第五話 絶体絶命!?一筋縄では行かないお父様とのディナー(3)
私の名前を呼んだのは、金色の髪にルビーのような瞳を持った青年だった。
「君は、ルシアだよね…?」
こくん、と頷く。
青年は数秒固まり、勢い良く私を持ち上げた。
そして、片手で私を抱えると、もう片方の手で私の手をとって、え?こんなに手ちっちゃいの?かわいいと言ったり、それが終わると、私のほほを触り、柔らかい…!かわいいと言ったり、満足したのか、今度は頭を撫で、ゆるふわしてる…!髪までかわいいと言ったりしている。
当の私と言ったら、大混乱を極めている。
えっ、あの…?えっと、のようなことしか言いてないが、青年はその声を聞いて、しゃべった!?かわいいとつぶやいている。
信じられない反応に、不安がよぎる。こんなに反応されたのは、生まれて初めてどころか、転生前のいくつもの人生をあわせても初めてである。
むしろ、その人生を経験したからこそ、目の前の青年の違和感が際立っている。
なんでこんなに好感度が高いの…?
呪いを受けてから、私に対する初対面時の好感度は、ほとんどマイナスよくてゼロもしくは、興味なしレベルだった。ヴェルクスのように、後から仲良くなれることもあったが、初対面でこれは…。
ちなみに、ヴェルクスには、お父さんが去ったあと、声かけたが返事がもらえず、半ば強引に世話を焼き、なんとなく一緒に過ごすようになり、仲良くなったという経緯があるので、初対面で好感度が高かったわけでもない。
アルカイドが私にかけた呪いは、嫌われる呪いではなく、不幸になる呪いなので、好かれることがあってもおかしくはないのかもしれないが…、
「ルシアが怖がってる、降ろして」
考え込んでいると、ヴェルクスが青年に声を掛けた。
「ん?君は誰かな?」
「ヴェルクス。それより、あんたこそ誰?」
「ああ。自己紹介がまだだったね。アルブレヒト・シュバルヴォルフ、ルシアの兄だよ」
「…お兄ちゃん?」とつぶやいてはっとする。この前お父さんと呼んでしまったが、その後、メイドたちにお父様と呼ぶように注意されたんだった。急いで首を振り、「お兄様」と言い直す。
お兄ちゃんは、優しく頷いた。
「うん、お兄ちゃんでいいよ」
「わかった、ありがとう!お兄ちゃん!」
笑顔で頷くと、また、かわいいーと抱きしめられた。
ふと、視界の傍に不機嫌顔のヴェルクスが映り込む。
「あっ、わかった!ヴェルクスもお兄ちゃんに抱っこして欲しいんでしょ!」
不機嫌な理由を考え、この状態が羨ましいのだろうと、思い至る。
お兄ちゃんも、そうなのか?とヴェルクスの方を向いた。
「いや、別にして欲しくないけど」
「えっ、そうなの?あっ、お腹空いたよね!」
「まあ、お腹は空いたかな」
さっさと食べに行こうと言って、手を広げてきた。こっちにこいと言うことだろうか。移動しようとしたが、「このまま、送ってくよ」と言われ、お兄ちゃんに抱えられたままとなった。
「2人ともご飯まだなの?ルシアがディナーに来れないって聞いた時はお父さん、すっごく落ち込んでたよ。確か、買い物に行ったんだっけ?いい買い物できた?」
「はぁ…?な、」
ヴェルクスが怒って何かを言おうとしているが、さっきのことは言わないでと目で訴え、言葉を遮る。
「あっ、えっと、そのことなんだけど…、本当にごめんなさい。日にち勘違いして覚えちゃってて…、お父様にも謝りたいけど、会ってくれるかなぁ。もう会いたくないって思っているかな……」
「そっかそっか。きっと大丈夫だよ、お父さんも怒ってたわけじゃないし。また今度、一緒に食べような。次は忘れるなよー」
お兄ちゃんは、優しく撫でてくれた。
それから、3人で私の部屋に向かった。途中で家族のことをいろいろ話してくれた。
まず、お父さんはレオンハルト・シュバルヴォルフ。外見は金髪碧眼で、初対面時にはいろいろ余裕がなかったが、思い返してみると、すごいイケメンだなぁと思った。爵位は公爵で、お金持ちだなぁと思ってはいたが、エイオラ1だとは、驚いた。そして、軍事に統治、経営と何をとっても非の打ちどころがないと言われているらしい。しかし、お兄ちゃんによると、お母さんに弱いという欠点があるみたいだった。
次にお母さんのダイアナ・シュバルヴォルフ。赤い瞳と綺麗な黒髪の持ち主で、とっても美人さんだそうだ。性格は、外見に似合わず、勝気で負けず嫌い、でも、人から好かれる性格だったみたいだ。剣術が得意で、負け知らずだったお父さんにお母さんが勝ったことが、お父さんがお母さんに惚れるきっかけらしい。今は、仕事で遠くに行ってるらしく、しばらく会えないみたいだった。話題に出すとみんな寂しがるので、お母さんのことが聞きたいなら、話すのは俺だけにしてね、とお兄ちゃんは言っていた。
そして、今話しているのは、長男のアルブレヒト・シュバルヴォルフ。特徴的な外見は父譲りの金色の髪に母譲りの赤い瞳だ。性格は、社交的で面倒見の良さそうだ。優しくて好青年に見える。年齢は、私より9歳年上の15歳。今、お父さんのあとを継ぐべく勉強中だが、あまり継ぐ気はないらしい。弟があとを継いだほうがいいと言っていた。
最後に、アルブレヒトお兄ちゃんより1歳下のエドヴァルト・シュバルヴォルフ。紺色の髪に深い青色の瞳の外見らしい。性格は話に聞く限り、クールで大人しいタイプなのかなと想像できた。
また、ヴェルクスのことも話に上がった。私が聞いた時にも答えてくれなかったが、今回もあまり話してくれなかった。新たにわかったことは家族がいないことと、荷物に紛れてうっかりこの家に入ってしまったらしかった。話し出した彼に、そんなこと言ったら、追い出されてしまうのではないかと心配になったが、お兄ちゃんは、ルシアの友達ならここにいていいんじゃないかなと言っていたので安心した。ちなみに歳はわからないらしいが10、11くらいだろうという話になった。てっきり同じくらいか1、2歳差かなと思ったが、背丈が低めなのは、栄養が足りておらず、成長不全な線が濃いみたいだ。それを聞き、私はヴェルクスにご飯いっぱい食べてもらおうと、意気込んでいた。
「お兄ちゃん!今日はありがとう!ドア開けてくれて助かったし、お話できてとっても嬉しかった!」
「こちらこそ、ルシアとお話できて楽しかったよ。そういえば、なんであんな部屋にいたの?」
「あっ、えっとぉ……、冒険してたら迷っちゃった、」
「そっかそっか。お宝は発見できたかな?」
「うーん、あっ、なんか変な置物あったけど、あれ何?」
「ん…?置物?あの部屋に置物なんかあったかな?」
「えっ、あったよね?ヴェルクス?」
と聞いたが、なんだか、ヴェルクスは考え込んでしまっていた。
「ルシアがそういうなら、あったのかもしれないね。それにしても冒険かぁ。懐かしいなぁ、あっ、今度は、一緒に行ってもいい?」
「いいの?お兄ちゃんと遊べるの嬉しい!」
「うん、もちろん」
「やったぁ、ありがとう!」
そうこう話しているうちに部屋の前までついた。ばいばいと手を振りながら、お兄ちゃんと別れる。
そして、ヴェルクスの方を見ると不機嫌な彼がいた。
「あ、あの?」
「何…?」
「ごめんなさい。ご飯遅くなっちゃって…」
「うん、でもそれはいいよ」
「え、じゃあ、やっぱり、閉じ込められちゃったこと、怒ってる?」
「ルシアのせいじゃないって言った」
「えっと…?」
「…仲良いね」
「えっと、お兄ちゃんのこと?そうかな?そう見えてると、嬉しいかなぁ。お兄ちゃん、優しいし、いい人そうだよね!話してて楽しかった!あっ、もちろんヴェルクスと話してても同じくらい楽しいよ〜」
「俺はあの人嫌い」
「えっ、なんで?」
「…なんとなく、」
「なんとなくかぁ…、相性なのかなぁ。お兄ちゃんは誰にでも好かれそうだと思ったけど…。あっ、首突っ込むのは良くないと思うけど、嫌いだからって変な態度取ったらダメだからね。」
「……。ねえ、なんでメイドのこと言わなかったの?」
「えっと、なんかああいうのって下手に話すと嫌がらせとか悪化しそうな気がして。大人しくしてるのが一番かなって!」
お兄ちゃんに伝えたところで、嫌がらせが止まるように思えない。呪いを解かない限り、根本的な解決にはならないだろう。しかし、ヴェルクスにまで被害が出てしまったので表面的にでも解決方法を考えなければならない。
「その可能性もあるけど…、でも、あいつ、ルシアにすごくべたべたしてたし、言ったら解決してくれたんじゃない?頼るのは不本意だけど…」
「そうかなぁ。もしそうだとして、標的がヴェルクス一人になっちゃったりしないかな?それに、無いとは思うけど、お兄ちゃんも嫌がらせを受けたりとか…」
「それならそれでいいじゃん」
「えっ!よくないよ!!」
「なんで?」
「巻き込みたくないよ!ヴェルクス巻き込んで何言ってんだって話だけど」
「巻き込んでいいよ。そもそも、ルシアが庇ってくれなきゃ俺は死んでたし、そのあと、いろいろ世話焼いてくれたけど、それがなくても多分死んでたよ。」
「でも…、」
「ルシアは黙ってていいよ。俺があいつに言ってくる。」
止めようとも思ったが、黙っていれば良くなるわけでもないのだ。いい方法は思い浮かばないし、ヴェルクスの意見を通してもいいのかも知れない。
「うーん、わかったよ….、じゃあ、ヴェルクスに任せるね!」
その後、ご飯を食べて、ヴェルクスはお兄ちゃんに会いに行ったみたいだった。
そして、私はお父さんに謝りに行った。お父さんは予想外だったが、お兄ちゃんの言っていた通りに怒っているわけではなかったようだ。そして、3日後はどうかと聞かれ、その日に再び、ディナーの席を用意してくれるようだった。