第七話 ユーチューバーの作戦会議
「なら今日はどうする?」
アオイから話を振られて考える。当初は撮影をする予定だったけれど、それは明日に持ち越しとなった。撮影内容は初投稿動画だし自己紹介とかかなと予想していた。
想像する。
カメラの前に並ぶ俺とアオイ。
撮影が始まる。ユーチューバーの動画のスタートはたいてい挨拶からだ。そこで俺とアオイに欠けているものに気づく。
「そういえば俺たちのチャンネル名ってどうする?」
俺とアオイはカップルチャンネルをするということしか決まっていない。
「確かに決まってなかったね。どうやって決めたらいいかな?」
「ユーチューバーが少ない時代だったら本当に何でも良かったのだと思うけど、今はほかのユーチューバーがたくさんいるし、よく言われているのはこんなことが楽しめるチャンネルですよっていうコンセプトが視聴者に分かりやすいといいかも。例えば有名ユーチューバーの例だと、コスメティック山田だと化粧品に詳しいチャンネルなのかなって思うし、クイズノートだとクイズするチャンネルだなって分かるし、田中敦彦のゆーつべ大学だとなんか学べそうな感じが伝わるし」
看板を明確にするというのは、大切なことだと思う。
「言っていることは分かるけど、だとしたらタツキのいた爆笑ドリーマーズってチャンネル名は強気だね。自分たちで爆笑を名乗るって」
痛いところを突かれた。
「まあそれは……俺がつけた名前じゃないから」
爆笑ドリーマーズはリュウヤが命名した名前だ。名前だけでなく活動方針も企画の最終決定もすべてリュウヤが決めていた。リュウヤが中心のチャンネルだったのだ。
もっとも中学校を卒業したばかりだった当時の俺たちにまともなネーミングセンスなんてあるわけないからリュウヤが悪いという訳ではないし、まともな代案を用意できなかったため言い訳でしかないのだろうけど。
「だとしても正直センスを疑う名前」
じーっとアオイが俺を見つめる。
「まあ否定はできないかも」
動画を通じて視聴者を爆笑させ、俺たちは人気ユーチューバーとしての夢を掴む。それが爆笑ドリーマーズの名前の由来だけど、結果として爆笑ドリーマーズは人気ユーチューバーになれたわけではない。名前の由来を語っているときのリュウヤの表情は生き生きといていたな。しんみり昔を思い返していると、アオイが手を上げた。
「チャンネル名が浮かんできた!」
アオイの表情は自信に満ち溢れている。
「どんな名前?」
「やっぱりカップルチャンネルの魅力って青春感だと思うんだよね。コンセプトが大事っていうなら、全国の中高生からこんな風に仲の良さそうなカップルになりたいって憧れられるようなチャンネルというのがコンセプトみたいな」
「そうだな。俺もそう思う」
アオイの意見に異論はない。それに以前アオイの周りでカップルのチャンネルは人気と言っていたから、このジャンルについては俺よりも詳しいだろう。
「でしょ。動画冒頭の挨拶をする感じで発表するね」
アオイが正面を向く。小さく息を吸ってそれから続ける。
「どうもー、青空ピースです! イェイ!」
ハイテンションな声とともに、アオイが両手でピースサインを作っている。
コメントに困る。
なんというか既視感がすごい。こんな感じの男二人組のユーチューバーがいたような気がする。
「青空もピースもワードから青春感があふれ出ているし、挨拶でイェイって言ったら青春を楽しんでいる感をアピールできると思うのだけどだめかな?」
アオイが小首を傾げた。
「どこかで見覚えあるなーって気がしない?」
「まあ正直あったけど……きっとデジャブ的なやつかなって。一応ほかにも案はあるよ。こっちはまだ名前だけで挨拶は決まっていないのだけどね」
「どんな名前?」
一つ目が既視感の塊だったから不安しかない。
アオイが再び小さく息を吸い、それから口を開く。
「朝の一笑い」
やっぱり既視感しかない。似たような名前の男女二人組がいた。
アオイが続けて名前に込められた意味を補足する。
「やっぱり私たちの最初の視聴者は爆笑ドリーマーズの視聴者を引き継ぐことになると思うの。だから五人組で爆笑ならスケールダウンさせて一笑い。ついでに視聴者が毎朝の日課として見るくらい楽しみになって欲しいと願いを込めてみたのだけど」
「青空ピースといい理由だけはそれっぽいのだけどな……」
どうして出てくる案は既存の人気ユーチューバーのオマージュなのだろう。
「えー、だったらタツキも代案を出してよー」
アオイが不満げな声を出す。たしかに否定ばかりでは生産性がない。カップルチャンネルというコンセプトが視聴者に伝わる名前を考えないと。
「アオタツカップルとか?」
「普通過ぎる」
「ならタツアオカップルとか?」
「入れ替えただけじゃん」
俺の案は一瞬で拒絶された。
「チャンネル名にカップルってつけておけば、俺たちのコンセプトが明確でいいと思ったのだけどな」
「それはそうなのだけど……やっぱり普通だなって。せっかくユーチューバーをするなら尖りたいじゃん」
「尖りたい気持ちも分かるけど……人気ユーチューバーになるにはある程度無難な名前であることも求められると思う。きっとテレビとかのオファーもあるだろうし、そういう時に備えて無難な名前にしておかないと」
「うーん」
アオイは納得いかない様子。ここは言い方を変えて説得しよう。
「大事なのは名前よりも中身だから。企画の中身で尖ろう」
間違ったことは言っていないはず。チャンネル登録をしてもらい、継続して視聴してもらうためには動画の中身が面白いことが必要不可欠だ。
「確かに……中身が大事だね。私も恋人に求めるのは顔か中身かアンケートには中身って答えるようにしたし」
「分かってくれたか」
どこでそんなテンプレみたいなアンケートに答えたのかは謎だが、なんとかアオイも納得した様子を見せる。
「うん。それにもう尖った企画を思いついているんだ」
得意げな顔をしてアオイが親指を立てる。もうすでに企画まで考えているとは俺のビジネスパートナーは頼りになるな。
「どんな企画?」
「チャンネル名をくじ引きで決めてみたとか」
まだチャンネル名を諦めていなかったらしい。とはいえアオイに譲る気がないならくじ引きというのは平等なのかもしれない。それに俺が思いつくアイデアだけで進めていたら爆笑ドリーマーズを超えられえる可能性は低いだろう。
「いいね。それでいくか」
「えっ……」
アオイが固まる。
「なんか違った?」
「いや……半分冗談のつもりだったから」
「冗談って」
アオイの考えていることがよく分からない。
「いや絶対私よりタツキのほうがユーチューバーについて詳しいだろうしね。私の意見はなんとなく場を和ませようとしているくらいに思ってくれたらそれで十分だから」
アオイが笑う。これまでのアオイからは自信しか感じられなかったから、アオイの発言は想定外だ。
「俺は結構アオイのこと頼りにしているのだけどな。制服を着て撮影する案だって名案だと思ったし、これからももっと案を出してほしいかも」
アオイと一緒じゃないと再びユーチューバーをしようとは思わなかった。そういう意味でもこのカップルチャンネルという企画はアオイの存在が前提となっている。だからアオイの意見は必要不可欠だ。
「……なら一本目の動画はくじ引きにする?」
不安そうにアオイが聞き返す。俺は頷いた。
「くじ引きにしよう。でもそれだけだとタイトルにインパクトが足りないかもしれないな」
「インパクト?」
「タイトルを見ただけで、視聴者がどんな内容の動画なのかなって気になって、つい見たくなるようなタイトルにしたいから」
視聴者はサムネイルとタイトルで見る動画を選ぶのだから、ここは最も力を入れるべきところだろう。サムネイルはアオイの顔をどかんと大きく表示させておけばそれなりに効果がありそうだし、頑張るべきところはタイトルだ。
もっともタイトルやサムネイルなんかなくても二人の掛け合いが好きだから無条件で視聴しようって思ってくれる視聴者が増えることが理想だが、それは超有名ユーチューバーの特権なのだ。
「インパクトかー。視聴者の期待を煽るようなタイトルにするってことだよね?」
「うん。思わず視聴者がこの先どうなるのだろうって思うような」
俺の卒業動画のタイトルである「重大な報告があります」だなんてその最たる例だろう。例えば「メンバーであるタツキが卒業します」というタイトルでは俺のファンしか視聴しないが、「重大な報告があります」と内容を分からなくすることで、視聴者はどんな報告なのかなと気になって動画を視聴するのである。
もっとも重大な報告をうたいながら内容がなさすぎると低評価がついてしまうからバランス感覚が難しい。アオイもなかなか思いつかないようでうーんと頭を捻らせている。
「くじ引きをするのは明日の撮影だからなー。どんな結果が出るか分からないのにタイトルなんてなかなか思いつかないよ。明日までにすごいインパクトのあるチャンネル名が浮かんできて、それがいい感じにくじで選ばれるなんてまさかの結果になってくれたらいいのだけど……」
力尽きたのかアオイが机に突っ伏した。アオイの言葉が頭の中で反響する。
天啓を受けた気がした。
「まさかの結果に……これだ!」
「えっ」
俺の声に驚いたのか、アオイが勢いよく起き上がる。
「タイトルにまさかの結果ってつけよう。視聴者はどんな結果になるか気になるだろうし、意外性のあるチャンネル名が選ばれても選ばれなくてもまさかの結果という表現は嘘をついていることにならない」
「なるほど……ならタイトルはくじ引きでチャンネル名を決めたらまさかの結果にとか?」
アオイの提案に頷いた。
タイトルとしてはキャッチーだし悪くないと思う。
アオイがローテーブルに置いてあるカメラに手を伸ばして電源を入れてから、カメラのレンズの向きを俺たちのほうに向けた。
「明日が撮影だけど、今日は予行練習しようよ」
アオイは明日が待ちきれない様子。
「了解」
「タイトルコールは私がしてもいい?」
「うん。いいよ」
動画の第一声はアオイの方がいいだろう。カップルチャンネルの視聴者は男の野太い声よりも女の子の声を望んでいるはずだ。
お互い視線を交し合う。
アオイが小さく頷いた。
視線が外れる。
カメラ目線になったということだ。
俺も合わせて正面を向く。
「こんにちは、アオイです!」
カメラに向かってアオイが元気な声を出す。少し前までクラスメイトだったのだから聞きなれた声ではあるのだけど、こうやってカメラの前に並ぶといまだに不思議な気持ちになる。これまでカメラの前に何百回と立ってきたが、最後の撮影は卒業動画だったから声色を切り替えなくてはならない。
場所もメンバーも違う。
ここからが再スタートだ。
息を吸う。
笑顔を作る。
発声する。
「タツキです!」
なるべく元気に、アオイのテンションに合うように。
「カップルチャンネルがくじ引きでチャンネル名を決めたらまさかの結果にー!」
アオイのタイトルコールに合わせて、手を叩いた。拍手が終わると、アオイは俺に笑いかけてくる。
「完璧だね」
「だな」
頷いた。
正直なところ、なにが完璧かは分からない。半年でチャンネル登録者数十万人を達成できる自信もない。
でも、明日からの撮影はちょっとだけ楽しみだ。