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第九話 ショート動画

 自宅のベッドに寝転がる。久々に両親とアオイ以外と会話したから疲れた。


 スマホを開く。今日連絡先を交換した結月さんからメッセージが届いていることに気づいた。


 メッセージによると結月さんはユイナという名前でライトダンスに投稿しているらしい。


 ライトダンスのアプリをダウンロードして起動する。

 アプリのなかで検索した。


 結月さんのアカウントはすぐに見つかった。

 真っ先に目に入るのはフォロワー数。ライトダンスではフォロワー三十万人と表示されている。


 フォロワーにチャンネル登録者数とアプリによって呼び方は違うが、意味は同じようなものだ。フォロワー三十万人。アオタツカップルのチャンネル登録者数が五百人だから百五十倍で圧倒的な差を感じた。試しに動画をタップして視聴してみる。


 楽曲が流れる。


 楽曲に合わせて結月さんが踊っていた。右手の親指と人差し指で丸を作り、左手ではピースサインを作っている。別の動画も見てみると、ほかにも同じようにいろいろな楽曲に合わせて踊っている動画がたくさん投稿されていた。


 改めて見ると美人だな。表情も可愛らしいし、人気が出るのも納得だと思う。せっかくだからほかの人の投稿動画も見てみるか。


 アプリのトップページに戻り、ほかの投稿者の動画を見た。ライトダンスはユーザーの視聴履歴からアプリのアルゴリズムがユーザーの好みを判断して、好むと予測される動画を自動で表示する仕組みになっている。


 表示される動画のジャンルは多岐にわたるが、最初に続けて見た動画が結月さんの動画であったから、同じように可愛い女の子が踊っている動画がたくさん表示された。


 ぼーっとライトダンスの動画を眺めていると、アオイからメッセージが来た。メッセージの内容は次の撮影日を決めたいらしい。


 明日で大丈夫な旨を送ろうとしたところで、俺がライトダンスを見始めてから一時間が経過していたことに気づく。


 一つ一つの動画は一分未満で短いのだが、アプリの仕組みが優れているのか、ついつい見続けてしまったのだ


 アオタツカップルが人気ユーチューバーになるためにこれは使えるかもしれない。


 アオイには予定を確認すると送る。それから俺は結月さんへメッセージを送った。


「よかったら一緒にライトダンスの撮影をしませんか?」



 結月さんへ一緒にライトダンスの撮影をしてくれるように依頼した結果、フォロワー三十万人の結月さんから見た俺たちははるかに格下であるにも関わらず、一緒にライトダンスの撮影してくれることとなった。

 

 大学で話した感触が悪くなかったとはいえ、二つ返事で引き受けてくれるとは。やはり爆笑ドリーマーズ時代の俺から光るものを感じ取ったとか……。そんなことを妄想してはみたけど虚しくなるだけだったからすぐにやめた。光るものとかあったら今頃俺は追放されていない。


 ため息をついた。

 昔のことばかり思い返してしまうのは、きっとよくないことだ。


 俺はアオイのアパートの前で結月さんと合流してから部屋に入る約束になっている。

 さすがに結月さんを誘っておいて俺が遅刻するわけにはいかないから、早めに来たけど暇だな。ライトダンスの動画でも見て、気分を紛らわそう。


 イヤホンを耳に装着する。それからスマホを開きアプリを起動したところで、肩をとんとんと叩かれた。


「お待たせー」


 慌ててイヤホンを外した。叩かれた方に視線を向けると結月さんがいた。結月さんはライトダンスで見るのと変わらない綺麗な笑みを浮かべている。初めて会ったときは意識しなかったけど川瀬の言う通りかなり大きいな。


「いえ俺も今来たところです」


 嫌でも意識してしまう大きな胸から目を逸らしながら、俺はテンプレみたいな言葉で返した。

アオイのアパートの階段を上る。結月さんは俺の横を歩きながら首を傾げた。


「そういえばなんで制服着ているの?」


「今は誰もが簡単に発信できる時代ですしね。視聴者に分かりやすい目印があればいいかなって」


 既存の人気ユーチューバーでも分かりやすい目印をつけている人は珍しくない。ヒカルンの黒髪と金髪のツートンカラーなんかはその筆頭だと思う。だから戦略として悪くないはずだ。


「たしかに制服姿のアオイちゃん可愛かったからなー。会うのが楽しみ」


「実物も超可愛いですよ」


 ライトダンスでは可愛い女の子が踊っている動画がたくさん投稿されていた。けれどもアオイの方が可愛いと思う。知り合いだから補正がかかっているというのは多少あるかもしれないが。


 アオイの家の扉の前に立つ。

 チャイムを押す。

 ゆっくりと扉が開いた。

 アオイと結月さんが対面する。


「はじめまして! 私、アオイって言います」


 玄関の前でアオイは笑顔を見せる。


「はじめまして。今日はよろしくね」


 結月さんもアオイに応えて微笑んだ。

 俺と結月さんは靴を脱いで、それから部屋に入った。いつもの部屋に二人きりじゃないのは新鮮に感じる。いつものようにベッドを背もたれにして並んで座った。アオイも俺の横に座る。


「ユイナさんのことライトダンスで見ていたので嬉しいです!」


「ありがとー。見てくれたんだ」


「もちろんですよ! 加工なしでもすっごく可愛いので尊敬します!」


「そんなことないよー。でもタツキ君は私のこと知らなかったんだよ。酷くない?」


「それは酷いですね。こんなに可愛いのに」


 アオイと結月さんが俺を睨みつける。さっそく仲良くなれたようでなによりだ。とはいえ同業者を認知していないというのは、責められても仕方ない。アオイ的にもビジネスパートナーがあんまり競合を把握していないというのは研究不足という感じがして不安になるだろう。ここは気の利いた言い訳を考えなくては。


「実は……アオイがほかの女の子は一切見るなって……」


「意外とアオイちゃん束縛する派なの……」


 結月さんが目を丸くしている。アオイは俺の手の甲を力強く掴んだ。痛い。人間の皮膚の伸縮性の限界を感じる。アオイの目は笑っていないし、思いつきで適当な言い訳をするのは駄目だな。


「どうせつくならもっと好印象になるような嘘をついて欲しいかなー」


「ごめんって。でも実際ショート動画って、美男美女が曲に合わせて踊っているイメージしかなくてあんまり見る気起きなかったんですよね」


 ふと頭に浮かぶワード。内容がないよう。踊っている動画より今のダジャレの方が確実につまらなかった。


「えっ、可愛い女の子が踊っている姿を見ているだけで楽しくない?」


「ですよね。私も通学中とか電車でよく見ています」


 結月さんが驚きを口にすると、アオイも頷いた。

 今ならわかる。間違っていたのは俺の方であると。ショート動画は魅力的だ。


「そうなんですよね。結月さんの動画見るためにライトダンスをインストールして動画を見て、そしたら結構ハマってしまって」


「どう、私のファンになった?」


 結月さんがグッと顔を近づけてきた。

 ほんのりと香水の香りを意識する。柑橘系だった。薄い化粧で彩られた結月さんの顔は、肌は近くで見てもきめ細かく、そして柔らかそうで思わず触ってみたくなるほど。さすがにそんなことはしないけど。きっとこんな風に隣に座りたいと思う男は山ほどいるのだろうな。


「なりましたよ」


「本当に?」


「もちろん」


「ならよかった」


 結月さんは満足そうにうんうんと二回頷いた。結月さんのことは好きか嫌いかで言ったら確実に好きである。というか俺に限らず有名ライトダンサーで美人な先輩から好意的に接せられたら誰だってファンになると思う。

 ただ今日の場合は、俺が結月さんにお願いをする立場だからというのも理由としては大きい。そろそろ本題へ進めよう。


「そこでライトダンスの動画を見ていて思ったのですけど、可愛い女の子が踊っている動画ってたくさん投稿されていて人気あるじゃないですか」


 アオイを一瞥した。

 予想は確信に変わる。

 俺は話を続けた。


「アオイの可愛さも負けていないと思うのですよね。というか可愛さでは勝てると思います。だからアオイの可愛さを活かしてライトダンスを始めてもらえば、可愛いと思った視聴者がもっと可愛いアオイを見たいと思ってゆーつべの動画を見てくれるようになると思うのです」


 我ながら完璧な作戦だ。二人の反応が気になる。


「確かにアオイちゃんなら絶対にライトダンスで人気出ると思うよ」


 結月さんは好意的な意見を返してくれたが、この作戦の主役となるアオイは黙ったままだ。

 アオイを見る。

 アオイは俯きながら、髪の毛をパスタみたいにくるくると遊ばせている。


「アオイ?」


「いやー。あんまり可愛いって連呼されると照れるなーって」


 そんなこと言われると俺も照れる。アオイが可愛いのは事実だし、作戦の前提でもあるから否定するのも違う気がして返す言葉が見つからない。


 結月さんはニヤニヤしながら俺の肩を人差し指で突いてきた。


「ラブラブそうでいいなー」


 俺とアオイは対外的には付き合っていることになっている。だから無条件で肯定するのが正解なのだ。


「自慢の彼女ですので」


「いいなー。私も恋したい。タツキ君が紹介とかしてくれない?」


「新入生の俺より結月さんの方が絶対に人脈広いですよ」


「爆笑ドリーマーズのリュウヤとかまあまあイケメンだったじゃん」


 懐かしい名前だ。

たしかにリュウヤはイケメンだった。爆笑ドリーマーズはもともと幼馴染で結成したグループで、俺は円満に卒業したことになっているから、今でも連絡を取り合っていると考えられていても不思議ではない。


「もう連絡取っていないですよ」


「えっ、そうなの。もしかして本当は喧嘩別れとか?」


「喧嘩ってわけじゃないですけど……なんとなく連絡取る理由もないというか」


 思わず目を逸らしてしまう。

 理由として弱いことは分かっていたが、とっさのことだったからほかに言い訳が思いつかなかった。


「ふーん。まあいいや。リュウヤはまあまあクラスだし。あー、ドットコムのヤマオとコラボしたいなー」


 結月さんはそれほどリュウヤに執着していたわけではなかったようで、興味なさそうに別の人物の名前を挙げた。

 ほっと胸をなでおろす。


「イケメンですよね」


 相槌を返す。爆笑ドリーマーズ関連の話題でなければ気が楽だ。

 ドットコムは男五人組のユーチューバーでヤマオはそのリーダーだ。全員が地元の友達らしい。爆笑ドリーマーズも同じ地元の友達と結成したのにどうしてここまで差がついたのか。そんなことを考えているとアオイが急に立ち上がった。


「やろ! ショート動画」


 どうやらアオイがやる気を出してくれたらしい。

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