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第十九話 ヴェルクスの決意(3)

第四話、第五話のヴェルクス視点のお話です。

 俺のことを守る。

 そう意気込んだルシアは、この部屋からの脱出方法を探そうときょろきょろ辺りを見回す。数刻前、彼女のメイドたちによって、部屋に閉じ込められてしまった。それも、悪いのはルシアではなく、アンナという女なのに。


 先程、ルシアを心配して怖くないのか、尋ねた。しかし、何を勘違いしたのか、俺が怖がっていると思ったらしく、やけにこちらを励ましてくる。訂正しようとしたが、ルシアはそのまま話を進めて、脱出方法を探しはじめたのだ。


 

 はぁ……、と心の中でため息をつく。

 最近の不満はもっぱらこれだ。ルシアの中の俺の立ち位置は、保護対象に入っているらしいと感じる。はじめはルシアと一緒にいるだけで十分過ぎるほどだったが、今はそれだけじゃ物足りない。もちろん、これから先も彼女のそばにいることは一番の願いだが、幸運にもそれは叶っている。

 俺はルシアに世話を焼かれるんじゃなくて、頼りにして欲しい。守られるんじゃなくて、守りたい。


 まあ、今は頭であれこれ考えるより、ルシアのように脱出方法を探すのが先だ。ルシアが棚を見ているなら、俺は机の方を。棚から机に目を向けようと思ったが…、慌てて、ルシアに声をかける。


 彼女が伸ばしている手の先は何だ。忌々しい雰囲気を放ちながら何かが蠢いていた。とてつもない嫌悪感を感じる。そして頭の中には警報が響き渡った。


 生き物なのかすらわからない物体は、ルシアの手が触れる瞬間、形を変えた。まるで、彼女を自身の一部として取り込むように。


「………………っ!」


 彼女の腕を引くと、同時に。その物体をこれ以上、彼女の視界に入れないように、覆い隠す。


 間に合った。彼女は謎の物体に触れてないはず。


 しきさ、突然に映像が頭の中を埋め尽くす。実際に今見ているのは、妙な物体のはずなのに。

 見えている光景はーー、


 ーーーーーーー

 腕の中で息を引き取っていくルシア。血をこれでもかというほど流し、彼女の呼吸は恐ろしく浅い。


 頭の中が真っ白になり、状況が読み込めない。ただ、彼女の体温が、奪われていく。


 いや、だ、いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ


 どれだけ嫌だと、死ぬなと、置いていくなと、泣き叫んでも、無情にも彼女の命は散ってった。

 最後に、「…あい、してるよ、――。

 ありが、と、、う。――と、過ごせ、て、幸せ、だった、、、よ」という言葉を残して。


 俺の唯一の愛しい人。

 初めて優しくしたい、心から大切にしたい、と思った存在。


 彼女がいれば、他に何も要らなかった。


 それなのにーー、


 ーーーーーーー

 誰かの腕の中で死んでいくルシアだった。その誰かは見知らぬ人のような気もするし、知り合いだった気もするし、俺自身だった気もする。第三者視点で見ているはずなのに、ルシアの冷たくなっていく体温は痛いほど感じていたし、誰かの絶望は鮮明に流れ込んでいた。


 

「ヴェルクス…?」

 ルシアの声が聞こえる。俺の名前を呼んでいる。

「ど、どうしたの!?具合悪い…?」

 その鈴のような可愛らしい声を不安気に揺らしながら、心配そうな表情でこちらを覗き込む。

 

 生きてる。ルシアは、生きてる。

 思わず彼女を抱きしめる。

 ちゃんといる。ルシアは、ここにいるんだ。だってこんなにも温かい。


 あんな光景は嘘だ。ルシアは、ちゃんと動いている。あんな息絶え絶えな声じゃなくて、しっかりと話している。


 あんな誰のかもわからない絶望なんて嘘だ。ルシアは、生きているんだから。絶望なんてするはずがないんだ。


 腕の中から逃げ出そうとする彼女を離さないと、抱きしめる力を強くする。離したら、俺の側から離れてどこか遠いところに行ってしまいそうだったから。

 いつのまにか、逃げ出すのを諦めた彼女は俺を優しく撫でた。


 大丈夫だ、ルシアは。こんなにもいつも通りだから。


 いくつもいくつも彼女が死んでいない理由を挙げ、彼女が生きていると自分を納得させる。しかし、先程の光景が妙にリアルで絶望が切実なものだったから、心のどこかで本当のことだとも思ってしまう。違う違う違う、ルシアは生きているんだ!!!その考えに嫌悪し、必死にそれを打ち消す。

 


 

「…落ち着いた?」

 しばらくして、彼女から声が掛かった。

 

 落ち着けるわけなんか、なかった。彼女を困らせているとは、わかっている。それでも、もう少しだけ、このままがいい。


 まだ、と応えると、今度は何があったのか。と尋ねてきた。ルシアが死ぬ光景を見たなんて言えない。

 彼女には、自分の死を想像して欲しくなかった。あんな死に方なんてしてほしくない。

 それに、先程の光景は口にすらしたくない。

 


 それからどのくらい時間が経ったか。ずっと彼女を腕の中に閉じ込めていたかったけど、その前にこの部屋を出ないといけない。


「…もう、平気。急にごめん。」と告げ、手を緩める。

 ぎゅーは嬉しかった、いつでもどうぞ!と笑いかけるルシアに、強引に引き寄せた自分のことを棚に上げて、もやっとした。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて、毎日お願いしてもいい?」

 前までなら、断っていたけど。せっかくの提案に乗ってみる。

 それを聞いたルシアの反応は、意外だった。彼女は、嬉しい、楽しいと言った反応をよく見せる。反対に驚き、悲しみ、恐怖などと言った感情はあまり出さないような気がする。まあ、彼女は隠し事なんて向いてなさそうなので、そもそもそう言ったことを感じる原因が彼女の周りにはないのだろうと感じる。

 そんなルシアがびっくりした反応を示す。その反応があまりに可愛らしかったので、思わず、笑いが溢れた。





 この部屋からの脱出はルシアの兄を名乗る男によって、叶った。

 

 ルシアの兄アルブレヒトはいかにも好青年という振る舞いだった。ルシアに対する態度を除いてだが。

 ルシアを怖がらせたことも、ずっとべたべたしていたことも気に入らない。

 それに、一瞬だが、彼からどこか異常さを感じた。ほんとに瞬く間だったので、どこがかははっきりしない。それにただの思い違いなのかもしれない。それでも、その異常さはルシアに向かっている気がしてならない。


 ただ、その夜、メイドたちに閉じ込められたことをアルブレヒトに告げることにした。もしあの親にルシアが責められることがあったならば、彼に殺されかけた俺の言葉は届かなくても、実の息子である彼の話なら聞くかもしれないと思ったから。大変不本意ではあったが。





 それから、3日後。

 ルシアは倒れた。盛られた毒によって。




 

 


 

 

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