第四十三話 長い誕生日前夜(7)
悲しい。悲しい。
何が悲しいのかは、わからない。
でも、勝手に悲しみはあふれて、涙はこぼれていく。
「やっと、泣けたな」
酷く優しい声がする。でも、思い出せない。大切なはずなのに。さらに涙は落ちていく。私の中からお水がなくなっちゃうくらい、止まらない。
「ここまでにならないと泣かないってほんと強がりって言うか、なんというか」
彼は、やれやれ、というような態度で、でもどこか胸がじんわり暖かくなるような表情で私から流れていく涙を拭った。
私は彼を忘れてはいけなかったのに。何も覚えてない。
「怒って、る?」
なぜか、彼を伺うように私の口から声が出た。
「おーおー、反省してるのか?」
彼は、私の頬をむにむにと、摘み出した。
「にぃ、ちゃい…、」
「そっかそっか、痛いか。甘んじて受け入れろよ。これが約束破った罰なんだから。安いもんだろ」
しばらくしたら彼は私の頬から手を離した。痛かったと、自分の頬をすりすりと摩る。
「約束って?」
「自分で考えてみて。時間はじっくりあるんだから」
「やっぱり、怒ってる……」
「怒ってるけど、呆れてるの方が正しいかもな」
「呆れてる?」
「俺自身に。傷付いて欲しくないのに、無茶して欲しくないのに、自己犠牲なんてして欲しくないのに、ルシアらしいって愛おしくなってるんだよ。ほんとどうかしてる」
「ルシア?」
「お前だよ、お前」
「愛おしい…? 貴方は私のこと好き、なの?」
「うん、大好き。愛してるよ」
あまりにさらっと言うものだから、恥ずかしくて下を向いて手で覆い顔を隠す。
「伝わった?」
彼がこちらを覗き込んでいる気配がする。どう返信するか、迷っていると、ああ、もう時間だ。俺がルシアを好きってことは覚えておけよ。と、言って、彼は消えてしまった。
―――――――――――
「ルシア、ちゃん?」
ベットに座り込んでいる女性は、私を見つめていた。そして、目の前の女性はこちらに手を伸ばし、私を抱きしめた。誰だろう…、とぼーっと見つめる。
「か、可愛い!私の娘はなんて可愛らしのかしら!?天使なの!?えっ、まさか、ここが天国?天使様が迎えに来たとか、そういう!?」
ぎゅーぎゅーと、私を抱きしめる彼女に私の隣にいた男性が声を発した。
「ダイアナ、落ちつけ。病み上がりだとさっき話しただろう」
「平気、平気!むしろ、全てが回復した気がするわ!目の前の天使ちゃんのおかげでね!」
女性はこちらに向かって、ウィンクを飛ばした。
「それにしても、ルシアちゃんはさっきっから無表情ね。そんなところもずっきゅんだけど!無愛想なパパに似てしまったのかしら。ルシアちゃん〜、ほら笑って見せて〜、ママはルシアちゃんの笑顔が見たいなぁ〜」
女性は、私の頬を指で持ち上げた。
ほらほら、ママの真似してみて〜!と、にこにこ笑っている。
「ル、シア…?」
隣にいた男性は、震えた声でルシアと呼んだ。
「パパってば、なんて顔してるのよ!もしかして、無愛想さが遺伝しちゃったのにショック受けてるの?じゃあ、パパも練習しましょう!ほらほら、」
女性は男性の頬も指で持ち上げた。男性はショックを受けた顔をしながらもされるがままだった。