第十八話 ヴェルクスの決意(2)
ヴェルクス視点のお話です。第二話と、そこから第三話前の間の時間軸に当たります。
果てしない暗闇。
どれだけ逃げようと、そこから逃れようとしても、出口は見当たらない。
苦しくて、辛くて、痛い、この空間は、徐々にその気力さえ奪っていった。
全てを諦めて、希望なんて捨てた時。その暗闇を切り裂く光が俺の前に現れた。
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数人の男たちに囲まれいた。そのみんながみんな、排除すべき対象として、俺に目を向けている。その中で一等冷酷な目を持った男が命じる。
「殺せ」
向けられた刃は、恐ろしい化け物のようだ。この上手く息ができないほど残酷な世界は、今日の標的に俺を選んだらしかった。
剣は振り翳され、その化け物は俺に牙を向ける。
俺の人生はなんだったんだ。疎まれ、嬲られ、忌み嫌われ。最低、最悪、価値なんてひとつもない。それを知っていながら、いつかきっとなんて希望を求めて……。それは、叶わず、俺はここで殺されるんだ。
死にたくない。痛いのは嫌だ。でも、もうこれ以上この残酷な世界を生きていかなくて済むなら、それで良かったのかもしれない。
襲ってくるであろう痛みに目をつぶると、
「ま、待って!」というと、金属音が聞こえた。
恐る恐る目を開くと、光に照らされてきらきら輝く金髪を靡かせた少女が化け物を倒していた。
冷酷な目をした男が何やら、少女に話しかけているが、冷えていく空気の中で彼女は臆さず言葉を返す。
やがて、その男は周りの者を連れて、去って行った。
少女はこちらに振り向いて、話しかけてくる。
「わたしはルシア!あなたのお名前はなんて言うの?」
ルシアという少女に目を奪われる。何もかもが信じられなかった。彼女を中心に白黒の世界が色づき出したのだ。はじめての出来事に混乱して、動けなくなる。
「………………」
返事をしない俺にルシアは、俺の頬に手を伸ばす。
温かい。人の手はこんなに温かいものだったのか。今まで俺に触れようとする手なんて、殴るために振り翳されたものばかりだった。そんな常識を一変させるほど彼女の手からは優しいぬくもりが伝わってきた。
「ひどい傷…、ちょっとこっちに来てね」
「………………」
優しくひかれる手に、先ほどまで張り詰めていた緊張の糸が解けていく反面、新たに懐疑の念も生まれて行った。彼女は俺にとって、異質だ。一瞬にして、暗闇に光を灯し、モノクロの景色を色付け、冷たかった場所に温かさをもたらした。そんな彼女は何もかも、俺の知っている人たちとかけ離れており、知らないものへの恐怖がここにはあった。
ルシアは反応のない俺にお構いなく、豪邸の中へ引っ張って行った。
「まず、身体を綺麗に洗おう…!細菌が入っちゃったら大変だから。ここがお風呂だけど、シャワー1人で浴びれる?」
「………………」
引き連れられてきたはいいが、戸惑いと未知への恐怖に俺はルシアとの会話を、彼女の言葉に反応することを拒んだ。彼女は困った表情に変わった。
「うーん、執事さんにお願いしてもいいんだけど、ひどいことされちゃわないかな……。
…………。
今日のところは私が手伝うよ!あっでも、服は着たままシャワーで流すことになるけど……」
と言って、手際よく、俺を綺麗にする。そしてその後、手当もしてくれた。
「お洋服は、ごめんなさい。男ものがなくて。これなら、シンプルだし、あなたがきてもおかしくないと思う。」
いかにもふりふりなドレスという服の中から、真っ白で柄もフリルもない膝丈までの服を取り出して、差し出してくる。
「……………………」
「着替えられる?その服洗っちゃいたいの」
反応を起こさなかった俺に痺れを切らしたのか、見ないから!と目をつぶって恐る恐るといった風に俺を着替えさせた。
その後も彼女は、あれやこれやと俺の世話を焼いて行った。ベットは俺に譲り彼女は床で寝ていた。ご飯は夜中に彼女がキッチンに忍び込んで、作ってくれているらしい。冷めててごめんね、と謝ってきたが、誰かの手料理自体初めてで温かかった。
ーーーーー
「ヴェルクス!今日は天気がいいね〜、遊びに行こうよ」
「……そうだね」
出会ってから少し経ち、俺はそっけなく返事をするようになった。それでも、返された返事に嬉しそうにしながら、外まで俺のことを引っ張っていく。
大きな木の下でルシアは荷物を広げていく。
さてさて問題です、と話出し、ルシアは「今日のおやつは何でしょう〜」と尋ねてくる。
「…知らない」と応えると、ルシアは軽く頬を膨らませる。
「じゃあじゃあ…、これ食べたいなぁーとかは?」
「ない」
「むー、じゃあ、好きな食べ物は?」
「それも、ないよ」
「そっかぁ。
あっ、好きな食べ物はこれからつくって行こうよ!いろいろ作るから、ひとつくらい好きだって、言ってくれるといいな〜!美味しいっていってもらうように、頑張るね!」
ルシアはあっ、問題の正解はパイでした〜!と、木箱に並べていく。
食べながら、ルシアはいろいろなことを話していく。無邪気に楽しそうにおしゃべりする彼女は、この世界の嫌な部分を一つも知らないような無垢な少女に見える。
物心ついた時から、悪意に晒されていた俺とは大違いだ。
そんな彼女の側は好ましかった。俺の周りの人間がそういう奴ばかりだったから、俺自身もルシアに対して、愛想なくそっけない態度しか返せていないが、それでも彼女は俺の返事や反応一つ一つに喜んでくれた。それに彼女は見ず知らずな俺を追い出そうとはしなかった。むしろ、何をするにも一緒というくらい、俺のことを連れ回す。
彼女が「ヴェルクス…!」と呼び、こちらを見て、笑いかけて、話出す。そうするたびに俺の心は温かいもので満たされていくのを感じた。
たった数日一緒にいただけで、今まで逃げ出せなかった残酷な世界が消えていく。彼女の手によって、俺の世界は作り変わって行った。
しかし、その平和な時間はそう長くは続かなかった。