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水族館夜のミズダコ(2023.5.25)

 夜のサンシャイン水族館が好きだ。

 都会のビルの最上階、ほのかな芳香と優しい音楽に包まれて、いきものたちを眺めながらゆったりと過ごす。穏やかでぜいたくな時間を求めて、今日も池袋にやってきた。もちろん年間パスポートは購入済みだ。

 おれのお気に入りはミズダコの水槽で、ストリップ劇場の踊り子のように妖艶に蠢くタコを見るのが大好きだ。二〇二二年の十一月頃に亡くなった先代のタコに代わって入ってきた新入りタコは小柄で、可愛らしい。大柄なタコの大迫力とは異なる魅力がおれを虜にしていた。

「あ、やっぱりユウじゃん! 今日もタコタコしてる?」

 突然の明るい声に振り返ると、「BE QUEER」とプリントされたTシャツを着た大柄な男性がニコニコしながら手を振っていた。友達のケンジだ。水族館の暗い照明の下でも分かる笑顔がまぶしい。

「どうしたのケンジ、珍しいね?」

「たまには水族館でも行くかって思ってさー。せっかく年パスあるしね。ユウはやっぱりタコ目当て?」

「うん、いつまた死んじゃうか分からないから、見られるうちに見ておこうと思って」

「『推しは推せるときに推せ』ってやつだねー。せっかくだから一緒に見よう」

 おれたちは隣同士、円柱を壁に埋め込んだようなかたちのミズダコの水槽の前に陣取った。幸い今夜は空いていてゆっくり見られそうだ。

 ミズダコは長い触手をにょろりにょろりと動かし、ふわりふわりと舞っていた。触手の間にある襞がスカートのようだ。もし彼女がドラァグクイーンならどんなドレスかな、と想像してみる。

 ふと、ケンジが言った。

「タコってさあ、僕はすごくカワイイと思うんだけど、キモいって言う人もいるんだよねー」


「ああ、分かる分かる。この水槽を見た人って高確率で『すげえ!』か『キモい!』って言うし」

「こんなにカワイイのにねー。なんだか女装とかドラァグクイーンへの反応みたいじゃない?」

「いるいる、女装ってだけで『キモい』って言う人」

「ゲイってだけでそう言う人もいるよねー」

 その後会話は途切れ、穏やかなBGMに包まれるようにして、おれたちは水槽越しにミズダコを眺めていた。ノンケのカップルだろうか、背後から通りすがった若者の「すげえ」「キモーい!」という声が聞こえた。それでもミズダコは人間の悪口など我関せず、触手を誇らしげに広げにょろりにょろりとしている。まるでケンジが着ているTシャツの言葉「BE QUEER」のよう、変態上等とでも言いたげに。

 しばらくしておれは言った。

「ねえ、もう少しだけ、見ててもいいかな」

「どうぞどうぞ。閉館までまだたっぷり時間あるし」

「ありがとう、ケンジ」

 夜のサンシャイン水族館が好きだ。

 ふと隣のケンジを見ると、彼もおれを見つめてきて、二人で笑いあった。

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