第十七話 ヴェルクスの決意(1)
次回はヴェルクス視点のお話をあげようと思います。
「………はぁ、…………はぁ」
呼吸を整えながら、目の前の少年に向かって、剣を振り下ろす。しかし、それは呆気なく振り払われてしまった。
「…動きが大きい!!!相手に隙を見せに行ってんのか!」
「…わ、かりました、気をつけます」
今度は小ぶりな攻撃を仕掛けたが、軽々と受け止められてしまう。切り替えて続け様に何度も仕掛けていく。
「力が弱い!!!威嚇にすらなってない!!!」
緊張した空気の中怒号が響いた。一度、間合いを取る。今度は大ぶりにならないよう、力を込め、再び、目の前の少年を狙う。
「……遅い!!!そんなんで一本取れると思っているのか!!!」
弾かれてバランスを崩した。倒れ込んだ私の頭を狙って降ってくる剣を弾き、相手の喉元を狙う。それも弾かれ、体勢を整える。
これは、私が先生から剣術を習うに値するかのテストである。今対峙しているのは先生の息子さん。大声でアドバイスをくださっているのは先生だ。先生は、昔、お父さんとお母さんの剣術の先生も担っていたらしい。娘の私が剣術に興味を持っていると聞きつけ、条件付きで先生になろうと申し出てくれたらしい。その条件が今日一日かけてもいいから、先生の息子さんから一本取ること。
アルブレヒトお兄ちゃんやお父さん、シュバルヴォルフ家に仕えている騎士たちに見守られながら、私は何度も何度も挑んでいく。
目の前の少年は男性陣の中で最年少で騎士団入団の試験をクリアしたらしい。ちなみに女性陣を遡ると最年少は、私のお母さんであるダイアナらしい。力試しに参加だけして、その際に騎士団に入団したわけではないみたいだが。
そんな少年を相手に挑んでいるが、一向に一本取れそうな気がしない。今までがむしゃらに打ち込んでいたが、これじゃあ、何日経っても、何年経っても無理だろう。
もう一度、間合いを取って、深呼吸する。力任せに行ってもダメ。そもそも力では圧倒的に不利だ。少年の目の動きや呼吸の仕方、剣捌きに何が癖がないか探しながら、剣を振り下ろす。
しかし、流石というべきか、目立った癖はなさそうだ。加えて、観察しているうちに何度か動きの先を読むことに成功するも、身体がついてこないことも多い。
こちらは呼吸が乱れているのに、少年はとても余裕そうだ。剣術を鍛える以前に体力もどうにかしなければならない。
このままだと、息苦しいし、動きを読まれやすくなる。一度、距離を大きく取った。
……ダメだ。こっちの癖は把握されてしまっている。私が彼の動きを読もうと四苦八苦してる間に、私の動きはマスターされて……ん?その癖を逆手に取れば……。
できるかわからないが、ここで作戦が思い浮かんだ。私の癖を刷り込んで行き、あるタイミングでその癖から外れた動きを起こせば、不意をつけるかもしれない。
その癖は目立つものではなく、無意識かつさりげないものにしなければ。目立つ癖だと少年に意識されすぎて変えた時にすぐ気づかれてしまうかもしれないからだ。
再び、がむしゃらに打ち込み自分の癖を把握するように努めた。これだ、これをタイミング良く切り替えれば。
"よし、いまだ…!"
次の瞬間、歓声が湧き上がった。
「………………はぁ、…………はぁ、…………はぁ」
私は少年の首元へ剣を突きつけ、彼は諦めたように剣を下ろした。
「…対戦、ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました。有意義な試合でした」
負けてしまったのは悔しいですが……、そう付け加えながらも少年は手を差し出してくれたので、こちらも応え握手をする。
周りの騎士たちからは、口々に、子供の手合わせなのに迫力がすごかった。いや、俺らでも負けるんじゃないか。そんなこと言うなよ、俺らの存在意義が…。ダイアナ様の娘さんなんだぜ、比べる方がおかしいよ。というような声が聞こえてきた。
お母さんは、どれだけ強かったのだろうか。ここまで言われると少し気になってくる。
「……よくやった」
お父さんがこちらへやってきて、声をかけてくれた。
「ありがとうございます。お父様」
先生もこちらに近づいてきて、「素晴らしい腕前でしたよ。鍛えがいがありそうです」と言う。加えて、試合中の発言失礼しました、と謝罪されるが、私は気にしてないので、そう伝えた。あの怒号は騎士として生きていた人生で上司だった人を思い出し、少し懐かしくなった。
そうして、少年から一本取ることができた私は剣術の訓練を受けられることとなった。
――――――――
「ヴェルクス…?入ってもいい?」
「………」
「入るね?入っちゃダメだったら、今ダメって言ってね」
その発言に返事が聞こえなかったので、扉を開けた。
先程の少年との試合の最中、はじめはその場にいたはずのヴェルクスは早々にいなくなってしまったのだ。アルブレヒトお兄ちゃんから、部屋に戻ったらしいと聞いて、試合後の挨拶が終わり、彼の部屋へ訪ねてきた。
中を覗くと、彼はベッドの上で体育座りをしてうずくまっている。
彼に駆け寄り、「もしかして具合、悪い?」と声をかける。そのまま、首を横に振られた。「何かあったの?」と尋ねると反応が返ってこない。「……今は放っておいて欲しいかな?それなら、私出ていくけど」何も応えない彼に、言いたくないなら、深く聞かない方がいいかと思い、出て行こうとする。しかし、その手を掴まれてしまった。
「……俺は、ルシアに死んでほしくない」
いきなり何の話だろうか。死ぬなんて突然……、と言っても最近2回も死にかけてるので突然じゃないのかもしれないが、2回目のはヴェルクスは知らないはずだ。
「うん、私も死にたくはないかな」
すると、がばっとヴェルクスが顔を上げた。その顔色はずいぶん悪いくて、これは何があったのか無理矢理聞き出した方がいいのではないかと思ってくる。
「ねえ、ヴェル」
「ほんとに!?」
食い気味に尋ねられた。ほんとに!?は、死にたくはない、に対する発言だろうけど、こんな反応が返ってくるとは、予想外だった。
「えっ、うん」
「安心して、ルシア。俺は絶対ルシアのこと守るよ。何が何でも死なせない」
あまりに真剣な表情で私に告げる。ほんとに何の話だろうか。掴まれた腕が少し痛いが、戸惑いながらも「え、ありがとう?」と返事をした。
「あっ、でも、別に無理に守ってもらわなくていいからね。何かあった時には、ヴェルクスの命を一番大事にしてね」
それを聞いたヴェルクスは、はぁ……とため息をついて、もう一度、「絶対、死なせないから」と強く言われた。返事は…?と、なぜか圧をかけてくる。圧倒されそのまま、こくんと頷いた。
満足げにしたヴェルクスは「じゃあ、はい」と両手を広げてきた。不思議そうに首を傾げると、ハグと一言言われた。そろりと、彼の腕の中に収まる。そのまま、頭を撫でられる。
「へっ?何で撫でるの?」
「ダメなの?」
「ダメではないけど、ちょっと恥ずかしいかな」
「ルシアのお兄ちゃんよくやってるけど」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだし…」
「お兄ちゃんは良くて俺はダメって?」
「いいけど……」
例えるならなんか、弟に赤ちゃん扱いされてるような気分になる。ヴェルクスの方が年齢的には歳上だとはわかっているけど、転生前の経験から精神年齢は私の方がはるかに歳上だと思うし、出会いから言って、彼のことをどちらかというと弟のように感じていた節があった。
「いいなら、静かに撫でられててよ」
うーん、これも彼の甘え方の一つなのかな?やっぱり恥ずかしかったが、彼の様子がおかしいし、最近心配かけてしまったのもあり、満足行くまで大人しく撫でられていることにした。