを落としそうになってしまう。
失礼なのはわかる。わかっているけど、心の中では思わせてほしい。まっっっっずい。びっくりするほど美味しくなかった。
お兄ちゃんやお父さんを見ると、普通に食べていた。特にアルブレヒトお兄ちゃんは、美味しそうに食べてるように見える。お父さんとエドヴァルトお兄ちゃんは、ほぼ無表情なので心の中はわからないが、変な様子ではなかった。
私の味覚が変なのかなぁ?この料理を普通に食べているみんなに内心驚きながら、顔に出ないように気をつける。
「えへへっ、おいしー」
顔に出ないようにするためには、笑顔を作るのが一番慣れた方法だった。
「そうか、美味いか」
「はい!お父様。」
「…たくさん食べるといい」
「ありがとうございます…!」
にこにこ食事をしながら、心の中でうー、やっぱりお口に合わないよー、と嘆く。
しかし、残すなんてもってのほかだ。笑顔で美味しそうに食べ切るため、自分をふるいたたせる。
そう、これは孤児として生きていた頃。残飯を食べれればいい方で、虫やカエル、終いにはお腹を満たすため土を口に含んでいたことを思い出す。
そうよ、ルシア!食べれるありがたみを忘れてはダメよ!それに、残すことを考えるなんて、作ってくれた人にも、ご飯を満足に食べることができない人たちにも失礼よ!
そもそも口に合わないと思っているのがダメなのかも知れない。これは美味しい、これは美味しいと暗示をかけて、咀嚼する。
「ねえ、ルシア。今度街に行ってみない?」
「街にですか?行ってみたいです!」
食べ進めていると、アルブレヒトお兄ちゃんが、そう声をかけてくれた。
「よかった、じゃあ一緒に行こう。あと、この前みたいに普通に話してよ。そんなに固くならなくて大丈夫だよ」
お父さんやエドヴァルトお兄ちゃん、多くの使用人がそばにいる中、砕けて話すのは良くないのかなと思った。なので、敬語を使ったが、やはりいきなり敬語に変わったら不自然だったみたい。
「ありがとう…!アルブレヒトお兄ちゃんと一緒にお出かけできるの楽しみにしてるね!」
そう言い終わると、お父さんとエドヴァルトお兄ちゃんがこちらをじーっとみてることに気づいた。や、やっぱりこの話し方はまずかったのだろうか。
戻そうかとも考えたが、アルブレヒトお兄ちゃん本人がいいと言ったから、このままにすることにした。お父さんとエドヴァルトお兄ちゃんには、引き続き敬語で話すし、アルブレヒトお兄ちゃんに敬語を使わなかったから死刑、という理不尽も流石にないだろう。
「行きたいところある…?やっぱり女の子だから、アクセサリーとかが好きなのかな?あんまり高いものは無理だけど、俺が買える範囲でならなんでも買ってあげるよ!」
「えっ!で、でも、私返せるものないし、」
「そんなこと気にしないでよ。気を遣わないで、お兄ちゃんに甘えて欲しいな」
実は欲しいものはある。しかし、ねだってもいいのだろうか。あと、お父さんとエドヴァルトお兄ちゃんがずっと無言でこっちを見ていて、少し怖い。何か、気に触ることでもしちゃったのだろうか。敬語か、敬語を使わなかったのがそんなにダメだったのでしょうか?
「うーん、やっぱり遠慮しちゃうかな?じゃあ、代わりに一つお願い聞いてもらってもいい?ルシアにしか頼めないことなんだけど」
「えっ!なになに?なんでも聞くよ!」
「じゃあ、お兄ちゃん大好き!って言って欲しいな」
「えっ、」
お兄ちゃん大好きを言うのはいい。本当にお兄ちゃんのことは大好きだから。でも、この場面で言うと何かを買って欲しさに言っているように聞こえてしまう気がした。
しかし、私の戸惑った反応を見て、お兄ちゃんは落ち込んでしまったようだった。
「…‥もしかして、言いたくない?…言いたくないほど嫌だった?」
「待って!お兄ちゃん!私、アルブレヒトお兄ちゃんのこと大好きだよ!優しいし、かっこいいし、お話しててとっても楽しい!嫌なわけないよ!
でも、お願いは他のがいいな、他にルシアができることないかな?」
お兄ちゃんは、少し固まってから、「………可愛い、思う存分撫で回したい……」と呟いた。
「いいよ!でも、それじゃあ、私が嬉しいから、お願いじゃなくて、私へのご褒美みたいだね?」
そう答えると、また、固まってしまった。なぜか、他の人たちも食事の手を止めてこちらを凝視してるので、ますます怖い。
お兄ちゃんとの会話をしながら、食事の3分の2程度は食べ終わっていた。
後、残り少し。お兄ちゃんがいてくれてほんとによかった。
しかし、なんとなく頭が痛くなってきているようにも感じる。身体に影響が出るほど口に合わないのだろうか。いや、多分、頭痛は気のせいかも。でも、早く食べ終わって、部屋に戻った方がいいかもしれない。
会話が切れてしまい、みんなに凝視されている状況だが、食事を再開することにした。
少しすると、また、会話が始まった。
「あ、それでルシアは何が欲しいの?」
「あのね、ちっちゃい剣…!」
「剣…?剣術に興味あるの?」
「うん!」
剣術自体に興味があるのも間違いじゃない。今は比較的平和に過ごせているが、何があった時のため、剣の腕を鍛えておくことが大切だと思う。
すると、ずっと黙って会話を聞いていたお父さんが口を開いた。
「剣は買わなくていい。なんか買うなら、アクセサリーか洋服でも買ってやれ」
この前の反応を思い返すと、お父さんは剣を持つことに何も言わないと思っていた。むしろ、剣捌きを誉めてくれたし、肯定的なのかなとさえ思ったのだが、ダメだったみたいだ。
「…あ、あの、なんで、だめなのでしょうか?」
「アルブレヒトがお前に買う必要がないからだ」
…理由が、よくわからなかった。でも、どこで逆鱗に触れてしまうのかもわからないので、あまり深く聞かない方がいいかもしれないと思う。
「わかりました!
アルブレヒトお兄ちゃん!アクセサリーも欲しいのあったの!お兄ちゃんとお目目と一緒の赤色のネックレス!」
「わかった、じゃあ一緒にいくつか見に行こうか」
お兄ちゃんは、そう答えるとお父さんの方を向いた。
「ルシアに剣術の先生をつけるのはどうでしょうか?」
「……、ああ、手配しよう」
まさか、先生に教えてもらえることになるとは思わなかった。一人で鍛えるよりも、先生に見てもらえる方が上達が早いだろう。
「……!ほんとですか!?」
「嬉しいか?」
「はい、とっても!ありがとうございます!」
「そうか」
これ以降はお父さんは特に口を開くことがなく、主にアルブレヒトお兄ちゃんと会話しながら、時間は経っていった。
食べ終わるのは私が一番最後で、デザートを食べ終わり、解散の雰囲気になった。
「あ、あの。お手紙書いてみたので、読んでくださったら嬉しいです!」
そう言って、私は席を立ち、まず、お父さんに渡した。
「……………………」
黙って見つめられ、馴れ馴れしくて良くなかったかな、と不安になった。
ご飯に誘ってくれたことがとっても嬉しく、お礼をしたいと思ったのだ。しかし、私にできることは少ない。そこで手紙と絵を描き、押し花でしおりを作って、封筒に入れてみた。
しかし、とてつもない無表情+無言の反応に、内心、冷や汗が溢れる。
「…あ、迷惑でしたら、受け取ってくださらなくても、大丈夫です…余計なことしてしまい申し訳ありません」
と言い終わると、手紙がすっと手元から抜き取られた。
「いや、もらおう」
よ、よかったぁ、受け取ってもらえたと思いながら、次はアルブレヒトお兄ちゃんの元に向かった。
「お兄ちゃんも!はい、どうぞ!!」
渡そうとすると、そのまま抱き抱えられてしまった。
「ありがとう、ルシア!大切にするよ、あっ、そうだ額縁に入れて飾っとくね!」
「お兄ちゃんに喜んでもらえて嬉しい〜」
その後、しばらく、かわいい!どう撫で回されてから、降ろされた。
最後に、今まで一言も会話がなかったエドヴァルトお兄ちゃんの元へ行く。
「あの、エドヴァルトお兄様もよかったら、受け取ってくださると嬉しいです!」
「えっ…僕にもくれるのか?」
「はい!」
「……ありがとう」
そうこうしながら、ディナーはいい雰囲気で終われたと思う。
しかし、その後、私は自分の足で自室に戻ることは叶わなかった。
ーーー
「っ、!」
食事中もなんとなく感じていたがその頭痛が立っていられないほどの強さとなり、頭を抱えしゃがみ込む。ガンガンと、鳴り響き、目の前は徐々に霞んでゆく。
身体の中から、何か込み上げてくる気がして、思わず口を押さえた。ごほんごほん、と咳をした際に、手についたのは、血だった。びっくりする間も無く、身体が限界に達したのか、意識が遠くなった。