第四十四話 長い誕生日前夜(8)
「母さん…、」
背後から声が聞こえる。
「あらっ!アルブレヒト、大きくなったのね〜!隣にいるのはエドヴァルトかしら?ほんと大きくなって、おいで、2人とも」
女性は背後の人物に向かっておいでおいでと手招きした。金髪の青年と青髪の青年がこちらにやってくる。しかし、2人とも女性より私をみているようだった。
そして、2人とも顔色が悪い。
青髪の青年が、私を持ち上げた。
「ルシア…?」
ところで、さっきから、この人たちが発しているルシアとはなんなのだろう。
「どうして、そんな、」
彼は何かに動揺しているみたいだった。なんとなく、その表情を変えたくて、彼の頭に手を伸ばし、撫でる。
「…っ、、」
青年はそのまま、私を抱きしめた。
「ごめん、ルシア。ごめん、守れなくて、こんなにさせちゃって」
「ちょっと!この子が、どうかしたの?ママのこと置いてかないでよ!」
女性は青髪の青年を筆頭とした3人の人物の様子に首を傾げる。状況が読めなくていかにも不満ですという雰囲気を纏っていた。
私がぼんやりとされるがままになっていると、突然、部屋中に甲高い声が響いた。耳がキーンとしてきそうだった。
きゃは、きゃはははっ
声がした上の方を見上げると、女の子が浮いていた。口元を押さえながら、とても楽しそうにきゃっきゃと笑っている。
青年たちと男性の目線はその女の子に向いているが、女性の目線だけずれている。みんなが見上げたから、真似して上を向いたという感じだ。目線が女の子をとらえないところを見ると、まるで、女の子が見えていないようだった。
「あー、ほんっと、最高だわ〜。ルシアを絶望のどん底に落としてから殺せばお母さんを生き返らせるとは言ったけどさぁ。まさか、ここまでしてくれるとはね〜、いやー、面白い、面白い。人間の力で私のかけた呪い解いちゃうとはね〜、やるじゃん〜。ルシア?」
女の子は、きゃっきゃ、きゃっきゃとほんとに楽しそうだ。
「どういうこと?お前がかけた呪いって…」
「えー、すごい〜、まだ私の言葉信じてたんだぁ!実は、君のお母さんに呪いをかけたのは私なの〜!そして、ネタバレすると、ルシアを差し出しても、お母さん生き返らす気なかったけどね〜!だから、治しちゃうなんてびっくりびっくり〜。
ちな、ルシアは確かに呪われてるみたいだけど、このことに関係ないよ?今は呪い弱まってるし、元々他人を巻き込んで不幸にするほどの力はないよ?
私、あんたがさ、大っ嫌いだから、あんたの大好きなお母さんに呪いをかけたの〜!そして、私の掌で転がされて、妹を陥れ、殺害したのに、お母さんは生き返らなかった。その上、頼りにしていた私が黒幕って、最高のストーリーじゃない?
でも、よかったじゃ〜ん。ルシアはあんたの妹なんて最悪だけど、あんたはルシアが妹でラッキー!だって彼女、自分の自我と引き換えにあんたの願いを叶えてくれたんだよ〜!」
なんの話をしているかわからない。ただただ伝わってくるのは目の前の女の子が楽しそうなことだけだ。
女性も同様に、よくわかってないらしく、いや、そもそも、女の子が見えていないらしく、そこに、誰かいるの?と呟いていた。
しかし、他の3人はなんとなく女の子の言っていることを理解しているようだ。特に金髪の青年なんて、女の子の言葉を聞くや否や、足元から崩れて行った。そして、よくわからないことをぶつぶつ唱えている。
「ちょっと!?アルブレヒト…、一体どうしたのよ?」
女性は状況を読めないながらも青年に駆け寄り、抱きしめた。
「大丈夫よ、大丈夫だからね。ママがついてるからね。ママってば強いのよ〜!アルブレヒトだって知ってるでしょ?」
よしよし、と言いながら、女性は青年の背中を摩っている。
私も女性を真似て、金色の頭を撫でる。この青年が悲しんでいるのは何かやだ。
「な、かないで」
金髪の青年がこちらを見上げて、口を開きかけた時。それより先に女の子の声が響いた。
「きゃぁぁあ!すごいすごい〜!あなたしゃべれるの!?嘘でしょ!?あれ使ったのに〜!?自我は保ったのかしら??記憶は無くしてるよね、?ぼんやりもしてるしぃ!でも、言葉わかるんだぁ!!やばい〜!」
そして、あれ、と突然私を見て、口を閉じた。じろじろ、上から下を眺めてくる様子に、青髪の青年は私を隠すように抱きしめ直した。
「えっ、嘘ぉ、こんな魂今どきあるわけ!?!?!?ヤバない!?!?今はくたびれて薄汚れて濁ってるけど、元々、ありえないくらい綺麗だったのね!?この子の本質自体が真っさらだから、濁りもいい調味料って感じじゃない??」
女の子は、私たちの前で何回も宙返りをする。とてもテンションが上がっているように思える。
「アルブレヒト、いい仕事したじゃない〜!!あんたのこと、大嫌いだったけど、今大好きになったわっ!!」
女の子はそういうとこちらに向かってきた。
青髪の青年が私を抱きしめる力が強くなった。
「ルシアを、どうする気?」
「う〜ん、どうしようかなぁ〜!16まで育てて、熟すの待ってようかな〜?きっと今よりも魅惑的にっ!
ああっ、でもっ、我慢できない!やっぱり、今取っちゃえっ!」
すると、私の身体は宙へ浮き、今度は青年ではなく、その女の子に空中で抱っこされた。女の子は手を伸ばし、私の身体の中に突っ込んだ。
それから、ごそごそと、何かを探すように、手を動かす。体内に他人の感覚がする。内臓とかが直接撫でられいるみたい。何か、すごく気持ち悪い。
「い、やぁ、」
「ん〜、中々取れないわっ!
んんー?嘘でしょっ?結界が張ってある!?」
女の子の手は何度もよくわからない動きを私の体内で繰り返す。ぞわぞわとした感覚がほんとに気持ち悪い。
「……うぅ、……やぁ、」
「もぉ、うるさいわねっ!黙ってなさいよ!」
さっきまで上機嫌だった女の子は、イライラしたように怒鳴る。私の体内を探るのがだんだん雑になってきた。
「いっ、やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「っ!?!?」
私の胸の辺りを触った彼女は突然、私を突き飛ばした。私の身体は重力に引き寄せられ、下へと落下する。
青髪の青年が、私を受け止めた。
「ごめん、ごめんね、痛いところは?」
彼が悪いわけではないのに、彼の方がどこか痛いような表情をしている。
「だい、じょーぶ」
そう言ったはいいが、なんか変な感じがするので、女の子が私に触ったあたりをペタペタと自分でも触れた。私の手は案の定、体を透過することはなかった。
「熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い」
上を見上げてみると、女の子の腕は青い炎に包まれていた。肩を伝って、炎は女の子の全身へと広がり続けている。
「っ、あの男かっ……」
恨みのこもった目で私の胸あたりを見る。しかし、彼女が見ているのは、そこではないような気もする。次の瞬間女の子は見えなくなった。