第三十五話 嵐の前の静寂な日常(c-3)
帰りの馬車に乗るための移動中。
「ごめんなさい、ちょっとお手洗いに」と言って、3人と離れ、舞台裏に忍び込んだ。
みんな片付けに忙しくて、こちらに見向きもしない。好都合だった。先程の劇の出演者を探す。
「なんだ、このガキ」
首根っこを掴まれ、ぐぇっ、と潰れたような声だ出る。
振り向いて、見つけた…!と目を輝かす。私を捕まえたのは、先程悪魔役を演じていた青年だった。
「お兄さん、こんにちは!ちょっとお聞きしたいことがありまして」
「こんにちはって、ここはガキの遊び場じゃねーんだよ。どっから入った?」
あっちと入り口を指す。すると、そっちまで引きづり出されてしまう。
「勝手に入ってきてごめんなさい。でも、聞きたいことが…」
ずるずると、引きづられていると、今度はルシア役だったお姉さんがきた。
「あら?迷子…?そんな扱いしちゃ可哀想よ」
優しそうなお姉さんだった。この人なら今度こそ答えてくれるだろう、と質問をした。
「さっきの上演すごかったです!ほんとに物語に引き込まれました!あの、それで、あのお話に興味を持ったのですが、お姉さんたちは何か知ってることありますか?」
「ふふっ、それは嬉しいわ。うーん、そうねえ。今回の物語は女悪魔が主人公であり、正規の物語の黒幕よね?でも、私が聞いた伝説によるとね、悲劇のきっかけはギルベルトだったらしいの」
「ギルベルトさんが…?」
「ええ、そうよ。女悪魔が恋に落ちて嫉妬で死の呪いをかけたのではなく、ギルベルトが女悪魔と契約した代償で死の呪いをかけられた、そこに愛も恋もないわ。って言ったら、がっかりしちゃったかしら」
ぶんぶんと首を振る。それにしてもギルベルトさんが悪魔と契約したという説は初めて聞いた。気になって、問いかける。
「ギルベルトさんが悪魔に願っても叶えないことはなんだったんでしょう?」
「さあ。ごめんなさいね。わからないわ。
あなたはある?どうしても叶えたい願い」
お姉さんはそう問いかけてきて、でも、と告げる。
「悪魔に願うのは、やめといた方がいいわよ。
元々、ルシアの悲劇は戒めのためのお話らしいのよ。悪魔と契約してもろくな終わりを迎えらないっていう。自分のために悪魔を呼び寄せたギルベルトは願いが叶えられる前に狂気に陥り、婚約者を殺害からの自殺、悪意がなく他者のためを思って呼び寄せたルシアも婚約者の浮気と裏切りに合ってその後狂った人生を歩みながら最後は婚約者に殺され死亡。願う内容がどうであれ、悪魔に願ってはいけないっていう話なのよ、これは。
もし叶えない願いがあるなら、自分の力でな叶えるべきよ。応援してるわ」
その話を聞いた後、忠告をしてくれたお姉さんにお礼を言う。そして、もう一つ聞きたかったこと、本命の話を聞き出す。
「あと、弟の悪魔はその後どうなったのですか?」
「うーん、そこまでは聞いたことないわね」
やっぱり、そんな簡単にはいかないか。残念…。
「そんなに気になんのか、この伝説」
今まで押し黙っていた悪魔役の青年が話しかけてくる。
「じゃあ、お前の身につけてるもんどれかくれんなら俺が知ってること話してやってもいい。」
「まあ、こんな子供にたかるなんて」
お姉さんは青年を引っ叩いた。いってぇ、という声が聞こえる。
「い、いえ!全然払いますよ!情報料!ちょっと待ってください」
優しく話してくれたお姉さんから出た一撃に驚きながら、硬貨を差し出す。
お姉さんは、いいのよ、このお兄さんのいうことなんて無視して、と言ってくれるが、大丈夫です、と首を振る。お姉さんに渡さないのもなぁと思い、お姉さんにも渡そうとしたが、全力で断られてしまった。
「んで、悪魔のその後だっけ?」
叩かれた頭をこすりながら、青年が問いかける。
「はい」
「ルシアが死んでからは彼女の死体ごとその場から消えたってさ。その後は、ルシアが生きている過去に戻ったとか、ルシアの肉体に別のものの魂を入れて魔境で一緒に暮らしたとか、死体を抱え眠り続けているとか、悪魔の決まりを破って牢に入れられたとか、人間に転生してるとか、完全に消滅したとか、怒りのままその地を滅ぼしたとか……、まあいろいろあるからよくわからないけど」
これらの話は初めて聞くものばかりだ。私は家の付近しか情報を集めていなかったが、この劇団は世界を飛び回っているらしいし、いろいろなところから噂を聞くのかもしれない。
思わぬ収穫に、心を躍らせる。
それにしても現実的じゃない話ばっかりで、信憑性は薄いけど、まあ、伝説の中の悪魔の話なのだから仕方ない。
「あら?悪魔ってルシアのこと好きだったの?今日の公演の話では好きだったみたいだけど、それは、話を盛り上げるために付け加えた要素じゃなかったかしら?」
「まあ、好きだった話も特に興味なかったって話も嫌ってたって話も聞いたことあるけど、悪魔のその後が語られてんのは、悪魔がルシアを好きだった説が前提だな」
「ずいぶん物知りなのね」
「まぁな、自分の役作りのために、いく先々で悪魔の情報は集め回ってたんだよ」
「まあ、すごいわね。そういう所尊敬するわ」
「ふぅん。ところで、お前こんなところにいたままでいいのかよ。親はいねーのか?」
2人の会話を聞いていたら、突然こちらに話を振られて、はっとする。
「わ、忘れてた…、お兄さん、お姉さん、ありがとうございました」
青ざめながらも、2人のお礼をする。やばい絶対1時間以上は話し込んでる。劇の公演が終わった時点で夕方だったが、もう外は真っ暗だ。
「大丈夫なの?1人で帰れる?」
「はい、大丈夫です」
「あー、あと一つ教えてやるよ。さっきの話だともらった金貨に釣り合わねーし。ツィアゲーネって国機会があったら、行ってみるといい。ルシアの話はエイオラの方がよく聞くが、悪魔のその後の話はそこでよく耳にしたから」
…………!!ここまで情報を得られるとは思っていなかった。目を輝かせる。ツィアゲーネ。聞いたことない国だけど、もしかしたら、何かアルカイドと関わりがあるのかもしれない。
「お兄さんっ!ほんとにほんとにありがとうございます!行ってみますね!」
「お、おう…、まあ、いい話が聞けるといいな」
2人に手を振りながら、舞台裏から出る。外は……、ほんとに真っ暗だ。急いで、馬車に向かう。待たせすぎて先帰っちゃったかな。むしろ時間を奪ってしまったのが申し訳ないので、先に帰っていて欲しいが。