第三十八話 長い誕生日前夜(2)
ゆらゆらと、身体が譲られるのに気づく。
「ルシア、ルシア…、起きてよ」
「んー、もう少し」
「もう少しじゃないよ、はやく起きて」
目を開けるとヴェルクスの顔が映った。ヴェルクス!?と叫ぼうとしたが、それは彼の手によって止められた。
「静かに…、」
「ごめんなさい…、あとこの前もごめんなさい、」
「それはもういいよ。俺もごめん。それよりも大変なんだよ」
「どうしたの?」
「アルブレヒトがルシアを生贄に差し出そうとしてるみたい」
「えっ、お兄ちゃんが!?」
「こら、静かに」
思わず、叫び出した私の口をヴェルクスは焦りながら押さえた。周りを見渡してみると牢屋みたいなところに閉じ込められている。
「ごめん」と口をもごもご動かす。
「でも、どうして?」と問いかける。
「いや、よくわからないんだよ。アルブレヒトの部屋の中に隠し部屋があって、黒魔術書が出てきたんだ。その対価にルシアの魂って書いてあった。そして、実行日は6日後。アルブレヒトの誕生日前夜だった」
そこで、ドアがガチャリと開く。
奥からはお兄ちゃんがやってきた。びっくりするほど、やつれたアルブレヒトお兄ちゃんが。えっ?なんでこんなにやつれているの?だってさっきあった時はここまで酷くなかったのに…。
「お兄ちゃん、大丈夫…?」
「大丈夫かぁ。俺がここに入れたことわかってるんでしょ?真っ先にその言葉が出るなんてほんとにルシアは優しいんだね」
鉄格子の前で止まり、返事が返ってきた。ヴェルクスは、お兄ちゃんを睨んで告げる。
「お前がそんなやつだとは思わなかったよ、今までの全部演技だったわけ?」
「うん、こっちの反応が正しいよね。
演技だよ。俺才能あるのかな?誰一人として異変に気づかないなんて」
いつもと口調はほとんど変わらないのに。すんっと、抜け落ちた表情でそう告げてくる。
「ほんとだよね。あんなに近くに居たのにこんなクズに気づかないなんて。
黒魔術でもなんでもご勝手にって感じだけど、あんなに可愛がったふりしてた妹の魂を使うなんて。どういうつもり?まさか歪んだ愛情とか言わないよね?好きな子の絶望した顔が見たい的な」
「半分正解かな。ルシアの絶望した顔がみたい」
じゃあ、ネタバラシといこうか。
そう言って、アルブレヒトお兄ちゃんが放つ空気が変わった。
全部、お前のせいなんだよ。ルシア!
お前のせいで母さんは死ななきゃならない!!!お前のせいで父さんは変わった!!!お前のせいで俺はこんなに苦しまなきゃならない!!!エドヴァルトだってお前が居なきゃ俺たちと疎外感を感じなくて済んだんだ!!!
全部、全部、全部、全部、全部!!!!!!お前が居なきゃ俺たち家族の幸せは壊れなかった!!!憎いよ、憎い!!!憎くて仕方ないんだ!!!何も知らず一人で幸せそうに笑ってる姿なんて、虫唾が走る!!!どうしてこんな奴が生きてて、どうして母さんが死ぬんだ!?お前の命より母さんの命の方が価値があるだろう?
ああ、訳がわからないって顔しているね。ちゃんと一から説明しなくちゃね。母さんはまあお前を産む半年前に原因不明の病を発症したんだ。お前をお腹に宿したせいで。どうしてかわからないって?お前が呪いの子だからだよ!!でも、お前が呪いの子だとわかったのは、お前が生まれたあとだ。母さんは何の病かわからずに苦しみながら死に向かっていった。お前のことは忘れ形見として産むことを決意して。父さんだって俺だって止めたさ。でも、止まってくれなかった……、
アルブレヒトお兄ちゃんの慟哭が部屋中を満たしていく。
なん、で。私のせいで、お母さんが死んだの?私が呪いを受けたから?わたしが、うまれた、せいでおかあ、さんが、しんだ、わたしの、わたしのせいで、わたしのせいで、おにいちゃん、おとうさん、くるしんだ、わたしのせいで、いやだいやだいやだいやだいやだ
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
喉が焼けそうになる程に。私は渦巻いた絶望を吐き出したくて叫ぶ。
わたしが、わるかったんだ、わたしひとりのもんだいではなかった。まきこんだんだ、いろんな人を。きっと、これまでもたくさん。
目の前が黒く闇に覆われていく。
「ルシア!?大丈夫だから!落ち着いてよ、ルシアのせいのわけないでしょ?こいつの頭がおかしいんだよ。そもそも呪いの子って何?なんでそれがルシアなの?おかしいじゃん」
「ああ、なんでルシアが呪いの子かって?母さんの病気を見てもらうために片っ端から診てもらったからだよ。医師や占い師、預言者、魔術師。そして、魔女。その魔女が言ったんだ、ルシアが呪いの子だから、その母親は死ぬと」
「はぁ?そんなのを信じて?嘘かもしれないじゃん」
「本物の魔女だよ。魔術を使って母さんの時を本当に止めたんだ。だから、母さんはまだ死んではいない。死ぬ直前で時を止めたから。でも、6日後、それは解ける。だから、ルシアの魂を捧げて母さんの病気を治すんだ」
「魔術が本物だからって、言ってることが正しいとは限らないよ」
「そうだね、現に父さんは信じているのかいないのかわからないし。でも、ルシアが呪いの子かどうかって事実は俺の中でほんとは重要じゃないんだよ。ルシアが生まれるタイミングで母さんが病気になった。そして、ルシアの魂を差し出せば、母さんは生き返るかもしれない。それだけでルシアを恨む理由にもルシアを捧げる理由にもなるからね」
そして、まあ、せいぜい残りの6日は絶望しながら過ごしてよ。俺は忙しいからもう行くよ。と言い、お兄ちゃんは出口へ向かう。
そして、ドアを半分開いたところで、
「あ、あと。なんでルシアを可愛がったふりしてたかって?そっちの方が絶望的だからだよ。ちなみにヴェルクスを家に置くように説得したのは、ルシアを殺す前にヴェルクスの死を見せつけるためだよ」
と言い残し、消えていった。
「…… 、…………、ねえ!ルシア!!」
ヴェルクスが私の肩を揺する。彼も、私のせいで命を落とすのだろうか。私と仲良くなってしまったせいで、死んでしまうのだろうか。
「大丈夫、俺が死なせはしないから。こんなところから出よう。それで、さっさとあんな奴なんて忘れて、2人で暮らそう。やっぱり、他人なんて信用すべきじゃなかったんだよ」
その言葉にいやいや、と首を振る。
もうこれ以上、ヴェルクスを巻き込むべきではない。今世が幸せで楽しい思い出が多くて、呪いのことを真に理解していなかった。気づかずにどれだけの人を巻き込んでしまっていたのだろう。
「嫌じゃない!2人でここから出るんだよ、こんなところで生贄になるなんて見せしめに殺されるなんて馬鹿げてるよ!」
違う、私はここで死ぬべきなんだ。これ以上、誰も傷つけないために。誰も私の呪いに巻き込まないために。