第二十四話 エドヴァルトの家族事情(2)
部屋に入り、鍵をかけ、布団に籠る。
家族じゃなかった。
父さんと母さんと兄さんと妹だと思っていた人は血が繋がってなかった。父さんが干渉してこないのは、本当の息子じゃない僕に興味がなかっただけなのかもしれない。母さんが会ってくれなかったのは、血の繋がりのない僕はいらないと思ったからなのかもしれない。兄さんに隠し事されていると距離を感じていたのは、実の弟ではなかったからかもしれない。妹と長く会ったことなかったのは、彼女が俺に敬語を使っているのは他人行儀なのは、家族と認めてなかったのかもしれない。
そんなことを気づかなかった僕は愚かだと笑いものにされていたのかもしれない。
いろいろな考えは胸を締め付けていく。
とんとん、と軽快なノックが響いた。そして、妹、いや妹だと思い込んでいたルシアの声が聞こえる。
「エドヴァルトお兄様?先程お会いした時、顔色が悪かった気がして、大丈夫でしょうか?お医者をお呼びいたしましょうか?」
家族だと認めてないくせに優しくなんてしないでくれ!!!僕の中で醜い感情が暴れ回った。
「お兄様…… ?……まさか、倒れてたりしないよね」
慌てたように、お兄様、お兄様とノックの音が強くなった。
早くどっかへ行ってくれ、お前とは会いたくないんだ。
「…………、ごめんなさい。倒れてたら、大変なのでドア開けちゃいますね。この前の私みたいに倒れてたら、放置は危険なので…、もしだめでしたら、お返事ください」
鍵がかかっているから、開けられるはずがない。そう思ったら、かちゃかちゃと聞こえ、扉が開いた。驚きと共に、暴言が口から飛び出る。
「…、なんで、入ってくんだよ!!もう放っておいてよ!!!本当の妹でもないくせに!!!今まで僕の心配なんてしたことなかったくせに!!!会おうとしなかったくせに!!!僕のこと連れ戻して、兄さんと父さんにいい顔したいの…?そんなことしなくても、僕とは違って父さんからも母さんからも兄さんからも愛されてるくせに!!!」
その言葉に驚きつつも、ルシアは心配そうな顔をして、僕に近づいてきた。
「お、お兄様、どうしたんですか?お兄様はお父様にもお母様にもアルブレヒトお兄ちゃんにも愛されていますよ」
それを拒否して、枕を投げつける。わっ、という声が聞こえたが、構わず叫ぶ。
「嘘ばっかりつくなよ!!!なんでみんなみんな僕を騙そうとするんだ!!!
今だって、お前は僕のこと家族だと認めてないじゃないか!!!なんで兄さんには普通に話すのに、僕には敬語なんだよ!!!」
「……、嘘なんてついてないよ、お兄ちゃんがいいなら、私もこの喋り方でお兄ちゃんと話したい。お父様にもお兄様にも敬意を払った方がいいと思ってたんだけど、それで傷つけちゃってたなら、ごめんなさい。あ、あとね。アルブレヒトお兄ちゃんへの喋り方もアルブレヒトお兄ちゃんに言われてから直したから、エドヴァルトお兄ちゃんを家族と思ってなかったわけじゃないよ」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ、黙れよ!!!うるさい!!お前の言葉なんかなんにも聞きたくない!!!!!」
「……、それは、ごめんなさい。でも大切なお兄ちゃんがこんなに悲しんでるのに放っておけないよ」
「僕はお前の兄なんかじゃない!!!!!」
「お兄ちゃん、だよ」
「違うんだよ!!!僕たちは血が繋がってないんだろ!!!」
ルシアは、少し、驚いた表情をする。
「えっ?そうなの…?えっと?」
不思議そうに首を傾げた。確かにお父様やお兄ちゃんたちと私は似てないのかも??いや、お母様譲りとかお父様譲りとか聞いた気が…?うーん、でもお母様とは会ったことないし、お父様は何考えてるかわからないし、うーん?と、呟いている。
思わぬ反応に、勢いが萎んでいく。
「なんでお前なんだよ、僕のほうだよ」
それに、今まで話してた内容からだって僕だとわかるだろう。それほどまでに僕と兄さんたちが血を繋がっていると疑っていなかったのだろうか。
「…、そうなんだ?エドヴァルトお兄ちゃんはアルブレヒトお兄ちゃんやお父様と似てるところあるから、血が繋がってるのかと思ったよ!一緒に暮らしてるから似てくるのかな?」
「似てるわけない」
考えれば考えるほど違いしか浮かんでこない。血が繋がっていないという事実を強めるだけなのだ。
「私はエドヴァルトお兄ちゃんとあんまり会ったことないから詳しくはわからないけど、ご飯の食べる時の癖とかはお父様と似てたよ。あとは、エドヴァルトお兄ちゃんは小鳥を見る時優しそうな顔してたけど、それはアルブレヒトお兄ちゃんの優しそうな顔と似てたよ。雰囲気とかも。もっと一緒に過ごすようになればきっともっと似てるところ見つかるよ!」
彼女は細々とした癖が似ていると言った。でも決定的に違う点がある。僕は彼らみたいに才能に溢れていないのだ。
「それでも、僕はお前たちみたいに才能ないんだよ。父さんみたいになんでも完璧にできない。兄さんみたいにそつなくこなせない。お前みたいに、何かすごい才能があるわけでもない!」
「才能…?お父様もアルブレヒトお兄ちゃんもすごい優秀だって聞いたことあるけど、エドヴァルトお兄ちゃんが優秀だとも聞いたことあるよ?」
僕が優秀?そんなわけない。
「聞き間違えじゃない?」
「聞き間違えじゃないよー!アルブレヒトお兄ちゃんも前に言ってたよ。
確かに俺は自分で言うのもなんだけど特に努力しなくてもなんでもできる部類に入ってると思う。反対にエドヴァルトは、初見で器用に物事を進めるのが苦手みたい。でも、あいつは優秀だよ。俺の何倍も。今もその差を努力で埋めているし、彼には努力で上達できる限界がない。大器晩成型って言うのかな?このままだと父さんも超えられるかもね。
俺の場合は努力でカバーできる範囲には限りがあるみたいだったよ。
ってね!あと、エドヴァルトお兄ちゃんのこと、俺の自慢の弟だよとも言ってた」
兄さんが言ってたという内容は、ただただ、嬉しかった。兄さんが俺を見てくれたことが、俺を認めてくれたことが、自慢だと言ってくれたことが。
心に余裕ができたのか、兄さんの口調を真似て話す彼女に思わず、笑みが溢れる。似てるようで似てないそれは、見ていて微笑ましかった。
「私ね、やっぱり、エドヴァルトお兄ちゃんはすごいと思うよ。才能で当てはめたいなら、努力する才能があるんじゃないかな?
それは誰にでもできることじゃないよ。だって、口先で現状に対する不満を言うだけ言って変えようと行動しない人もいるし、周りに自分よりすごいと思う人がいてどうせ敵わないと諦めたり、妬んだりするだけの人も世の中にいるよ。エドヴァルトお兄ちゃんは頑張って結果も出して、才能があるって思ってるアルブレヒトお兄ちゃんに自分より優秀って言わせてるんだよ!ここまで来たお兄ちゃんはかっこいいと思うし、尊敬するよ!私にとっても自慢のお兄ちゃんだよ」
そう言って、僕の手を取り、笑いかけてくる彼女に救われた気がした。今まで気づかなかったが、兄さんやルシアと比べ、劣等感に苛まれていたのかもしれない。兄さんの言葉同様に、ただただ嬉しく思った。
すると、ルシアは瞳を揺らした。僕は泣いてるのか、頬に伝う水の感触にそう思った。ルシアは優しく僕の背中をさすった。
「お兄ちゃんは、今までたくさん頑張ったんだね!でも、頑張りすぎると疲れちゃうよ?弱音も泣き言も怒りも苦しみも、全部私に吐き出してよ。ちゃんと受け止めるから」
それからは散々泣き喚いた。生まれて初めて、目が溶けるんじゃないかというほど泣き叫んだ。ルシアは、時々優しく相槌を打ちながら聞いてくれた。
ずっと誰かに見て欲しかった。誰も僕のことなんかどうでもいいのかと心のどこかで思ってた。同時にいつか見てくれるはずなんだと思ってた。だから、家族じゃないと聞いた時、納得と失望の両方が存在した。
でも、一番の感情は、
「寂し、かったっ、」
「悲し、かったっ、」
「本当の、家族で、いたかったっ!」
それまでうん、うん、と相槌をうっていたルシアが言葉を発した。
「ちゃんと、私たちは本当の家族だよ!今まであんまり会ったことなかったけど…、これからは、たくさん話して、たくさん遊んで、たくさん一緒に過ごして、お兄ちゃんのことたくさん知りたいな!」
血の繋がりはこれから先どうにかできることではない。だから今後本当の家族になんてなれないと思ってた。でも、僕のことを受け止めてくれたルシアが、本当の家族だと、これから共に過ごして、お互いを知っていこうというのなら、それで満たされていくように感じた。